第1話
昔エタった作品のリメイク。
全12万文字前後で、ラストまで書き終えているので見直しができ次第随時投稿していきます。
──ガンッ! ドカッ!
「っ!? ベン! 今のうちに仕留めろ!」
中古の小剣に円盾、革鎧という新人タンク三点セットを装備した少年が、ホブゴブリンの攻撃を盾で受け流しながら仲間に指示を飛ばす。
既にゴブリン一体を小剣の刺突で仕留め、残る敵はホブゴブリンとゴブリンが一体ずつ。大型のホブゴブリンさえ自分が引きつけておけば、ゴブリンでもホブゴブリンでも仲間が敵を仕留めるのに支障はないはずだ。
「──ベン!?」
しかしいつまで経っても敵の悲鳴は聞こえてこない。新米戦士のトアはホブゴブリンの棍棒に円盾を叩きつけて距離を取るとかぶりを振って仲間に視線をはしらせた。
「うぅ……ひ、ひぃ、こないで……!」
当てにしていたベンは短剣を持ったゴブリンと向き合った状態で大金棒を腕に抱き、泣きそうな声を出しびくびく震えている。
「何やってんの!?」
「ひぃ……!」
思わず怒声をぶつけるトアに、ベンは余計怯えて身体を縮こまらせてしまった。
ベンは戦闘訓練もほとんど受けたことがない素人だ。刃物を持った敵との実戦に怯えてしまうのも分からないではない。
だが同時に、それはないだろうとも思ってしまう。
「そのガタイでゴブリン相手にビビんなよ!?」
何せベンは身長二メートルを超える巨躯──しかもトアたちヒューマンより遥かに頑強な肉体を持つハーフオークなのだ。ゴブリンごときベンが力任せに大金棒を振り回すだけでペシャンコ。逆にゴブリンが短剣を振るったところでベンのぶ厚い皮膚を貫くことは難しいだろう。
「だって、だって怖いんですぅぅぅっ!!」
唐突に泣き出してその場に蹲ってしまうベン。これには体格差にビビっていたゴブリンも『コイツ、雑魚?』と首を傾げ、恐る恐るではあるが近づいて短剣でベンを突こうとする。
トアは思わず『いっそ刺された方が気合いが入るかもしれないしほっとくか』と鬼畜な思考を浮かべるが、事態はより悪い方へと転がっていく。
「ワフ!」
──ゴン!
あらぬ方向から飛んできた石がゴブリンの頭にぶつかった。
大した勢いも重さも無かったためほとんどダメージは入っていないが、ゴブリンの額から一筋の血が流れる。
『ギギィ……!』
ゴブリンがその血を腕で拭い、怒りに満ちた目で石が飛んできた方角に視線を向ける、と。
「ワン!」
腕に抱えた石を抱えた白い二足歩行の犬──コボルトが、勇敢な眼差しでゴブリンを睨みつけていた。
「ポコ!? 馬鹿! お前は戦えないだろうがぁ!?」
ポコと呼ばれた小柄なコボルトは粗末な服を着ているのみで防具は装備しておらず、武器は手に持った石ころだけ。これでは例えゴブリンだろうと襲われたらひとたまりもない。
『ギギィ!』
案の定、ゴブリンは巨体のベンよりも小柄なポコに襲い掛かることを選択した。
「ワフゥ……!」
しかしポコはその身の丈に合わぬ勇敢さを発揮し、ベンを護るのだとその場から引こうとしない。
「ああ、もうっ!」
トアは慌てて走り出し、ゴブリンとポコの間に割って入る──しかしその結果、トアはホブゴブリン、ゴブリンを一人で相手をするハメになってしまった。
正面からのホブゴブリンの攻撃は集中して何とか盾でいなすが、その隙に死角から攻撃してくるゴブリンの短剣が彼の身体を何度も掠める。
「ぐおっ!?」
そのほとんどは革鎧を貫くことはなかったが、デタラメに振るわれた一閃が右の二の腕を浅く抉り、鮮血を飛ばす。
──ピッ
「ひぇ………?」
飛び散った血の滴はベンの頬に付着。それを手で拭ったベンは鮮烈な“赤”の色に意識が遠のいていくのを感じた。
「──ヤバい!? ポコ、逃げろっ!」
「ワフゥ!?」
ベンの異常に気付いたトアは絶叫。それまで勇敢さを惜しみなく発揮していたポコもベンのただならぬ様子にビクリ毛を逆立て、その場から逃げ出した。
『ギギャ?』
『ギャギャギャ!』
異常に気付かずトアを甚振って楽しんでいたゴブリンたちだったが、次の瞬間、彼らはその代償を身をもって知ることになる。
──ドゴォォン!
