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探検のはじまり

ハイオルト島は花崗岩の島。地下の火山が隆起したものだが、噴火には至らず、そのまま冷えて固まったので、地盤としては強固でも、風雨や海風に晒されて浸食も激しく、海岸には奇岩、奇石、大小の洞窟が並びます。島の中央はそれほど高くはないのですが、岩山になっていて切出し鉱山の跡地も見られます。バルト海を一望するこの島は、強固な要塞島であり、海からの守りの要でもありますが、冬には氷結によって閉ざされる限界の地です。然し不思議なもので、地下深くの地熱が岩石を通して暖かく伝導され、島の内陸や洞窟の中などは外界とは違って暖かく、比較的過ごしやすい島でした。


「さあフレイ、私たちはどこから始めるのがいいかしら。」

「そうね、これまで作られた地図があると良いのだけれど、私達には見せてくれなかったわ。」

「大体さ、先生の言っていた“妖精や妖精だった者”ってどんななのよ。姿も形も分らなけりゃ見つけようがないって思わない?ジェニーあなたの家に何か手掛かりは無かったかしら。」

「そうですね、聞いた中ではこれといったものは無さそうですけど、妖精には、眼に見えるものと見えないものがあるとは聞いたことがあります。目に見えるものは小さな光の粒であったり、影の揺らぎだったりとはっきりしないものだと。でも、感じる事が出来るそうです。まるで意志があるかのように、語りかけてくるようにして、人を誘い、導きまたは罠にかけるとも。」

「何それ、怖いじゃない。」

「そう!じゃあ見れば分かるってことよね!こうなったら片っ端から行くしかないわ。フレイは地図を付けて!ジェニーは記録を取ってね!」

「あなたは何をするのよ、ミーティア。」

「そりゃ、私はあれよ、そう、匂いを嗅ぐわ!」

「なにそれ、犬みたい。」

そういいながら、3人は海岸沿いに南へ向かいながら、妖精たちの痕跡を辿ってみることにした。

「何かヒントは無いものかしら。」

「それにしてもただ歩くなんて退屈だわ。」

「少し、歩きながら考えをまとめてみましょうか。」

「ジェニーの話しを聞きなさいよ、ミーティア。」

「いいわよ。もちろんだわ!」

「私の家は遠いスウェーデンというところなのですけれど、その昔はフィンランドと同じ国だったと言います。」

「えっ!そうなの?」

「歴史で勉強しなかった?私もよくは知らないけどさ。」

「その頃のスウェーデンは、東隣国のノヴゴロド公国との戦争で明け暮れていたそうです。」

「あ、それって先生が言っていたやつかな?」

「時代は分からないけれどそうかもしれない。」

「でも、なんで戦争なんかしてたんだろう。あれかしら、何かを奪い合う的な。」

「何を奪うってのよ。」

「金銀財宝的な?もしかしたら、隣の国のお姫様を奪っていくなんてことがあったりして。」

「宗教戦争だったとも言われていますが、本当はどうだったのでしょうね。」

「その戦争に、妖精たちが力を貸したっていうの?」

「それは分からないです。しかし、本当に妖精たちが関わっているのなら、きっともっと私たちが考える以上の理由があったのだと思います。」

「妖精が関わっていたなら、やっぱり魔法の痕跡とかかしら。」

「例えばどんな?」

「そうね、誰も知らない、見た事もない花が咲いているとか・・・。」


ミーティアがそれを口にした瞬間、あたりは霧が立ち込め、たちまちお互いの顔が判らなくなるほどになり、でも暗いわけではなく、明るすぎるくらいの白い霧が3人を囲みました。そしてまた次の瞬間には、風がゴウッと吹くとあっという間に霧が晴れ、これまで誰も見た事の無い、手のひらで水を受けるような花弁をした白い花が、あたり一面に広がっていることに気が付いたのです。


「え、何?今の。」

「ええ、何だったのでしょうか。ごめんなさい、ちょっと気分が・・。」

「ちょっと、ジェニー!大丈夫?顔色が青い・・・、というか・・・、緑色で・・・、なんだか雰囲気が、変わって・・大丈夫?ねえ!ミーティア来て!ジェニーがちょっと大変なの!」

