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ドナドナ辺境開拓記  作者: 廃くじら


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第11話

「えへ、えへへ、美味しいですぅ」

「ワフゥ」


行きつけになった安食堂の片隅で、ハーフオークとコボルトという辺境でも珍妙な組み合わせが、何の肉が入っているのか怪しい煮込みを美味しそうに食べている。


店員や周囲の開拓者たちは物珍しそうにチラチラ視線を送ってくるが、ベンの巨体と壁にかけられた大金棒モールの圧に気圧されてか、ちょっかいをかけてはこなかった。


同席しているトアは一足先に食事を終え、開き直って周囲の視線を無視し、自分たちの懐具合を確認する。


──差し当たって今日のところは収支プラスだけど、明日からは相当苦しくなるぞ……


結局、泣きわめくベンを見捨てることができず、面倒を見ることになってしまったトア。しかし勢いで決断したはいいものの、明日からの暮らしを考え早速彼は頭を抱えていた。



まず、今日の出来事について整理しよう。


ベンを仲間に加えた一行は、その場に散乱するゴブリンの死体から討伐部位の左耳を集め、そのまま狩りを切り上げた。昼前には開拓村に帰還しており、あまりに早い上がりだったが、メンバーが増えて戦いの打ち合わせも出来ておらず、かつ虎の子の傷薬も使用済みとあっては、とても狩りなど続けられる状態ではなかった。


幸いにもベンが馬鹿みたいに暴れてゴブリンを殺しまくったおかげで、この日は十分な収入があった。


ゴブリンが一匹銀貨二枚×十七体で銀貨三十四枚。それプラス混じっていたホブゴブリンが一匹で銀貨五枚。計三十九枚の収入。傷薬の補充代金を差し引いても銀貨二十九枚のプラスだ。


そして討伐部位を換金した後、トアが最初に行ったのはベンと組んでいた元のパーティーに話を通すことだった。


ベンは元のパーティーとお世辞にも円満に別れたわけではない。ベンは役に立たなかっただけに留まらず狂戦士化して彼らを攻撃してしまっていた。一方元のパーティーメンバーも、新人であるベンを強引に狩場に連れ出し最終的に置き去りにしている。もしこのまま何もせず両者が開拓村で再会したらどうなるか?


引け目のある人間ほど相手の非を大声でがなり立て、攻撃的になるものだ。ベンが自分たちに襲い掛かってきたと非難されたり賠償を求められるならまだマシで、最悪の場合は有無を言わせず襲い掛かってくる可能性さえ否定できなかった。


故にトアは開拓公社のアルドに事情を説明。公社を通じて元パーティーに『ベンが迷惑をかけたことを謝罪していた』と伝え、釘を刺してもらうことにした。要はこちらはことを荒立てるつもりはないので、穏便に手打ちにしたいという意思表示だ。


これに関して元パーティーとはまだ連絡が取れていないものの、アルドからは「まぁ大丈夫だろ、多分」と力強いお言葉を頂いている。


ここまでが概ね良い話。


悪い話はベンが馬鹿みたいによく食べると判明したことだ。いや、馬鹿みたいと言うのは理不尽だったかもしれない。ベンはトアやポコとは身体のサイズが全く異なる。必要な食事の量が増えるのは当然だ。


これまでトアとポコはそれぞれ一日の食費の目安を一人銀貨四枚に抑えてきたが、ベンの食事の量は少なく見積もってトアの倍。つまり最低でも、これから毎日銀貨十六枚程度の食費がコンスタントにかかってくることになる。


手元にあった銀貨十五枚に今日稼いだ二十九枚を加え、そこから夕食代、明日の朝昼の食事代を取り分けると残りは銀貨二十八枚。単純に数字だけ見れば悪くない結果だが、それは明日からも同じように稼げる見込みがあることが前提となる。


──単純に稼がなきゃならないノルマが倍になったってことなんだよな。正直、ベンを加えたからって狩りが倍捗るとは思えない。まさかベンをゴブリンの群れに突っ込ませて暴走させるわけにもいかないし……


トアたちはまだ新しい狩場でのスタイルの確立さえできていない。どれだけ安定して稼げるかは未知数だし、坊主だったり装備を壊して赤字になる可能性も普通にある。そう考えると手持ちが銀貨二十八枚というのは全く余裕がなかった。


「ポコ、ベン」

「ワフ?」

「は、はい!」

「食べながらでいいから明日からのことについて話をさせてくれ」


そう切り出すとベンの身体が緊張に強張る。これでは拙いと思ったトアは、まず互いを知るところから始めることにした。


「俺とポコは君と同じでつい一週間前に辺境に来たばかりの新人だ。役割は俺がタンクで、ポコが索敵。つっても、二人きりだったから実際には俺がアタッカーも兼任して、ポコに投石で援護してもらうこともあった。昨日までは村の近くで獲物を待ち伏せて狩りをしてたんだけど、獲物が見当たらなくなって今日から君と会った『卑怯者のねぐら』に狩場を変えたばかりだ。何とか二人で狩れる獲物を見つけてやってこうとしてたけど、今日はそれどころじゃなかったし、どうなるか分からないってのが正直なとこ」

