坑道にて花火が咲く。
森を進んだ先で、その坑道はあった。セカンドグロリオ坑道……安直ではあるが、分かりやすい名前のそこは、暗闇によって視界不良を起こしている。確かにこれは松明が必須になる暗さだ。
インベントリから松明を取り出し、点火。炎特有の光が坑道の中を照らす。
「……おお」
松明で照らした直後に俺の視界に入ったのは、壁に立て掛けられたツルハシや、石や鉱石を運ぶために使っているであろうトロッコ。今は使われていないが、使われていた形跡のある壊れたランタンなど……いかにも坑道といった感じの空間であった。
「よし、早速NPC探しと採掘をーーーー」
「この辺りは鉄鉱石とか石ばかり出るから無視でいいわ」
「あ、そうなのか?」
俺が欲しいのは魔銅鉱石だから、今のところ鉄鉱石には用がない。ソフィアがいなかったら無駄に時間を使うところだった。
「魔銅鉱石が採掘できるのはもっと奥ね。NPC探しと平行して進みましょ」
「了解」
クエストの目的であるNPCがいるかもしれないポイントは3つ。最初の1つは、ここから少し進んだところにある。
俺が先頭に立ち、坑道を進む。……坑道なんて現実世界でも行ったことがないが、よくイメージする坑道ってこんな感じな気がするなぁ。ゲームではお馴染みのミニダンジョンだし。
「ソフィア」
「ん?」
「この世界ってクソ強モンスターとかいるのか? エリアボス以外で」
坑道を進みながら、このゲームを始めた時からーーーー正確にはシャームドラゴンを倒した後からーーーー思っていた疑問をソフィアに投げ掛けた。
だって、神と竜の戦争なんて頭のおかしいスケールの戦争があった世界なわけだし……そういう戦争を生き抜いた化け物共がいると予想した質問である。
少しだけ、期待を込めた目をソフィアに向けると、彼女は逡巡することもなく口を開いた。
「いるわよ。そういうモンスター」
「マジで!?」
やっぱりいたか! レイドか? レイドボスなのか!?
「やっぱり気になる?」
「そりゃあもう! 高難易度クエストとか、高難易度ボスほどゲーマーが心踊らされるものなんてないだろ!」
最高かよリーヴラシル・フロントラインーーーー略してリヴライン(姉貴の呼び方が気に入った)! エリアボスは楽しいし、こういうオンラインゲームでたまにある理不尽調整もない! しかもこのゲームの世界において最強と呼ばれる存在がいる。運営のたゆまぬ努力が垣間見られるゲームだよ、本当に。
「この世界にいる最強モンスターはーーーー」
「グギャギャギャッ!」
ソフィアの言葉を遮るようにして現れたゴブリン。坑道ゴブリンってやつか? 普段なら歓迎したけどなぁ……今はソフィアの話の方が大事なんだよ!!
「邪魔ァ!」
喰らいやがれ、邪魔者へのスパイラルスタブ!! ドリルのようなエネルギーを纏った槍が、突撃してきた坑道ゴブリンの顔面に突き刺さると、断末魔も上げることなく消し飛んだ。クリティカルが発生した一撃、やはりレベル上がっているのもあるし、何よりも古草原の槍が優秀過ぎる。
「あら、一撃ね」
「で、話の続きは?」
俺の言葉に苦笑するソフィア。おいおい、俺がおかしいのかよ? 気になる情報を出されたら誰だってこうなるだろ。
「急かさない。……この世界の最強とされているのは公式から発表されているわ。全て合わせて10体」
10体……! 最強と謳われる存在が、そんなにいるのか。
「公式の発表及びプレイヤーが発見した最強種ーーーー【カレイドモンスター】は5体ね」
ソフィアから語られるのは、5体のカレイドモンスターと呼ばれる最強種達の存在。
とあるエリアに存在する巨大な地下ダンジョン、《腐敗神話の地下墓》の最下層にて微睡んでいる【腐り堕ちた女神フレア】。このダンジョンの主を攻略せんとしているプレイヤーは多く、女神フレア攻略専用掲示板まで存在しているらしいが、誰も倒せていない。
