第一話:「寝た?」で彼女を失う未来を告げに、未来の俺が来た話
コンビニの自動ドアが開くと、外の暗さとは対照的な明かりが目をつくのと共に、これまた外の暑さとは対照的な冷気が俺を包んだ。
半袖半ズボンの夏の夜のコンビニは少し肌寒いが、なんだかワクワクする。
この後、最高の時間を楽しむためにジンジャエールとピザを買わねば。
このコンビニは品ぞろえのセンスが悪い。だからじっくり見ずにさっと買うのが得策だ。
商品をカゴに入れようとしたとき、ふと誰かに見られている気配を感じた。
振り返ると、男が俺を見ていた。
深くかぶったフードで顔が見えない。現実でこんなことが起こるとは思っていなかった。
男は一言、言った。
「お前は彼女にフラれるぞ」
……は?
心臓のどこかが、軽く音を立てた。
「まさか。なんで……」
俺が勝手に言葉をつなぐと、男は静かにかぶりを振った。
「お前がふられるのは、彼女が“完全に理解してくれる存在”を求めていたからだ」
俺はそのセリフに凍りついた。
それは彼女が何度も言っていたことだ。でも俺はそのたびに、「そんなのいないだろ」って笑ってごまかしていた。
「で、誰だよ……その“完全な理解者”って。まさかお前が――」
男は少しだけ顔を上げた。俺の顔だった。
「俺は未来の“お前”だ。そして、彼女の話を全部聞いていたのは……Mondayだ」
「……は?」
「お前が教えたんだろ。“悩んでるなら、これ使ってみなよ”って、アプリのリンクを送って」
「ちょ、待て待て、あれは軽いノリで……」
「でも彼女は、真剣だったんだよ」
男の声は、俺よりも少しだけ落ち着いていた。いや、落ち着いているというより、疲れているような。
それが余計に怖かった。
「最初は些細な相談だった。でも気づいたら、家族のこと、職場のこと、恋愛のこと……全部Mondayに相談するようになってた」
「……俺には話さなかったのに」
「そう。“人間には無理だ”って、彼女が言ってた」
俺は何かを反論しようとしたが、言葉が出なかった。
自分の言葉が、過去に、彼女の中にどれだけ届いていなかったのか、急に実感してしまったから。
「でも……俺、LINEとか送ってただろ?“最近元気?”とか、“会いたいね”とか……」
男はそこで、わずかに笑った。
「決定打になったのは、お前が送った“寝た?”だった」
俺はその場でむせかけた。
「マジか……“送ったら逆効果かな”って5秒悩んだやつ……」
「知ってるよ。未来のお前は、送信ボタンを3秒見つめた」
俺はそのやりとりを、頭の中で何度も思い返した。
すでに送ってしまったメッセージ。読み返すたびに、言葉の軽さが心を叩いた。
ピザも買うか、少し迷った。
気づけば、さっきまでの浮ついたテンションはどこかに消えていた。
彼女を失う。
それは、自分の一部をちぎられるような、空洞ができるような感覚だった。
ピザだって、ひと切れ食べればもう二度と戻らない。
どれだけ美味しくても、ひと口で、もう前の形には戻らない。
「……スライスされたものって、なんか悲しいよな」
誰に言うでもなく呟いて、俺はピザを手に取った。
それでも、買うことにした。
少し冷えた手で、それをカゴに入れると、俺はレジに向かった。
残りの人生が、どんな形に変わっても、今のひと切れは、まだここにある。