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星の降る夜にありて  作者: 奈鹿村
第三章 知らない世界
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第五話

 希望の丘学園高等学校、天使たちの巣窟の三階。生徒会書記の坂倉有馬は何を見るわけでもなく、外を見ていた。建物と塀との間の、狭い土地には桜の木が数本植えられていた。時期は四月だから、桜は満開の様を見せている。


 そんな坂倉に、鉄道研究部の駿河竹千代が声を投げかけた。

「坂倉殿、副会長には、そう心配することはありません、と伝えて置いて頂きたい」

 坂倉は視線を動かさずに、

「ああ、そう伝えられればいいが……」


 微かに聞こえる衣擦れの音と、パイプ椅子が揺れる音で彼らがささやかな話し合いをしたことがわかる。


「パソコン部は協力をすると言っていますし、もちろん、これは今までもそうでしたが。それに市内に潜むレジスタンスを称する賊徒どもは、もはやいくらかの勢力も残していない模様ですぞ」

 そういう駿河に、男の高い声が上げられた。

「そうそう! 生徒会はいつも心配し過ぎなんですよお! それに、なんていうか、いざとなれば私たちが行きますし」

 そういって、眞田亮介は気持ち悪く笑った。


「君たちが行く?」

 坂倉は振り向いて、窓敷居に後ろ手を付いて、そこに居並ぶ鉄道研究部のメンバーの六人を見た。


「君たちが僕たちの仕事を上手くこなしてくれるというのなら勿論大賛成だ。いかなる協力も惜しまない。──だけど、そんなことが今まであったかな」


 坂倉は彼らが嫌いだった。喋り方はねちねちしていて鬱陶しいし、奇をてらうような、舌を口の中でねちゃりと動かすような、笑い方が気持ち悪い。太っていて清潔感がない。鉄道研究部というのはそういう様子の人間が集まる場所、と思っている。


 真田が反論した。

「それは言い過ぎですぞ! 鉄道研究部が世界平和にどれだけ貢献してきたか!」彼はそうまくし立てると、にちゃりと笑い含みに声を上げる。「あ、察し」

「まあまあ、生徒会というのは多忙スギィ! て、無能っぷりさらけ出してるだけなんだって、それみんな言ってるから」


 駿河は傍の鉄道研究部のメンバーらに目配せして、くすくすと笑う。どうにもそうして、坂倉に対して優位に立とうとしているらしかった。


 メンバーの一人が手を上げた。にやにやと笑いがら言う。

「ていうかー、今何でもするって言ったよね!?」

 くすくすとこれ見よがしに忍び笑いを見せつけてくる。坂倉はこめかみの血管が浮き上がってくるような気がした。


「……そもそも、今回の失態は、君たちの失態だろう」


 鉄道研究部のメンバーが言った。

「異議あり! 異議あり!」


「すべての部活には生徒会から役務が振り分けられているよね。君たちの仕事は軍事力を使っての、旧市街全域の監視、特にレジスタンス活動の撲滅だったはずだ」

「異議あり!」

「異議など認められない」


「あのさあ……」

 一人が言うと、他のメンバーも顔を合わせてこれみよがしに同じ言葉で同意しあった。最後は口許をにやけさせながら、坂倉を見るのだった。


 坂倉はこの会合に一時間半を予定していた。旧市街における人間たちの天使へのレジスタンス活動の活発さが増しつつあり、それを抑するのは彼らの仕事だった。天使たちが消費する物資の多くは旧市街から運ばれていて、それが破壊工作にあっている。これは大変な問題で、当然のように彼らもその意識を共有していると思っていたのだが。もう限界だった。時間は四十分を過ぎていないが、これ以上は耐えられそうにない。


「黙れ!」


 坂倉が剣呑に一括すると、鉄道研究部のメンバーは悲鳴を上げて椅子ごと後ずさった。眞田などは椅子ごと後ろへひっくり返ってしまった。


「良いか! 前もって知らせていた役務は、すなわち生徒会副会長の命令だ! それに逆らうか、あるいは蔑ろにするような行為は、我らの学校への反逆だ。永遠の責め苦を身に受けながら、死とも言えぬ死を味わいたいか。その身を千切りにして、お前らが再生するたびにそれを繰り返してやろうか、それとも首に縄を括り付け、足におもりを引っ提げて、空中に永遠に吊るしてやろうか。さあ選べ!」