「フレイディア! 私たち、一体ぜんたいどこにいるっていうの?」

改めて周囲を見回すと、これまで歩いてきた海岸線は消え、白い花群の向こうには、なだらかな傾斜の丘が見渡す限り続き、これまで針葉樹ばかりだった森もなんだか柔らかい広葉樹がいい匂いを立てています。その奥には高く鋭くそびえた塔のような岩山があり、頂きを雲の上まで伸ばし、その中腹からは、雄大な滝が音もなく落ちているのが見えました。


「ここは・・・。」横になっていたジェニーが体を起こし、フレイが座って支えます。ミーティアはあたりを注意深く見渡しながら、つぶやきました。

「ティル・ナ・ノーグ・・・。」

「え、私ったら、いまなんて言ったっけ?・・。」

変なの、と小さく首を振ると、二人のもとに駆け寄っていきます。

「ジェニー!あなた、大丈夫?気分はどう?」

「もうだいぶ落ち着きました。ありがとうございます。二人とも。」

「良かった、顔色も少し良くなったみたいね。」

「ミーティア、私たちどうしたのかしら。海岸を歩いていたら、急に眩しい霧に包まれて、何も見えなくなって。」

「気が付いたら、このありさまって、私だっておんなじよ。でもここが私たちの世界とは違う場所だってことは分かるわ。」

「先生の言っていた、妖精の残した世界って事かしら。」

「分からないけど、何かに引き付けられたのは間違いないわね。」

「まずは、ほかに人がいないのか探してみましょう。」

「さあ、そんなのいるかしら。」

「この世界の人や、ひょっとして私たちの他にも、誰か迷い込んだかもしれないわ。」

「そうね、でもその前に、ちょっとお腹がすかない?私たち朝から何も食べてないのよ?フレイディア、お茶の時間にして頂戴!」

「なに威張ってんのよ。そうね、お腹はともかく少し疲れたわ。ジェニーもまだ調子が悪そうだし。まずは休めるところを探しましょうよ。」

「二人とも少し聞いてください。この世界は私たちの住んでいた場所とは、まったく違う世界のようですが、私の記憶の断片には、強くこの世界との関りがあるような気がしてなりません。まずは、あそこの森づたいに、岩山から滝の方へ行ってみましょう。」

「そうね、ひょっとしたらここで夜になるかもしれないし、安全に過ごせる場所を見つけておかないと。それからこれからの計画も立てなくっちゃね。」

「よし!探検よ!その前にフレイ!お茶っ!」

朝に入れたポットのお湯も無くなってしまったけれど、カモミールとパウンドケーキ(レーションだけど)のおかげで、元気を取り戻した3人だが、地図を取り出してまた驚きました。

「何これ、さっきまでは白紙の地図だったのに!」

そこには、島というよりはもっと大きな国のような地形が描かれていて、山脈や、河川、渓谷や森林の広がりが手に取るようにわかるものでした。それだけではなく、前にかざすと、そこには目の前の景色が映り込み、しかも文字らしきものが浮かび上がるのです。地図を右に向ければ右の景色が、左に向ければ左側の景色が映りました。そしてそこにはやはり説明文らしき文字が浮かび上がるのです。そして下にすると元の地図に戻るという具合でした。

「どゆ事!こんな地図初めて見たわ。まるで魔法じゃない!」

「魔法?やっぱりここは妖精の国なんじゃないかしら。ジェニー、何か分からない?」

「この文字、読めるかもしれません。例えば、この川の横に書いてあるのは”ウンディーネの眼”です。そしてこっちは、”オレイアスの腕”です。」

「すごいわね、あなた!どこかで教えてもらったの?」

「いいえ、文字を見ると何かこう、不思議ですが、頭の中で意味が分かってしまう感じです」

「何?ちょっと怖いんですけど。フレイ、とにかくこの字が書かれているところに、妖精の手がかりがあるんじゃないかと思うわ。どう?」

「そうね、今は何も分からないのだから、やっぱりまずは滝を目指しましょう。地図に何か出てくるかもしれないし、途中で何か見つけられるかもだわ」


「この形、ハイルオト島と似ているようだけど・・。」

地図を下に見ながら、ミーティアはつぶやきました。

「やっぱり少し、違うかなあ。」

丘を下り、森の端に添うように進んでいきます。山も滝も一向に近づける気配も無く、まだまだ先に思えます。

ミーティアは、地図を横にしたり、上げたり下げたり、ぐるぐる回したりして、何か映らないかと躍起になっていましたが、しばらくすると飽きてきたのか、くるくるっと丸めてフレイディアに投げてよこしました。

