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キャンプワーク

ここは人の国 オウル

ボスニア湾の北にある町から、馬車で東へ半日ほど走ると、カラマツ林の森から抜けたところに、広い畑が広がっているのがみえる。けして豊かという訳ではないが、比較的恵まれた土地には、川も流れる小さな穀倉地帯。村の名前はピルパッソ。湾に浮かぶハイオルト島へ渡る事の出来る唯一の小さな村である。夏が始まったばかりで、山には雪が残っているのが見える。

この村には、少しばかり伝説がある。精霊と人との物語り。今どきそんな事を信じている人も少ないが、老人や子供たちの目には、時々その不思議な姿が見える事もあるのだそうです。


「ミーティア待って!」

ミーティアを追いかけるのは、幼馴染のフレイディア。

「フレイ、早くいかなきゃ、間に合わないよ。先生に怒られちゃう!」

「わかってるわよ、もともとはあなたが寝坊するからじゃないの。ちょっと待ちなさいってば!」

「それにしても、キャンプ合宿なんて、どこのどいつが考え付くんだろう。噛みついてやりたいわ。」

ミーティアは大のキャンプ嫌い。でも今日から授業で1週間のキャンプワークが始まります。

「何言ってんの。楽しいじゃないキャンプ。昔はよく一緒に行ったでしょ。家族で。」

「だからよ、なんだってあんな虫だらけのところで!おまけに灰だらけ!あなたあんなところでよく寝られるわね。神経を疑っちゃう!」

「キャンプに虫はつきものです。それから固いベッドもね!」

「そぉ・れぇ・がぁ・いぃ・やぁ・なぁ・のぉ!」

「あ、先生おはようございます。」

「やあ、おはようフレイディア。」

「ハートランド先生、今日はかっこいいじゃん!ってか、なに張り切ってんの。」

「ミーティア、言葉遣いがなってないぞ!俺はいつだってかっこいいじゃんよ!今日からお前たちを思う存分シゴケると思うと、そりゃあ張り切るさ!早く並ばないとグリーン先生にどやされるぞ。さあ、行った行った!」

「ねえフレイ、見た?ハードランド先生の帽子、アメリカのカウボーイかしら。」

「なんか、鞭まで持ってたわよ。昔の映画で見たことあるかも!」

「クスクス、なんかカッコつけてるし。かわいいわね!」

「そこ、いつまでもおしゃべりしていないで、早く列に並びなさい!」

「ゲッ、ミス.グリーン!あの年でミスはないわあ。やばいわあ。」

「ちょっと、ミーティアやめて!私まで目をつけられるじゃないの。あ、こっち来る!もう最悪!」

「ミス.ミーティア、ミス.フレイディア。あなたたちはおしゃべりが上手なようだから、こちらに来て、キャンプの心得を読み上げて頂戴。ハイ皆さん、注目!今日から皆さんは1週間のあいだ、このハイルオト島キャンプブィラで、団体行動と自然の恵み、生き抜く知恵、そして“危険”を学んでもらいます」

「ちょっとフレイ、危険だって、何かしら。」

「知らないわよ、あなたの大好きなお化けでも出るんじゃないの?」

「はいそこ!これから二人には、この島で過ごす為の大切な心得を読み上げてもらいます。しっかり聞いて行動の基本とするように!それではミーティア、フレイディアお願いします。」

めんどくさいなあという態度がありありと分かるミーティア。もうアゴが落ち切ってる。うんざり顔で前髪を息で噴き上げるフレイディア。しかたがないと肩をすくめてから読み上げます。

「私たち、クラウド・ヘブンJr.スクールの生徒は、このキャンプワークにおいて、その名誉に恥じない行いと言葉で、互いに助け合い、認め高めあうことを、妖精のみ名において誓います」

「いち.キャンプサイトでは、走らず、歩かず、キビキビと。」(どんなだよ)

「に .毒虫、毒蛇、毒草注意。」(おしりは出すな)

「さん.道具は大切、ひと仕事ひと片付け。」(って、すぐにまた使うじゃん)

「よん.火は髪を燃やす。」(ギャー!ハゲる!うける!)

