覚醒
「ねえポロ。ポロってさ、いったい何歳よ。」
ついにたまりかねたミーティアが聞きました。
「?」
「ちょっと、ミーティア!まだお話しの途中よ。」
「妖精の誕生や、私たちの祖先の大切なお話しですから、聞きましょう。」
「あのさア、話し、長いのよ!こんなの全部聞いてたら、私たちきっとおばあちゃんになっちゃうわ。冗談じゃないったら。」
ポロは屈託なく笑うと、
「ほうほう。ではお前の聞きたいことを答えてやろう。どうかな?」
「それならいいわ。まず聞きたいのは、私たちの不思議な力の事よ。知らない間に魔法が使えるようになっていたわ。これっていったいどういう事?」
「うむ。ミーティアと言ったか。始めにそなたを風の大妖精との関係に気付いたのは、その印があったからである。足首に風紋が記されておろう。」
ミーティアが足首を見ると、これまで気づかなかった風模様の印がついていました。
「その紋章のあるものは、もともと風の精霊であったものが、人の子に移されて後に、一体となってお互いを守りながら生まれた事を意味しておる。そしてその加護を与える事、そのような事が出来るのは、風のフェアリー・ゴッド・マザーをおいて他にはおらぬ。そなたは人の子でもあり、風の精霊そのものとも言える。そしてこの地こそ風の精霊国、ハイオルトである。この地におけるそなたの魔力、不思議な力こそがその証であろう。」
ミーティアは”このフクロウ、何言ってんだ”的な目でポロを見ていましたが、
「ちなみに、両足の紋章を合わせてひと擦りすれば、空も飛べようぞ。」
と言われると、
「うそぉ、なに、それやばい、ステキじゃん。」
となんだかポロのいう事を信じる気になったようです。
「そして、そこのエルフよ。」
「はい。陛下。」
「そなたは森のエルフであろう。いや、まて、やはり人の子でもあるのか。純粋なエルフではないのかもしれぬが、強い精霊の力を宿しておる。おそらくは人間の系譜の中で血に刷り込まれた過去の記憶であろうな。森の精霊はこの地より西方のクレサートに住まう者だが、風の精霊と同じく、特別な能力を持っておる。その一つには精霊の使役だ。闇払いの魔法が使えたというのも、精霊文字が読めるのもエルフの血がなせる業という事であろうな。」
ジェニーは、代々家に伝わる不思議な話を思い出していました。そしてなぜか、いつかこういう運命にある事も知っていたような気がしたのです。
「さて、最後はそなたか。お前には見える力があるようだ。これは人間としては稀な力である。もともと素養があったのであろうが、風の精霊と共に過ごした時間が、その能力を研いだのかもしれぬ。そなたの能力は妖精の魔法というよりは、おそらくレゾナンス、精霊との共鳴、共振がもたらしたものであろう。」
フレイディアも、ミーティアといる時の不思議な体験を思い出していました。きっとあれは、風の精霊との共鳴の中で見えるものだったんだと、不思議と納得できるのでした。
「まあ、ある意味使い魔かもね。」
とフレイディアはミーティアの顔をまじまじと見つめてしまいます。
ミーティアは大興奮状態のようです。大声で叫んでいました。
「なによ!それ!まって!そんな事信じられる?まったく!私が精霊の生まれ変わりだって!?空も飛べるって!?噓でしょ!本気?そんな事って、まったく、何それ?スッゴイ!!最高じゃないっ!!」
「ねえ、フレイ、ジェニー!聞いたでしょ!私たち魔法使いよ!ねえジェニーってば、カバンに箒は入ってないの?え?先生も気が利かないわね。肝心な時に使えないったら!」
「ねえ、ポロ。どうやったら飛べる?足をクロスにすればいいの?早く教えなさいよ!」
「ちょっとミーティア!わかったから静かにして!」
「ミーティア、落ち着いてください。王のお話しをまず聞きましょう。」
ポロが続けて話し始めました。
「さて、どこまで話したか。そうだ、人間が押し寄せるかのようにこのノルデンの地にたどり着くと、程なくしてその自然の雄々しさ、荒々しさに打ちひしがれ、また、その豊かさ、気高さに魅了されていった。すぐにこの地の精霊の加護をスピリッツとして崇め、自然とその森羅万象に畏怖と尊敬の念を持って接するようになった。」
「それは、アース信仰と言われているものでしょうか。」
「うむ。そう呼ばれておったかもしれん。大自然の恵み、とりわけ北海の地では海の恵みにめぐまれ、海流の精霊の加護を施されておったが、特に力ある精霊を選んで富と力と名声を求めた者共が現れ始めた。ヴァイキングと呼ばれしその無法者たちは、やがて自然の恵み、精霊の恩恵を忘れ、暴力と強奪と侵略に明け暮れるようになっていったわ。」
「それで、精霊と人間の戦いが始まってしまったのでしょうか。」