地面を叩く轟音と風圧。一瞬遅れて聞こえる、クチャ、というゴブリンの脳漿が飛び散る音。
『グギャギャ!?』
何が起こったか分からず硬直するホブゴブリンに、それは咆哮と共に襲い掛かった。
「ウガァァァァァァッ!!」
目から正気の光を失い、狂乱状態に陥ったベンの大金棒がホブゴブリンの棍棒と衝突した。
『グギャァ!?』
技も駆け引きもない、ただ力任せに鉄の塊を振り回しているだけのベンの攻撃。しかしその圧倒的な膂力の前には、平均的なヒューマンの戦士を上回る体格を持つホブゴブリンも、その場に踏み止まることさえできなかった。
──ガァン! ドガッ! ゴゥゥンッ!
重く鈍い連続攻撃の前にホブゴブリンは徐々に押し込まれ、崩れ落ち、一方的に殴られ──
──グチャ
数十秒後には物言わぬ肉の塊へと変わっていた。
しばし肉片と血の混じった地面をひたすら叩き続けていたベン。トアは攻撃が止みしばらく様子をうかがってから、恐る恐る彼に声をかける。
「…………ベン? 大丈夫、か……?」
「ワフゥ……?」
しっかり距離をとって木陰に半身を隠したポコも不安げにその様子を見つめ──
「ウガァァァァァァッ!!!」
しかし正気を取り戻していなかったベンはトアを視界に捉えると再び大金棒を振り上げて絶叫。
「やっぱりぃぃ!」
「ワッフゥゥッ!」
トアとポコは恥も外聞もなく背を向けて一目散に逃げだした。
その後、ベンが動き疲れて正気を取り戻すまでの数分間、命がけの鬼ごっこを繰り広げることになるトアとポコ。
この波乱に満ちた日々の始まりは、彼らが西方辺境に売り払われた数日前に遡る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「坊主、お前さん若いのに何やらかしたんだ?」
鋼鉄製の箱の中に十人ほどの男が押し込められた狭い空間。囚人護送用の馬車の荷台で目の前の堅気らしからぬ風貌の男に突然話しかけられ、トアは思わず鼻白んだ。
別に無視しても良かったのだが、まだあと半日はここで彼らと顔を突き合わせねばならない。揉め事を起こすのは得策ではないと、トアは最低限の愛想でもって口を開いた。
「別に何もやらかしちゃいませんよ。俺は売られたクチです」
「売られた? お前さん、奴隷ってわけでもないだろう」
眼帯をした男は長旅で退屈していたのだろう。トアの『話しかけないでくれ』という拒絶のオーラを無視してグイグイと踏み込んできた。同乗していた他の男たちも暇なのかそっと耳をそばだてた気配が伝わってくる。
「ええ。裕福とは言えませんけど、ごく普通の自作農の三男坊です──いや、でした、かな」
「そいつはおかしな話だぜ。口減らしなら役に立たないもっとガキの頃に売るもんだ。お前さんはもうそろそろ成人だろ?」
「この間十四歳になりました」
この国ではトアたちヒューマンは十五歳から成人と見做される。労働力としては、ほぼ成人と同様の働きが期待される年齢だ。
「これからちょうど働き盛りじゃねぇか。ここまで食わせて育てておいて今更売りに出すなんざ採算が合わねぇだろ?」
眼帯の男の言葉に、いつの間にか話に聞き入っていた周囲の男たちががうんうんと頷いて同意する。
「見たとこ身体が不自由してる風でもねぇ。何もやらかしてねぇガキに、そんな馬鹿な真似する親がいるか?」
その言葉通り、トアは成人前の農家の子供としてごく標準的な肉体の持ち主だった。平民では一般的な黒髪黒目、特別美しくも醜くもない特徴のない容姿。やや肉が薄い印象こそあるが、満足な量の食事がとれるわけではない農家の倅などどこもこんなものだろう。むしろ細く締まった体躯は持久力に優れ、いかにも農家向きといった印象さえ感じさせた。
「嘘じゃありませんって。強いて言うならタイミングが悪かったんでしょうね」