「な、なるほど~」


どこまで分かっているのかいないのか、ベンがコクコクと頷き相槌を打つ。


「仲間に加わった以上、明日からは君にも一緒に狩りに参加してもらわなきゃらならい。ただ、今日の感じからすると戦うのは苦手……なのか?」

「…………はぃ」

「ああ、いや。別に責めてるわけじゃないんだ」


嘘だ。責める気持ちがないわけではないが、今さらそれを口にしても仕方ないと割り切ってはいる。


「ただ一緒に行動する以上、お互いの手札は把握しておきたい。君は何が出来て、何が苦手なんだ?」


ベンはしばし視線を彷徨わせた後、言いづらそうに口を開いた。


「えと……戦ったり、怖いのは苦手……です。先輩方には『デカいんだからビビる必要ない』って言われて、こんな武器まで持たせてもらったんですけど……」


そう言ってベンは自身の得物である大金棒モールに恐々とした視線を向ける。


「今日のアレは別として、これまで魔物と戦ったことは?」

「一度も……その、実は武器の扱いとか訓練を受けたことも無くて」


そのガタイがあれば訓練なんて必要ないだろ、とは思ったが、敢えて口には出さなかった。


「……元のパーティーでも戦えるようになろうと色々試したんだよね? どんな感じだったの。相手とかシチュエーションとか」

「えっと……試したのは二回だけで」

「二回?」

「は、はい。最初は先輩方が普段狩場にしてるところに四日ぐらいかけて遠征したんですけど、熊とか虎とか怖い相手ばかりでずっと逃げ回ってばかりで……」


なるほど。どうやら元のパーティーはベンの言う「戦えない」をあまり真剣に受け取らず、最初から難度の高い狩場に連れて行ったらしい。このガタイで戦いが苦手だなんだと言われれば冗談だと思いたくなる気持ちはよく分かる。トアも実際に泣き喚いている姿を見ていなければ同じ判断をしていたかもしれない。


また魔物化した熊や虎は普通の新人にとってはかなりの難敵だが、ベンの体格があれば十分に対処可能な相手。決して無理難題というわけではない。


「一回目の遠征は失敗。じゃあ、今日がその二回目?」

「は、はいぃ……最初の遠征から戻ってきた後、開拓村の中で何度か訓練を受けたんですけどサッパリで……」

「それで業を煮やした先輩方が君をゴブリンの前に突き出して──パニックになっちゃったわけだ」


誰に聞かれているか分からないので、念のため狂戦士症候群という単語は使わないでおく。


「…………はい」

「ワフ!」


申し訳なさそうに俯くベンをポコがポンポンと腕を叩いて慰めている。


トアはベンのおかれた状況について概ね把握し、顎に手をあて考え込んだ。


──ふむ。魔物化した熊や虎の肉食獣は油断すればベンの体格でも不覚を取るかもしれないし、戦闘経験がないならビビってもおかしくはないか。ゴブリン相手に怯える必要はないと思うけど、数で囲まれたらパニクるのも分からなくはない。プレッシャーかけられてそれが余計に悪い方向に働いたってのもあるかもしれないな。ってことは、ゴブリンでも一匹二匹から少しずつ慣らしていけば、何とかなりそう……か?


ベンの戦力化については光明が見えた気がした。後、問題となりそうなのは──


「パニックになるトリガーは何か分かってるのかな? 話の感じからすると、敵の前に立ったら即アウトって訳じゃないんだろ。ケガをしたら駄目とか何かある?」

「ああ、いえ……」


尋ねられて、ベンは少し過去の経験を思い返すように考え込んだ。


「……ハッキリこれっていうのは。故郷でイジメられて怪我した時も滅多にああなることはなかったです」

「滅多にって言うと具体的にはどんな時?」

「その……怖い人たちに路地裏に連れて行かれた時とか、借金取りに母さんが殴られた時とか、です」

「ふむん……」


──命の危機、とは少し違うか。孤独感、恐怖、精神的に追い詰められるってのが一つのトリガーなんだろうけど……今一つハッキリしないな。


とは言え、ベンの口ぶりからすれば決して無闇矢鱈に狂戦士になるわけではなさそうだ。これなら試してみる価値はあるかもしれない。


トアは真っ直ぐにベンを見つめ、少し改まった口調で切り出した。


「ベン。具体的に明日からのことだけど」

「は、はいっ」


ベンは緊張した様子で背筋を伸ばす。


「君が戦いが苦手だってことはよく分かった。だけど俺たちには余裕がない。君に戦わなくていいと言ってやることも、役に立たない人間を養ってやることもできない」

「…………はぃぃ」


自分が切り捨てられるとでも思ったのか、ベンは俯き消え入るような声音で呻く。トアはその反応に被せるようにして続けた。


「だからまずは簡単なところから試してみないか? いきなり今日みたいにゴブリンの群れと一人で戦えなんて言わないよ。そんなのは俺たちの方がついて行けないからね」

「……試す?」

「そう。例えば最初はゴブリンの一匹からでいいよ。並のゴブリンは君の背丈の半分ぐらいしかない。精々ポコよりちょっと大きいくらいだ。囲まれなきゃ特にパニックになるようなこともないんじゃないか?」

「ポコさんぐらい……」

「ワフゥ?」


言われてベンとポコが見つめ合う。ポコは意味がよく分かっていない様子だが、ベンはポコの愛らしい仕草でゴブリンのイメージを上書きし、表情から恐怖が薄れていくのが見て取れた。


「やれそうかい?」

「は、はいっ! 頑張ってみます!」


腕の前でぎゅっと握り拳をつくり、少しだけ前向きな答えを返すベン。


ああ、これなら徐々に慣らしていけば何とかなるかもしれない──この時トアはそんな楽観的なことを考えていた。




そして翌日。


「ウガァァァァァァッ!!!」


結論から言うと、ベンはたった一匹のゴブリンに怯えて碌に戦うこともできず、プレッシャーに耐えかねて暴走した。

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