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星の降る夜にありて  作者: 奈鹿村
第三章 知らない世界
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第六話

 ――母が死んだ。歳は二十七歳でまだ若かった。死因は病だ。彼女が死ぬ直前まで何度も病院へ足を通わせた。白いベッドに横たわる母さんは、少しやせて、元気がない。俺は彼女の手を握り、母さんと何度も呼びかける。母さんはぼうっとしているんだけれど、すぐに俺に気が付いて、何か言葉をかけてくれる。

 母さんはとてもやさしい人だった。そんな人に現れた病は、なんて嫌らしいんだろう。湧いてくる憎しみに心を委ねれば、それはいけないと思いつつ……傷つけられるなら、それはもっと他の人間に……そう思えてしまう。

 もし、今俺に与えられようとしている幸運が、母さんに与えられたのなら、あなたはもっと生きられた。若い姿で、元気な姿で、俺の前に……。



「おはよう! 花宮君」

 玄関扉から顔を出した花宮を、静玖が出迎える。

「おはよう……」

「どうしたの? なんだか元気がないよ」

 花宮は愛想笑いをしながら、今日本当の家へ帰ることを考えていた。


 マンションの階段を降りると、真新しい昨日と同じ黒い車が置いてあった。傍には黒服を着た人間の姿がある。

 彼は静玖らを認めると、深く腰を折った。

「それでは斎藤様。私どもはこれで失礼いたします」

「どうもありがとう」

 そう言って、静玖は手を振った。


 車に乗り込む静玖の召使いらしい男らを見て、花宮は不思議に思った。てっきりこの車で学校まで行くのだと思っていたからだ。


「学校のルールでね、学校に来るまで乗り込むのは禁止されているんだ。ほら、沢山の車で来られると渋滞になっちゃうでしょ。それに、高校生らしくないんだって」

 花宮の疑問に静玖が答えてくれた。静玖は昨日のような黄色いガウンを羽織っておらず、茶色いブレザーを着ていた。花宮も同じタイプのものを着ている。昨日、静玖が学校道具一式を渡してくれたのだ。

「なかなか似合っているね」

「どうもありがとう」

 言いながら、静玖の横顔を見る。端麗な人だと思う。天使はそもそも病を患わない。だから体は常に壮健で、そんなのだから、風貌は麗しくなりがちだ。だが感情のない顔つきをするきらいがあった。昨日はあれほど恐ろしく思えた人も、一晩たつと慣れたのか、可愛いと思う気持ちが強くなった。


 静玖がこちらを見る。とっさに顔を逸らした。

「まだ現状をあまり理解できてなくて」

「する必要なんてないよ。全てなるようになる」


 学校へ入るのは緊張した。沢山の天使たちが玄関を行く。いくらかの人は花宮を見て、面白そうという目つきをした。


「はい! はい! 注目!」

 担任の立花香澄は、花宮を教壇に立たせた。

「転入生をしょうかいしまーす!」

 花宮が静玖に連れられ案内されたのは、二年A組だった。静玖は同じクラスだったらしい。教室中の天使たちが花宮を見るのが居心地悪かったし、怖かった。


「あの、そのう」

 花宮の中では緊張と恐怖があったが、どちらかと言えば緊張が恐怖に勝っていた。その緊張も、その実恐怖からくるものなのだろうが。何度考えても、早く帰りたい、そもそも何故ここに居るんだろうと思ってしまう。

 口籠る花宮に、澄香は声を上げる。

「ほら! 声が小さいぞ。さっさと言え! 大体こういうのは名前、趣味、ええと……夢?」

「花宮です。花宮一也。その、何でここにいるのかな……?」

「はい、よくできました。三角な評価ですが、まあいいです。さ、あの席に座ってね。お前をここに連れてきた静玖の隣です」

 示されたのは窓際の席。静玖の隣の空いた席だ。

 席へ行く途中、人の視線が絡みつく気がした。


「よろしく」

 と、同級生が軽く声を掛けた。


 席に座ると静玖がこちらを見た。見つめるばかりなので、花宮が声をかけた。彼女と話すしかこの場においての立つ瀬を見出せないのが、なんだか緊張した。

「……同じクラスだったんだね」

「うん。そうだね」

 それきり何も続けてくれないのが困る。花宮は冷汗をかきながら次の句を無理やり考えた。

「この後どうなるの?」

「え? 授業だけど」

「……」


 学校の授業は、人間の学校と同じように進んだ。数学に物理、世界史。

「原始時代には沢山の国があったな。覚えてる? アメリカ、イギリス、ええと、ロシア?」

 一ノ瀬と名乗った女の教師が言う。

「もうみーんな、なくなっちゃいました!」


 一ノ瀬が笑いながら、黒板に書いた地図らしいところを差していく。彼女は振り返り、指し棒を持った手を頬に付けて首を傾げた。

「原始時代の終わりは世界核戦争で始まります。第三次世界大戦とか、大崩壊とか言われたりするね。この原因はなんだっけ?」


 一ノ瀬が手先で生徒を示す。示された生徒が答えた。

「大崩壊の始まりはカザフスタンへの核攻撃です。どの国が核を落としたのかは現在に至るまで不明ですが、当時はアメリカ、あるいはロシアの自作自演との見方が主流でした」


 花宮はこの授業には全くついて行けなかった。頭をこんがらせながら、とりあえず聞いている風の体裁を保つことに精一杯だ。世界にはいくつもの国があったという。そもそも、世界は広いのだという。花宮は他の国も、広い世界も知らない。アメリカ、イギリス、そのどれも聞いたことがなかった。


「カザフスタンへの核攻撃は、その同盟国ないし実質的な宗主国であったロシアを大いに刺激することとなりました。ロシアは報復を宣言し、アメリカへの核攻撃をしました。この攻撃により、アメリカ東部海岸の主要都市は全滅しました。またアメリカの同盟国であったイギリスは、このロシアによるアメリカへの攻撃に対する報復として、ロシアへの核攻撃を実行。ロシアは報復としてイギリス、そしてアメリカを含む同盟の加盟国に対し、つまりドイツ、フランスへの核攻撃を実行します。その隙を縫う形で韓国は北朝鮮へ出兵、北朝鮮は報復として韓国へ核攻撃。中国は日本へ核攻撃。また日本への核攻撃により、アメリカを刺激し、またそれはアメリカの同盟国でもあった東南アジア諸国からの反撃を考えさせられました。反撃を恐れた中国は東南アジアの諸国へ核攻撃。これはインドの反発を買い、中国はインドから核攻撃を受けて崩壊。パキスタンはインドへ核攻撃。ともかくこうして世界は滅びました」

 生徒はつらつらと、まるで暗記しているように話す。いや、実際暗記しているのだろうか、と花宮は思う。


「ありがとう!」

 一ノ瀬は、黒板に書かれた世界地図のあらかたの場所にバツ印をつけた。

「世界はこうして崩壊しましたとさ。人類はこの戦争の後、数千万人にまで減っちゃったのは覚えてる?」

「もう三千年も前の事ですよ、先生」

 一人の生徒が言う。


「いやあ、あの時は大変だったよねえ。先生、本当に死んじゃうかと思っちゃったよ。核戦争そのものによる被害もあったんだけど、その後の難民問題とか、食糧問題、無政府状態に陥った世界の中での人類同士の殺し合いとかも酷かったよね。病気もはやっちゃったしさ」

 笑いながら、一ノ瀬は頭に手をやって壁時計を確認する。

「じゃ、今日はここで終わり!」

 彼女が言い終わるが早いか、チャイムが鳴った。

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