「タイミング?」
何でこんなところで見ず知らずのオッサンに身の上話──しかも恥でしかない話をしなければならないのか。トアは内心で溜め息を吐きながら、極力感情を表に出さないよう続けた。
「うちの一番上の兄貴は生まれの割に頭が良くて、農閑期は知り合いの商家で下働きなんかをしてたんです。で、その働きぶりをそこの旦那に気に入られて、婿入りしないかって話をいただいたんですよ」
「そりゃめでてぇことじゃねぇか」
眼帯の男はどこまで本気か、トアの長兄の栄達を心から喜んでいるように見えた。
「そうですね。両親も大喜びでしたし、それだけならホントに目出度い話でしたよ」
「……うん?」
トアは目の前の男から目を逸らし、若干投げやりな調子で続けた。
「問題は、商家への婿入りとなればそれなりに先立つものがいるってことでしてね」
「まさか……」
ここまで言えば周囲の男たちにも概ね事情が伝わったようで、トアは頷き、それを肯定した。
「婿=後継ぎ」として長兄を迎え入れてもらう以上、トアの両親は相応の持参金を相手方に対し支払う必要があった。だがそれは日々の暮らしで精一杯の貧乏農家にとっては大金だ。まともに稼ごうと思えば年単位の時間が必要だが、相手方の商家もいつまでも待ってくれるわけではない。いくらあちらからの誘いがあったとは言え、それは持参金すら用意できない家と縁続きになって良いという意味ではないのだ。
長兄のことを考えれば借金してでも急ぎ持参金を用立てるべきだが、貧乏農家に金を貸してくれる者のあてなどない。両親に選択肢は多くなかった。
「要は兄貴の持参金を用立てるために売られたんです」
「…………なるほどなぁ」
理不尽な話に聞こえるが、両親の行為は合法で、ありふれているとまでは言わないものの、この国では決して珍しくない出来事だった。
この国では成人するまで子は親の法的管理下に置かれる。これが一年後であれば両親がトアを売り飛ばすことは出来なかったが、現時点でトアは両親の所有物でしかなく、両親の行為は正当な権利の行使に過ぎなかった。
また長男が婿入りしても実家は次兄が継ぐことになるので、どちらにせよトアは実家にとって必ずしも必要な人間というわけではない。両親からすれば縁の切れる三男より、自分たちの老後の面倒を見てくれる長男・次男を優先するのは自然な発想だった。
「まぁ、親に売られるなんてのは良くある話ですよ。売る先が開拓公社ってのは、正直もうちょっと考えてくれって思いましたけどね」
重くなった空気を変えるようにトアは肩を竦め冗談めかして言う。その言葉に周囲の男たちは「違ぇねぇ!」とドッと笑った。
この馬車に乗っている人間はトアに限らず皆訳ありばかりだ。トアのように売られた人間や、何らかの理由で故郷を追われ開拓公社に志願せざるを得なかった人間などまだマシな方。人攫いにあった奴隷や、犯罪者が流刑地代わりに送られることも珍しくないと聞く。
周囲の男たちはトアの話を呼び水に、いつの間にか自分たちの身の上話を順繰りに始めていた。結局のところ彼らも不安だったのだろう。
馬車が向かう先は西方辺境。かつて勇者レーヴェが魔王を倒し、その後三〇〇年以上の時を経てなお人類が開拓できずにいる災厄の地だ。
トアたちはこれから開拓者と呼ばれ、現地の魔物の駆除や調査などに携わることになる。開拓者は奴隷でも囚人でもなく、辺境領域から出ることこそ認められていないが、領域内での活動はかなりの自由が認められ、外界における冒険者のような役割を担っていた。
冒険者との決定的な違いはその死亡率。
新人開拓者の一年間生存率は一割未満。
この馬車に乗っている者の中で、一年後に生き延びている者は一人いるかいないかという計算だ。