「私には、文字の意味は解からないし、時々キラッと何か光るようにも見えるけど、実際の景色は相変わらずね。」

その時、ミーティアの頭の上を、やはりキラッと光る何かが飛んでいる事にフレイディアが気づきました。

「ちょっと、これ何?」

「追いかけてみましょう。」

小麦の粒ほどの小さな光は、素早く身をひるがえし、森のトレイルに入っていきます。今までそんなところに道があるとは気づきませんでしたが、地図にはいつの間にか道が描き込まれていました。光の粒は離れると少し止まり、近づくとまた逃げるように先へ進みます。

「まるで、私たちを誘っているように見えるけど。」

「そうですね。地図には何も写っていなかったのに不思議です。この世界で初めて何かの意志を感じます。やはりついて行ってみましょう。」

「そんな事言って、大丈夫なの?」

小さな光は、丁度ミーティアの顔の高さあたりを左右に振れながら飛んでいきます。

「森もどんどん、深くなりますね。」

「いったいどこへ連れて行こうってのかしら。」

「皆さん見てください。気づきましたか?辺りの木がだんだん大きくなっていませんか。」

「本当だわ、ジェニー。こんな大きな木、何だろう。見たことある?」

「これメタセコイアですね、ミーティア。それにしてもこんなに大きなものは見たことがありません。」

木の幹は、3人がかりで手をつないでも全く届きそうもありません。高くそびえるその木の梢も空のかなたに消え入りそうなくらいです。気のせいか、そんな巨木が群生している森の中でも、不思議と日の光は地表まで差していて、風があるのか無いのか、ゆらゆらと光の水の中にいるように見えました。そして、小さな光の粒は、その大きな木の間を踊るようにキラッ、キラッと抜けていきながら、ミーティアたちを誘います。

地図にはトレイルの周りに、もう巨木の絵が描き込まれ、滝の方角へ向かって伸びていくようでした。


「ねえフレイ。今何時かしら。」

「さあ、ここへ来てから時計の針は止まったままよ。」

「時間の経ち方が違うみたいですね。」

「もういつまで、歩けばいいってのよ!」

「ねえ、光のツブツブちゃん!もうそろそろどこへ連れていくのか教えてくれてもいいんじゃないのぉ!」

「私たち、滝まで行きたいのぉ!」

その瞬間、森は突然に開けました。

3人は息を吞むほどの雄大な景色に見とれてしまいました。

「すごい・・・。」

少し高台から見下ろす景色は、巨大な岩山から落ちる、これまた巨大な滝と、その滝つぼから出来た大きな湖と、周辺一面に広がる群落らしきものを一望できる雄大なパノラマでした。風は岩山の上空へ翔ける様に吹き上がっていき、滝のしぶきを光に反射させて、虹色の輪を作っています。

「すごい!あの滝から突き出している岩なんか、プライド・ロックみたいな感じ!」

「ちょっと、何、かっこいいじゃない!」

3人とも、興奮のあまり、さっきまで近くにいた光の粒が、いつの間にかいなくなっている事には気づきませんでした。


「なに、ここ。神殿のようにも見えるけど。街かしら。」

先ほど群落に見えたのは廃墟の街だったようです。3人はその中を歩いていました。滝の音は近くに聞こえるようですが、ミストが濃くなって、見通しが良くありません。

「フレイ、地図には何か出ていない?」

「あ、待って。ジェニーこれなんて書いてある?」

「メシポタオシス・トゥーリ。それからテンペリ・ハイルオト。」

「どういう意味?」

「風の大滝、風の国の聖域。」

その言葉を口にした瞬間、廃墟だった街が、光に包まれ、強い突風が起きます。そしてそれは嵐のように何もかもを巻き上げて、空のかなたに噴き上げられました。巨大なハリケーンのような暴風はほどなく治まり、これまで深いミストに覆われよく見えなかった街が、その本当の姿を現したのです。

それは、銀の装飾に縁どられた、白い二つの塔を持つ立派な神殿でした。その周りを、さっき森であったキラキラと光るものや、チカッっとしてさらに眩しい光が、無数に飛び回り、踊るように跳ね、歌うように流れ、まるで、風のうねりの中で無数の喜びが羽をはやして飛んでいるようにも見えました。