2体目は公式から公開されたが、誰も見つけていないカレイドモンスター。神と共に竜に挑んだとされる巨人の大英雄【破竜神トルプトン】。そもそも巨人自体が見つかっていないらしく、何かしらのキークエストによる出現かアップデートによる実装ではないかと言われている。
3体目は女神フレアのようにプレイヤーが見つけた最強種。神殺しの竜の一頭、【雷霆のユピルホーン】。ランダムエンカウントなのか、色んなところで目撃情報があるらしいこいつが現れる時、エリアに雷を伴う雨が降るらしい。ちなみにこのドラゴンもまた誰も倒せていない最強種。
4体目は公式からの発表から。竜と共に神へと挑戦したとされる元人間族【叡淵のテンライ】。どこかの隠しエリアの奥で魔法や呪術の研究をし続けているという存在。俺達解放者の魔法や呪術のほとんどが、この人間が人間じゃなくなる前に作り上げたものが土台となっているそうだ。
5体目は【星詠のネブラ】。公式からの発表によって発覚したカレイドモンスターで、毎日毎日星を見る日々を過ごしているという、戦争に自主的には参加しなかった竜らしい。ちなみにこの竜、4体目の叡淵のテンライに魔法や呪術を教えた存在だそうだ。
間違いなく強いであろうモンスター達の情報。一目見てみたい、会ってみたい……あわよくば戦ってみたい。そんな思いに駆られるモンスターばかりだ。
「この他にも発見されていない存在が5体いるわ」
「はぁ……何度でも言おう。最高だ」
ことごとくゲーマーのやる気を引き出してくれるじゃないか。ソフィアから聞いた情報だけで、このゲームを始めて良かったと思える。
「あー、戦ってみてぇ……!」
「全員が古今東西、どんなゲームに出てきたボス達を凌駕する実力のモンスターばかりだから、挑戦するにしても強くならなくちゃね」
「それはそう」
ソフィアのお陰でモチベーションは滅茶苦茶高い。このモチベーションを維持しつつ、今は目の前のクエストをクリアしていこうと結論付けて、俺達は坑道のさらに奥へと足を踏み入れる。
最初のポイントーーーー入口付近の場所にNPCはいなかった。なんとか坑道から抜け出しているのであれば、入口付近にいただろう。次のポイントは、今俺達が進んでいる大きな道を右に曲がり、2番目の曲がり角を左に曲がると到着する少し開けた空間だ。ソフィア曰く、この辺りから魔銅鉱石が採掘できるエリアに入るらしい。
「おーい、誰かいるかー?」
軽く声を張り上げてみるが、反応がない。しかもモンスターも、ツルハシやスコップを武器にした坑道ゴブリンが数匹出たくらいで、他には出現していない。ちょっと不気味だ。
「ソフィア、この坑道……何かボス系っているのか?」
「いないはず……だけど……アップデートでモンスターが追加されたりするから、可能性は0じゃないわね」
あまりにも不気味だったためソフィアに聞くが、返ってきた答えは曖昧なもの。アップデートでモンスターが追加されるのは凄くいいが、今の状況だと悪い報告を聞いた気分になる。こういう場所にはもっとモンスターが出るのが普通なのに。採掘場所があるからこその配慮? ダンジョンにそんなものがあるとは思えない。だとすれば……
「アップデートで追加されたそいつが……坑道のモンスターを食い荒らしてる可能性は?」
「…………あり得なくはないわね」
思えばさっきも現れたゴブリン。俺を狙って攻撃してきてはいたが、何かから逃げるような動きをしていたような気がする。まるで、自分達の生息域を追われたかのような……そんな動きだ。逃げている途中に、俺やソフィアという障害物がいたから攻撃したと言わんばかりの動きを見せていた。返り討ちにして経験値にしてしまったが。
「……NPC、死んでるのでは?」
「うーん、なくはないわね」
……うーん。
「探すのは、遺品でもいいですか」
「クエストの内容的には……多分大丈夫ね」
初めてのクエストが遺品探しとか中々にハードだと思う。まだ死んでないかもしれないけどな!
