第四話
花宮の家だと、静玖がいう場所は、学校から歩いて二十分から十五分くらいの所にあった。二階建ての、横に長い小奇麗なアパートだ。
「ここが君の家、下宿だね。上も下も、全部学園の生徒が使ってるよ。君みたいに新参の人はここに入る人が多いみたい」
学校から車でここまで来た。静玖は部屋の鍵を開ける。花宮より先に中へ入り、感嘆にも聞こえる声をもらした。花宮も不安な心を静めながら後に続く。──家へ帰りたい。
「なんだかすごくいい感じだね。私ね、こういう……なんていうのかな、小さな場所ってもう何百年も住んでないんだ。けど私の家ってそんなにお金があるわけじゃなかったから、こんな部屋に住んでたんだと思う。……もう、忘れちゃって、懐かしさすら感じられないけどね」
顔を少しだけ伏せた静玖は、確かに悲しそうだった。だがすぐに今までのような感情がない顔をして、部屋を歩き回った。
「テレビもあるねー。あっちは台所だね。こざっぱり、っていうのかな、いいところだね」
家へ帰りたいのだけど、と言いたかった。だけど言ってしまっては機嫌を損ねることにならないだろうか。そう考えていたが、今日彼女と一緒に出る前に、父の隣に並べた母親の写真が脳裏に浮かんだ。
「あの」
「なに?」
「家へ帰りたいよ。俺にはやっぱり、君たちの仲間になるつもりが、どうしてもないんだ」
言って、花宮は俯いて、柱に手を置いた。静玖が言う。
「星界の意志は絶対なんだ。それはね、神様が決めたことなんだ。星々の光が君の頭上に落ちているんだよ。どうして、君ごときがそれを払い除けられるというのだろうね。私にも無理だよ。──君はね、私が君を迎えに行く前に、君の体が実際に不老不死を手に入れる前に、神様がそうすると定めた時点で、もう私たちの同類になったんだよ」
花宮は口を開いたが何も言葉が出なかった。言おうとして辞めて、いくらか唇が震えただけだった。
「それにさあ」と静玖が畳に正座した。垂れたガウンの袖を見ながら言う。「何もかも手に入るよ。無限の命、望めばどれほどの富だって。もうすぐ、君が爪先を弾けば人間を爆発させることだってできるんだ」
くすくすと静玖が袖で口許を覆いながら笑う。彼女は膝を擦らせて、テレビの下の台の両扉を開けて中を確認する。
「なんで、俺なの?」
「知らない」
「何をすればいい?」
「学校へいこう! 明日、朝迎えにくるよ」
花宮が視線をやると、彼女の口許だけが笑っていた。丸い目はじっと花宮を見据えている。
「それで……どうするの?」
「さあ? けど、すぐに生活も気に入るよ」
ここにいるのは天使だ。人間として生まれたならば、彼らの恐ろしさは嫌と言うほど味わうことになる。彼らの持つサイコキネシスの力は、人間を四散させることもできるし、首をゆっくりとねじり落とすことだってできるのだ。──ああ、それが今自分の目の前にいる。自分を仲間だと言っている。
帰り際、静玖は花宮に言った。
「それじゃあ、明日の朝に迎えに来るね。花宮くん。友達なんて何年ぶりに作ったかな」
花宮は玄関扉の前にでて彼女を見送った。彼女は手をひらひらさせながらアパートの階段を降りていった。
家へ帰る許可はまだ下りなかった。明日、学校へ行き、そこで肉体まで天使となって初めて一時的に戻っても良いと、静玖は言った。
──神様がそう望んだんだよ。……そういう、ことになってるね。私はよく知らないけど。
彼女はそう言ったとき、意地の悪い目つきをしていた。端麗な顔がほんの少し、からかうような、悪さするような顔になったのを、見た。