「いやいや、そうではない。ヴァイキングどもの争いなど、羽虫が飛ぶようなもの、子熊のケンカのようであって、我らの関知するところではないわ。まして彼らの信ずるところは、もともと自然そのもの。精霊や妖精たちを祀るもの。そんなのものより、はるかに厄介で、醜悪で、恥ずべき大きな禍はその後にこそ起こる。」
ポロは一瞬鋭く厳しい目つきをしましたが、すぐに丸い目に戻って言いました。
「しかし、それを語るにはまだちと早いようだ。精霊たちが急いておる」
いつの間にか、小さな光の粒たちが集まってきて、ミーティアたちの周りを飛び回っていました。
「さあ、そろそろ行くがよい。お前たちも妖精族の末裔である。その勤めを果たせ。」
「私たちに何をしろっていうの?ポロ、あなたまだ鎖につながれたままじゃない。外さなきゃ。」
「いや、これはそなたらでは外すことは出来ん。強力な魔法で縛られておるのだ。」
「いったいどうしてこんな事になってしまったのですか?」
フレイディアは心配そうに聞きました。
「人間の子よ。妖精族も一枚岩ではないのだよ。光あるところには影も差す。その光が強ければ強いほどに影の濃さも増すものだ。この魔法は我々妖精族の影、ダーク・エルフ達によって掛けられた呪縛の鎖。正しく解除せねば、この身も魂さえも裂かれ霧散するような恐ろしいもの。これを外せるのはフェアリー・ゴッド・マザーしかおらぬ。さあ、行きなさい。そして妖精のカケラを集めるのだ。あちこちに散らばったカケラのピースをつなげた時、妖精は甦る。この国の真実の姿が現れるであろう。その時にこそフェアリー・ゴッド・マザーも再びこの地に戻られようぞ。お前たちの役目はカケラを集め、この国を復活させることにある。ここから出て旅を続けるのだ。」
「判った。こんな不思議な事が次々と起こるんだもの。なんだってやってやるわ!」
「ポロ、また必ず会いに来きます。助けを連れて戻ってきます。待っていて下さい。」
「ミーティア、フレイディア、ジェネスよ。ひとつ魔法を授けよう。妖精族の魔法は、心の動きで出来ておる。ダーク・エルフどもは人間に魔法を教え、戦力に変えようとした。しかし所詮は人間。触媒や呪文詠唱が無ければ魔力とはならん。そこは大きく違うところであり、恐ろしいところでもある。お前たちは心の動きで魔法を操る事ができる。その最たるものが”言葉”である。お前たちの発する言葉が心を動かし魔力となる。よって常に正しい心でいることが重要なのだ。くれぐれも闇の深淵に惹かれてはならん。言葉とは導きであると同時に滅びともなる。善と悪を伴った魔法の剣である事を忘れるでない。解かったかな?」
「なに?それが魔法?なんだか難しいわね。手っ取り早くなにか杖とか呪文とか魔法陣とか、それっぽいのは無いの?」
「ふむ。ミーティアよ、いずれだ、いずれ解かる時が来るであろう。言葉こそ魔法である事が。思いの強さこそが魔力である事が。さあ行きなさい。もうそなたらは妖精であるのだから。」
その言葉が終わるや否や、あたりに金紗、銀紗の薄い膜が、何層も折り重なり、拡がり降りてきました。光りの粒たちが、またどこからともなく集まって、大きなうねりを引き起こし、ミーティアたちを飲み込んでいきました。そしてその光のなかで、3人は妖精の姿への変わっていくのでした。これ、ちょっとすごいです。
赤みがかった深いワインブラックの髪の色に、プラチナ色の発光粒子が流れていきます。黒目がちの瞳も、黒葡萄酒を日の光に透かしたような深い黒紫の虹彩に変わり、反射する度に流れるような赤い光を引きました。着ているものは、銀白色のドレスに変わり、ローブを纏っています。背中にはいつの間に銀色の翼が、いえ、生えていませんね。これが、ミーティアが初めて妖精になった時の姿でした。
ジェネスはその髪が、またエメラルドのように輝いたかと思うと、やはりその周りには金の光の粒が無数に取り巻いていました。全身を守るような薄いベールは、ジェネスの身体の線を正確になぞっていきます。やがて羽化したての透明な羽根が伸びて、身を守るコートのように変化し、全身を光のシルエットで包むのでした。ジェネスが森のニンフとして祝福された姿です。
二人の変わっていくさまを、茫然と見入っていたのは、フレイディアです。光の波に呑まれ、風を伴いながら変化してゆく二人の友人に、ただ美しいとだけ思い、不思議と昔から知っていたような錯覚に陥るのでした。
しかし、ミーティアが銀色のドレスに変わり、その足元から風が巻き起こると、フレイディアの身体にも、変化が起きます。髪の色はもともと銀髪でしたが、青みがかった明るい光が明滅しながら包み込むと、ミーティアと同じ銀白色のドレスに変わり、やはりローブを纏っています。二人のローブは呼応するかのように風になびいていました。
ここに3人の妖精が、それぞれの理の中から生まれ、この世界にカタチとして現れたことになります。