 ももも、と駿河は口をもごもごさせながら頭を低める。

「申し訳ございませんですぅ。た、ただ、ももちろん! 鉄道研究部は既に役割を、その、していると言っていまして」

「だから、何をしているのだと、初めからずっと言っているじゃないか」

「はい、我らの軍事力を使って」

 言おうとする駿河を坂倉が制する。

「ああ、その全く役に立たない軍事力とやらが、これから如何にして、少しでも僕たちのためになるのだろうかといことを、僕は君たちに聞きにきたんだけどね」


 坂倉は息を吐いた。

「そもそも、君たちの軍事力の使い方には前から沢山の改善点があったよ」


 鉄道研究部の軍事力とは、彼らが使役している人間たちである。鉄道研究部はおよそ五百人程度の人間を軍団としていた。彼らはそれを聖☆騎士団──神意追随──(セイント・クルセイダーズ、デウスウルト)と称していた。彼らは兵士に、原始時代よりさらに前、太古にあった騎士の格好をさせていた。それに銃を持たせている。その格好は目立つし、騎士甲冑など弾丸の前では意味が薄い。

 そもそも名前からしてふざけているし、その手勢が役に立つとも思えなかった。だがそれでも何とかしなければならない。生徒会は風紀委員として手持ちの軍勢を抱えているが、同時に多方面に潜在的、あるいは明らかな敵も抱え込んでしまっている。


 残念なことに、まともな軍事力を抱え込んでいる部活動の中では、彼らが一番従順で使いやすかった。生徒会に従順な部活はある。だが普通の天使たちは人間を喜んで組織し、管理し、使役しない。まともな天使であればこそ、それは煩わしいと思ってしまう。そう思わない彼らは人間によって色々と己の満たす所があるのだ。そういう天使は、およそ信頼できない節がある。


 坂倉はそう思い、目の前で震えあがっている人々をみて、大きく息を吐いた。

「……言い過ぎたよ。さっきも言ったけど、生徒会は喜んで君たちのサポートをする。だけれど、それには君たちにも意気込んでもらわないといけないんだ。暖簾に腕押しでは困るんだよ」


 鉄道研究部員がこくこくと頷く。


「今回の事態を見て、君たち以外にも協力を仰ぐことにしてる」

 本当は今そうしようと決めた。

「パソコン部には人間の管理をこれまで以上にしてもらうつもりだし、それに、暇な天使をいくらか当たって見て、この活動に協力してもらえないか頼むつもりだよ」


 鉄道研究部員は、坂倉の伝える生徒会の意向を命令と捉えているが、本来は同輩中の首席格に過ぎない。強い要請はできても、本来的に強いることはできない。もっとも、これは建前に過ぎないが。それでその建前を全面に押し出してこちらを困らせる者たちもいる。


「何度も言うが、いくらでもサポートする。金銭が足りないなら、こちらの会計に言っていくらでもださせるし、兵隊が足りないなら、書類を上げてくれれば軍事力の増勢も認めよう」

 今までこくりと頷くばかりだった鉄道研究部員がにわかに活気づいた。

「おお! 我らがクルセイダーズの増員を認めてくださると!?」

「これは僥倖! 幸のなかの幸ですな」


 でゅふふ、と彼らは笑い合う。坂倉は再び大きなため息をついて、窓の方を見た。背後の煩さを聞きながら、閑地に咲き誇る桜の美しさを見やる。その花びらが風に吹かれて散っていくのは惜しい気もするけれど、それが地面に、また塀を超えて道路のアスファルトに色を添えるのは、風情がって美しく、何より優しい気がした。この眼下の誰も通らない地面に桃色のささやかな化粧を添えてくれているのだ。

 坂倉は目を閉じて太陽の光を感じる。一人ごちた。


「時代が変わっているのは間違いない。もうすぐ、我らが待ち望んだ、総選挙がやってくる。……大変なことだ」

 坂倉は窓に頭を凭せ掛ける。新しく入ってくる転入生、四天使筆頭の四条の暗躍、そして選挙。それらを振り払うように、ゆっくりと頭を振る。

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