「ご .自分の命は、自分で守る。」(助け合いはどこへ逃げた!)

二人は、良くも悪くも気が合うので、まるで輪唱のように悪口が出てくる。

「ありがとう、二人とも。もう結構です。列に戻りなさい。」

先生は咳ばらいをして続けます。

「これから、班分けをします。基本行動は男子3名、女子3名で別々の班としますが、夜間行動があるときは、合同で編成します。それでは、ハートランド先生、お願いします。」

「よしお前たち、良く聞けよ。班分け方法はこのクジで決める。箱の中には同じ種類のイキモノが入っている。おもちゃだけどな。それを選んで同じものを取った者同士で、班を組んでもらう。いいな。それじゃあ、ミーティア、君からだ。」

「ちょっと先生!おもちゃって本当でしょうね!嘘だったら、教育委員会に直行だからね!」

「嘘じゃないさ!後がつかえる。早く引け。」

「うーっ、ナニコレ気持ち悪いじゃない。ヌルヌルするんですけど・・・。」

箱から引き出したのは、ブヨブヨゴムで出来たイボガエル!

「ゲーッ、ナニコレ!ちょっとリアル過ぎない?ねえフレイ?」

「ちょっとぉ、あなたと同じなんですけど!うえーべとべとするぅ。」

「あの、私も同じです。」

「あら、ジェネス!じゃあ私たち一緒の班ね。まあキャンプはホトホトいやだけど、この3人ならきっと楽しくなるわ。」


「ハートランド先生!3人決まったよ!」

「おう、じゃあお前ら イボガエルチームな!」

「いやよ、チームの名前は自分たちで決めるわ!」とミーティア。

「絶対、名前くらいは好きにさせてもらいますからねっ。」とフレイディア。

クスクスおかしそうに笑うジェネスを見て、3人で大笑い。楽しくなるかなぁ。


班分けが終わると、女子棟ロッジへ移動し、ほかの班の子たちとも合流して居間であいさつした後、部屋で荷物を広げる3人。

「ねえ、ジェネス。あなた生まれはどこ?最近引っ越してきたばかりよね。」

「えっと・・。」

「あなたの髪の色ステキね。一見黒い髪だけど、光に当たると濃い緑色に光るんだもの。ねえ、もうダック・ダンのお店には行った?結構すごいのよ・・なんてったっけ。」

「ちょっと、ミーティア!いい加減にしなさいよ。彼女困ってるじゃないの!」

「あ、ごめん。なんだっけ。」

「あの、私、引っ越してきたばかりで、まだよく知らないの・・。」

また、話しかけようとするミーティアを押しのけて、

「そう、私、フレイディア。フレイディア・ノックス。あたらめて宜しくね。このうるさいのがミーティア。パン工房のサングリア・レイパーって知ってる?あそこの娘。」

「ちょっとフレイ!私がまだ話してんのに!」

「あの、ありがとう、フレイディアさん。私、ジェネス・ビジター。リレハンメルから来たの。」

「リレハンメル!ノルウエーの?めっちゃ遠いじゃん!」

「ちょっと何処よそれ、なに?どこら辺?遠いの?」

「どうしてこっちに?」

「いえ、ちょっと・・あの・・。」

「ちょっと無視しないでよ、今度はあなたが喋りすぎだわ。フレイ。ねえジェニーでいい?あなたの髪からは森の香りがするわ。素敵じゃない。いいこと?少なくともこの1週間は、私たち運命共同体よ。」

