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星の降る夜にありて  作者: 奈鹿村
第三章 知らない世界
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第七話

「へえ、じゃあ君も転入生なんだ」

 世香山優と名乗った少年は、前に座る花宮にそういった。

「うん……そうなんだよ。まだ自分でも何が何だかわからなくて」


 あはは、と笑いながら、世香山は昼食のパンを頬張った。口一杯にしながら、花宮に笑いかける。


「でも、本当に運が良かったね! 僕はまだ儀式を終えてないんだけど、君はもう終えた? だったら羨ましいよ! 僕は明後日だって聞いてる。こんな、こんな幸運に巡り合えるなんて、本当に、僕たちは幸せだよ」

 世香山は口をもごもごさせながら、本当にそう思ってるらしくそう言う。彼は細身で優しそうな顔をしていた。


 花宮の隣には静玖が座っていて、彼女は淑やかにパンを小さくちぎって食べていた。周りを見れば天使はそうやって上品に食べるのが普通で、世香山のように食べるのがおかしいらしい。

 昼休憩の時間になると、静玖は花宮を連れて食堂へ来た。食堂の学食は無料で、生徒がお盆を持って、カウンターを巡り食べ物を入れていく形式だ。カウンターの向こう側の調理場で働いているのは人間だろうと思う。彼らはきびきびした態度で働いているから、鷹揚に構える天使たちと雰囲気が違って見える。


「そういえば、そっちの子は? ……もしかして?」

 世香山はちらっと静玖に目をやる。世香山は食堂のテーブルに、一人では席を見つけることができずにぼうっと立っていたところを、偶々一つのテーブルに二人だけで座っていた花宮たちを見つけて寄ってきたのだ。それから一声かけて、その返答で花宮が人間だと気づいてからと言うもの、ずっと喋りかけているが、雰囲気が違う静玖には一切触れなかった。


「天使だ」

 花宮が言うと、世香山は手を小さく震わして、パンの切れを落とした。

「あっ」

「世香山くん、よろしくね」

「は、はい! よろしくおねがいします! あ、あの僕、そのまだ……慣れてなくて、その、なんてご挨拶申し上げれば──」

 あたふたと物を言う世香山に、静玖はそっと手で制した。

「世香山くん、ちょっと大げさだよ。私たち、これから同じ学校に通うことになったんだから、そう余所余所しくする必要はないんだからね」

「ありがとうございます!」

 世香山はこれでもかと言うくらいにお礼を言った。

 くすくすと静玖が笑う。


 世香山は顔を上げると、長椅子を擦って、対面にある花宮と同じ方向に寄った。彼は長椅子の端ぎりぎりに寄りなりながら、神妙な顔つきをして、俯き加減に花宮を見る。小さく囁いた。

「なんで、もう、こんなかわいい子と仲がいいんだよ」

「色々とお世話してもらってるんだ」

「お世話だって!」


 世香山がつい叫ぶから、静玖は忍び笑いに口許を押さえた。世香山は静玖に一瞥をやってから花宮を見る。

「すごいなあ、僕なんて誰とも会話できてなくて、嫌われてしまわないようにするのに精一杯だよ」

 花宮は上体を前にやって、世香山に近づけた。

「君には誰も迎えにこなかったの?」


 世香山はふうっと鼻を鳴らすと、背を反らして仰いだ。

「来たさ。そいつ僕になんて言ったと思う。来い、乗れ、黙れ、だよ!」

 言い終わると世香山は頭を振る。

「もう僕、怖くて怖くてさ。そいつの車には怖い人が三人も乗ってて、僕の隣にも座ったんだよ。一体、何時殺されるのかって思っちゃった」

 花宮は境遇に苦笑いした。ああ、そう、と花宮が言う。世香山は照れたように微笑した。

「でも、もういいんだ。天使様になれるんだから。この僕がだよ!」

「……帰りたくないの?」

「帰る? え? 帰るって? あそこにかい?」

 世香山がきょとんとした。


「そんな訳ないじゃないか。不味いご飯に、貧困、暴力、もうたくさんのことが嫌だよ!」

 その言いぶりははっきりしていて、思う所があるのだとわかる。彼は貧困層出身のようだ、と花宮は思う。人間の貧困は社会問題で、収入と貯蓄の少ない世帯はひどい状況に置かれていると知っている。


「花宮くん」

 今まで黙っていた静玖が言った。

「友達ができて良かったね」

「あ、うん」


 世香山は、今度は長椅子を静玖の方へ寄る。

「そのう、えと、僕とも友達になってくれるかな? みたいな……」

「うん、いいよ」

「え? 本当? ラッキー!」


 はしゃぐ世香山を見て、花宮は呆れた。けれど、天使になれると喜んでいる彼を見るのは少し複雑だった。花宮は、天使の持つ不老不死に憧れがある。母が病気で死んだ。その時に、望みに望んだのが不老不死だった。別に自分の体を心配してそう願ったわけではなかったから、母親が死ねば、この思いは目的を失ってすぐに消えた。だけれど、いざ手に入れる段になってしまうと、急に何か大切な体質に思えてきた。母の死で目的を失ったはずの、不老不死の思いが、目的のないまま自分の中で再び首をもたげている。


 家に帰りたい、それは本当だ。だけどそれは再び人間として生を送りたいということのなのだろうか?

 食事をとりながら、花宮は自問する。楽しそうに食事をする世香山、全てを超越した天使の静玖。

 花宮は、そうだ、俺は人間だ、と思った。その言葉は自分の中の確信ではなくて、脆い説得だと、嫌でも気づく。


 花宮はともかく、この学生という割には贅沢な、美味しい食事に集中した。

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