何かに解放されたように飛び回る光は、やがて一つの大きな光になり、滝に向かうと、そのまま滝をすり抜け、奥へと消えていったのです。

「あれ、追うわよ!」

そう言ってミーティアが叫ぶと、それまで、雷にでも打たれたようにへたり込んでいた二人も、ゼンマイ仕掛けのように飛び上がって、駆け出しました。もう滝は目の前。ひどいしぶきが3人を襲います。

「今の何かしら。地図の名前を言ったとたんに、また大変なことが起きちゃった!」

「廃墟が一瞬にして、神殿に変わるなんて!そんなことある?」

「ある訳ないじゃない!普通じゃないわ!きっとこれは妖精のカケラよ。妖精の記憶が戻ってきたのよ!」

「滝の裏って、どうやって入るの?」

「昔見た映画なら、滝裏に続く側道があるはずだわ。」

「それってどこ!?」

「たぶん、あの虹の輪の中!」

まさしく側道があって、「ほら!あったでしょ!」って得意げなのはフレイディアです。

「なによ、もう、ベショベショ!まつ毛パーマも取れちゃったじゃない!」

「今、灯りをつけます。」

「さすがジェニー!用意がいいわ。」

「キャンプ道具なら1式持ってきていますから。」

「ああ、なんてこと!ハートランド先生が神様に思えちゃう。」

「あの人、キャンプギアのマニアだからね。リストにあるもの皆、先生の推薦品らしいわよ。」

「オタクも少しは役に立つって事かしら。」

「とにかく点けてよ。」


薄暗い中で明るいタクティカルライトが照らした先に、小さな洞窟の入り口がありました。ミーティアは暗い淵の中を恐る恐る覗き込みながら、

「これって、中へ行くしかないってやつかしら。ちょっとフレイ、先に行って様子を見てきてよ」

「いやよ、私だって、薄気味悪い。何か出るんじゃないかしら。」

「何かって、何よ。私こういうの苦手だって知ってるでしょ!」

「それでは、私が先に行ってみましょうか。」

ジェニーはそういうと、躊躇する事もなく穴の中へ入っていきました。

「ちょっと、ジェニー!灯り灯り!待ってよ!暗いじゃない!」

結局3人は、一緒に洞穴を進むことになります。入口こそ狭かったものの、中に入ると、立ち上がって進めるくらいの高さと、1列なら十分に歩けるスペースがある事が判りました。足元は滝の水が入り込んだのか、だいぶ濡れて滑りやすくなっています。岩肌はごつごつとした茶色の

「これ、花崗岩じゃない?ミーティア。」

「えー?よくわかんない。でも泥んこにならずに済みそうね。」

「みなさん、静かに。何か聞こえませんか?」

「え、何?」

「そうね、何かしら、笛の音?いや違う。笑い声?何?色々混ざって聞こえるわ。」

「そうですね。私には誰かがささやいているように聞こえました。言葉のような、そうでないような。」

「ちょっと二人とも、やめてよ!風の音かなんかじゃないの?」

「それならいいけど、洞窟には魔物が住むというわ。気を付けて進みましょう。」

「あの光たちは、どこまで行ったのかしら。もう帰りたいわ。」

道は途中で幾たびか左に折れ、また右に折れたりしましたが、一本道なので迷いようがなく進むことが出来ました。やがてたどり着いたのが10平米ほどの小部屋のような洞窟です。

「?」

「ここで行き止まりかしら。」

「えーっ!ここまで来て、そりゃあないでしょ!どーすんのよ。」

「皆さん、これを見てください。」

そこには、不思議な形の石がはめ込まれていました。二枚の羽が重なった形のように見えますし、普通の石のようにも見えましたが、ジェニーが近づくと青白く弱く光るのです。ジェニーは思わずフレイと顔を見合わせました。

「何かしら、私には反応しないみたいだけど」フレイディアが言うと、

「じゃあ、私はどうかしら!見せて。」

ミーティアが近づいて、石に触れたとたんです。眩いばかりの白い光が放たれたかと思うと、岩が大きな音を立てながら動き、立派な扉が現れます。

「フレイ!何これ、どうなってるのよ!」

「開錠の魔法・・・。ミーティア!こちらへ。この扉に手を当てて下さい」ジェニーがミーティアの手を引っ張ります。

「え、ここでいいの?」

扉には、やはり先ほどに石と同じ形の紋様が取り付けられています。ミーティアがそれに触れると、今度は扉全体が青く光り、音を立てて開きました。

「やっぱり・・。」

「すご・・。」

「とにかく道は開けたわ。先に進みましょう。」


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