「そうね、私の事もフレイと呼んで頂戴、ジェニー。」

「うん、ありがとう。ミーティア、フレイ。それからミーティア、あなたからも風の様な香りがするわ。とても澄んだ涼し気な風の香り。」

「へ、そう?はじめて言われた。そんな事。」

「そうね、長い間友達やってるけど、あなたからはミートパイのにおいしかしないもの。」

「うふふ。ねえ、二人とも、そろそろ中庭に集合じゃないかしら。」

ジェネスに促されて、3人が外に出ると、もう大半の生徒が集まっていて、ハートランド先生を囲んでいた。


「荷物は片付いたか?今日は皆ロッジで泊まるが、明日からは班ごとに散らばって、二泊三日のグループキャンプに行ってもらう。もちろん食料も水も現地調達だ。と言いたいが、ここに軍用レーションがある。これを持っていくこと。但し、計画性が無ければ、無駄に消費してしまうことになるから気をつけなさい。昔に比べりゃ、テントだってずいぶん軽くなったもんだ。言っておくが風呂やトイレも無いぞ!スコップは貸してやるから無くすなよ。今晩は備品チェックをして早めに休め。明日の朝、島の地図を渡す。そこには地形以外なにも書かれていない。この地図を埋めることが君たちのミッションだ。どこに何があって、どんなものだったか、地図に克明に描きとるように。基本的に行動は班単位だが、場合によっては合同で作業してもいいぞ。」

「なあああにいいいい!年頃の乙女に向かって、なにを考えてるんだか!ちょっと先生!いい加減にしなさいよ!教育委員会まっしぐらよ!わかってんの!」

「ちょっと、ミーティア落ち着いて。先生、これは教育カリキュラムなんですか?正式に認められたプログラムなんでしょうね」

「ああ、そうだフレイディア。この学校では、もうずいぶんと昔から続いているんだそうだよ。この島に伝わる伝説と関係があるとは聞いたことがあるが、まあ、楽しそうだからいいじゃないか!なあ!」

「なあ!じゃねえしっ!」

「私、少し知ってるの・・・。」

「え、なにジェニー?」

「いいえ、何でもないわ。準備しましょう。」

「なんか事件でも起きるといいわ!」

「変なこと言わないでよ、もう!」


翌朝、どの班の生徒も、目をこすりながら集まって、今日の予定を何とか理解しようとしていた。まだ朝霧が深く、夏だというのに肌寒い。

元気なのはハートランド先生だけ。

「さあ、みんな。持ち物チェックは済ませたか?特に火をつける道具を忘れるな。マグネシウム粉末に火花を散らすといいぞ。雨の中でもばっちりだ。闇を払うのにはトーチが一番だ。忘れずに油を沁み込ませておけよ。それから、防虫菊の粉末も持ってるといい。ミントの葉も虫よけには有効だぞ。大事な事だからもう一度言うぞ。」

「ああもう、朝からテンション高いわね。そんなのライターと防虫スプレーでいいじゃん。なんなら島ごと燃えるといいんだわ。」

「ミーティアってば、ほんとに虫が嫌いね。」

「あなただって嫌いなものあるでしょ。」

「そうね、私は霧とか夕昏のとばりが苦手かな。何かうっすらとしてるんだけど、強い冷気を感じることがあるの。」

「フレイは、時々変なことをいうもんね。大丈夫、私が一緒なんだから任せなさいよ。」

「二人は本当に仲がいいのね。でも、この島にはね、本当の・・・。」

「なに?先生。地図?はいはい配ればいいんでしょ。」


「グリーン先生からお話しがある。地図をもらったら、静かに座って話しを聞くように。」

「皆さん、おはようございます。これからお話しする事を注意深く聞いておくように。このキャンプワークの本当の意味についてです。まずはこの島の歴史について少しお話しをしておきましょう。皆さんも少しは聞いているかもしれません。この地方には昔から妖精の守護を受けているという伝説があります。過去に大きな戦争が起きました。それは、妖精と人との闘いだったと言われています。かつてこの地には、大きな湖と、深い大森林に守られ、そこに住むものは、全て自然の力のバランスの中で暮らしていました。そこにあるのは自然の摂理であり、誰にでも認められた、機会と平等でした。ところがある日、東方から人間の軍隊が押し寄せ、自然の摂理を捻じ曲げる強大な力で、この土地に住む全てを破壊し、搾取していったのです。」


「彼らは、大きな機械仕掛けの武器で、湖を干上がらせ、森を焼き、山を崩し、川を埋め、大地をまさしく黒炭のように黒く染めていきました。彼らの欲したものは、この地に眠る無限のエネルギーだと言われています。あるものはそれは鉱石の大きな結晶だといい、あるものは竜の心臓だといい、またあるものは雷のごとき神の怒りだとも言いました。結局それを見たものはおらず、焦土と化した大地は、人間の欲望に蹂躙されただけの、蛮行の贄となったのです。」


