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溶鉱炉と炭鉱街

作者: 坂口かや

私は採掘用の道具を作っている。屈強な男たちが使うハンマー、ツルハシ、ガンヅメ。彼らは命をかけて炭鉱へ向かう。私は外で作るだけ。だからこそ一級品を届けたい。彼らの手の延長となり、真っ黒な壁を掘る、削る。

最近、妙な噂が流れてきた。取れる石炭の質が悪化しているようなのだ。鉱夫の顔もあまり明るくない。だが私には関係ない。一流の鉱夫に一流の道具を。それだけで32年やってきた。今更何も変わらない。

「おばちゃん、やってるかい。ツルハシ見てほしいんだけど」

「なんだ。トキくんじゃないか。また欠けさせたのかね。いいよ、貸してみな。」

私はツルハシを調べながら思う。……この子は私がこの店を開いてから初めてきてくれたお客さんの息子だ。家も近いし、なんならこいつのオムツだって変えてやったことがある。高校まで出て鉱夫になったが、頻繁にツルハシを欠けさすようじゃ、まだまだだね。

「親父さんの具合は。去年の崩落事故からもう8ヶ月くらい経つかい。」

「うん。歩けるし、日常生活はおくれてるけど、筋力が戻らなくて。リハビリと筋トレでまだもうちょっとかかるんじゃないかな。」

「今度、ダンベルでも作って持って行ってやるかね。ほいよ。先っちょ整えといた。」

「うん……ありがとう。またやらかしたら来るよ。」

「やらかすなって言ってんだよ。」

客が店からいなくなるこの瞬間が、好きだ。仕事を終えた達成感と感謝伝え出ていく鉱夫たちの背中を見るのがたまらなく好きなのだ。

炭鉱が枯れ、鉱夫たちがいなくなった街をふと想像する。想像するたびに、その想像の先はトキくんが生きていけるのかに向かう。彼はこの炭鉱街以外を知らない。彼の親も知らない。私も知らない。ずっとあるんだと思っていたこの街は緩やかに終わりを迎えている。そんなことはわかっているが、私にはこの店しかない。考えるだけ無駄なことは考えない主義だ。


次の月にまた彼が来た。

「おばちゃん。またやっちゃった。」

「貸してみな。何回やらかすんだね、まったく……」

そういって、手にとって気がついた。鉄が脆い。十分な温度で火入れされてない。前回直した時に打ち直して、その時の火入れが甘かったらしい。

「直したけど、代金はいらないよ。前回直した時の私のミスだったみたいだ。すまないね。」

「おばちゃんがミスを認めるなんて、明日は槍でも降りそうだね。」

「馬鹿野郎、槍なんか降ったら鉄屋の仕事がなくなっちまうだろ。」

また店内はがらんとする。しかし気持ちよさなんて少しも感じることができないまま、私は炉の温度を調べる。


明らかに低い。石炭だって十分に入れているし、30年以上やってきて今更単純なミスをするほど私は愚かではない。……石炭の質が悪いのだろう。私はやっと理解する。この街の根源を。明かりを、熱を、その全てからなる流れを。そしてその流れがすでに終わってしまっていて、今は平面を転がる車輪のようにただ、惰性で維持されているに過ぎないことを。


翌月、朝の新聞に2つのニュースが載っていた。1つはトキくんの親父さんが強盗に殺されたこと。もう1つはトキくんが別の場所で強盗をして逮捕されたこと。凶器はどちらもツルハシだったらしい。


私は店を畳んだ。

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