生徒たちは、珍しくおし黙って聞いています。さらに先生の話しは続きました。

「人間の暴挙、愚行、その侵略に対抗したのが、妖精族です。かつて7つの種族の大妖精がいたと言われています。普段はそれぞれに暮らしていた妖精ですが、ピクシー、ニンフ、エルフ、神獣、全ての力を結集したすさまじい戦いがまさにこの地で繰り広げられたと言われています。妖精たちは、人間どもを罠にかけ、目をつぶし、石に変え、永遠の暗闇へ葬り、神獣たちは頭を砕き、はらわたを引き出し、血肉に飢えた野獣のように人間たちを狩りつくしていったという事です。」


誰かが小さく叫ぶ声が聞こえました。もう皆真っ青になって、それでも先生の話しを聞き洩らさず、固唾をのんで身をすくませながら、この先の話しを待っていました。


「妖精たちの魔力と呪いによって少しずつ人間の思い上がりは潰え、やがて、人間の中にも、その愚かしさに気づき、何が正しいか、何が必要かを考え、理解出来る者たちが現れるようになりました。妖精の国を荒らすことは、自らにその生きる意味と責任を被るという事にようやく気付いたのです。我々の先祖は、この土地で妖精やその影響する者たちと共存の道を探し始めました。もうずいぶんと昔の事です。しかし、それを快く思わなかったのが、闇のエルフ、デック・アールブやダーク・エルフたちでした。そもそも彼らは、光の妖精たちを恐れ、無き者にしようと考えていましたし、人間をそそのかし、無益な侵略にいざなったのも彼ら闇の精霊でした。精霊は精霊同士で相手を陥れようとしたのです。」


「そしてここからが本題です。この島のあちらこちらに、戦争で犠牲となった精霊や精霊だった者たちが散らばっています。私たちはいまだにその魂を集め、生まれた大地、海洋、宇宙に帰すことの責任に追われているのです。そしてそのカケラや魂はとても小さく、幽かで誰にでも探せるものではありません。しかし、丁度あなた方の年の頃には、そのカケラのわずかな息遣いにさえ反応し、気づく事ができるのです。先ほど手渡されたマップに書き込みなさい。出来るだけたくさんのカケラたちのつぶやきを集めてください。これがこの一週間であなた方に与えられた、いいえ、託された使命なのです。」


グリーン先生の長い話しは、生徒たちにとっては十分にセンセーショナルで、恐ろしくて、信じられなくて、でもとてもコーフンした!

「ねえ、フレイ、ジェニーどう思う?本当にそんな事があったと思う?私は信じるわ。だって、ちょっと面白いじゃない!」

「私は良く分からないわ。戦争はあったかもだけど、妖精だなんてねえ。

ジェニーの生まれたところ、リレハンメルはどんなだったか知ってる?」

「そうですね、よくは知らないのです。隣国とは時々争いごとがあったと聞いていたのですけど、そんな大きな妖精との戦争があっただなんて。ただ少し気になる事があって。」

「何なに?なんてったっけ。独立戦争?あれはそんなんじゃなかったっけ?」とミーティア。

「もっと、ずっと昔の話だと思います。私の家には古い言い伝えがあるのです。森と湖と風の中には決して侵してはならない神域があるのだという事。その守り人であり、番人の末裔が私たち一族の中に今も生きているのだとか。」

ジェネスはおばあ様から聞いた事を思い出していました。そしてその力は強大で、人の扱えるようなものではない不思議な魔力である事も。

「いいじゃない、フレイ!北欧中の妖精がこの島で戦っていたなんて。本当のことなら、とてもセンセーショナルでドラマチックだわ。」

「そうだけど、グリーン先生はなぜそんなに詳しく知っているのかな?地元生まれの私達だって、そんな事知らなかったのよ?」

「いいじゃない!別に違ってたって!設定よ、きっと設定!」

「あなたって、ほんとお気楽ね!」

いつの間にか、朝霧が晴れて、すっかり日が昇っていた。



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