「最後のポイントに行こう」
「ええ」
ちょくちょく、採掘ポイントを発見しては掘っているが、魔銅鉱石は出ていない。時間がかかりそうだし、NPCを先に見つけてしまおうという結論に至った俺達は、最後のポイントである坑道で一番広い空間へと向かう。
松明の炎が奏でるパチパチという音と、防具の布が擦れる音、そして地面を踏み鳴らす俺達の足音のみが坑道内に響く。それにしても、セカンドグロリオ坑道はマップがなければ確実に迷子になること間違いなしなミニダンジョンだ。本来なら、アイテムショップで売っている簡易マップを買って、自らマッピングしながら探索するはずのこのダンジョン。俺はNPCから地図をもらったお陰でどうにか迷子になっていない。万が一の時はソフィアもいるし。
右、左、と何度も何度も曲がり続け、マップを見ているというのにも関わらず頭が混乱し始めた頃。
「ーーーーーーーー!」
「ん?」
「ーーーーーーーー!」
何か聞こえてきた。若い男の声だ。俺達よりも先にここを訪れていたプレイヤーでないのであれば、この声は恐らく件のNPCの声だろう。
「ソフィア、聞こえたか?」
「ええ。この先ね」
少し嫌な予感がするが、とりあえず急いで声が聞こえた方へと走る。曲がる道はなく、一直線になっている道を走り抜けた先は光源があり、今一番採掘されているであろう現場が。周囲には鉄鉱石やらクリスタルやら……まさにファンタジーの採掘場である。そんな採掘エリアの真ん中にいるのは、一人のNPCの青年だ。しかしこの青年、何やら普通の人間とは違う。
「だ、誰か助けてくれぇ!!?」
グジュルッ、グジュルッ、と鉱石を吸い込んでいるカエルに取り込まれているのだ。
『クエストボス、【オーアフロッグ】に遭遇しました』
「……おぉん?」
「……えぇ?」
思わず俺もソフィアも困惑の声を上げる。オーアフロッグ……名前の通り、鉱石を食料にしているカエルなのだろうが……あんなモンスターがいるのか……てか大きくないか?
「ゲッコッ、ゲッコッ、ゲッコッ」
「うわぁああ! 誰かぁああああ!?」
うーん……シュールだ。何がシュールって、あの鉱石カエル、口は飾りなのか、手で鉱石を掴んでは背中にある鉱石群みたいなのを拡張している。そしてその飾りの口には咥えられたNPCの青年。
「ギャグマンガかよ。てかあいつ、ボスなの?」
「オーアフロッグ……レアモンスターではあるわね……けど……」
「けど?」
「物凄く弱いわ。特に火属性と打撃属性に」
それでいいのか鉱石カエルよ……
「ただ、私達にはちょっと不利ね」
「なんで?」
「打撃属性の武器がないわ」
……? あるじゃねぇか。
「ソフィア、忘れたのか? 俺の左手」
「……ああ、そういえばあなたの左手、武器だったわね」
出番だぞ闘士の籠手。あのクソデカ鉱石カエルに一発かましてやろうぜ?
「火よ、起きよ」
「あっづ!? ……くねぇわ。エンチャントか!」
「さっさと倒してきて。ちょっと苦手なのよ、あの手のモンスター」
ああ、そういえばソフィアってカエル苦手だったな。
そんなことを考えながら、夢中で鉱石を背中に背負い続けている鉱石カエルの背後を取る。このゲームはモンスターの背後を取っている間に限り、足音を立てなければモンスターに見つかる確率が低下するのだ。というわけで喰らいやがれ鉱石カエル。
「模擬刀(拳)の先制攻撃だオラァッ!!」
「ゲゴオォッッ!?」
「あれ、結構弱ーーーーぶべぇっ!?」
「あ」
オーアフロッグの背後から先制攻撃を仕掛けた俺は、ソフィアのエンチャントと打撃属性が噛み合ったお陰なのか、奴の背中を一撃で粉砕することに成功する。……が、鉱石を粉砕した瞬間、鉱石群の中にあった何かに引火したのか、俺の体を爆炎が襲う。その威力、なんと30ダメージ!! それならまだ耐えられたのだが、その爆炎の衝撃によって吹き飛ばされ、壁に凄まじい速度で激突。衝突ダメージ6!! オーバーキルである。
「爆発すんなよ……クソデカ鉱石カエル……!!」
「クエストは進めておくわね」
それが俺の、リーヴラシル・フロントライン初めての死の体験であった。
オーアフロッグ
鉱石を主食とする大きなカエルモンスター。一応レアモンスターではあるが、鉱石が貯まるまではただの灰色と緑の大きなカエル。背中の鉱石群ができあがれば、レアモンスターへと早変わり。鈍足になり、HPも減るが、その代わりに滅茶苦茶堅くなる。
なお、魔法属性(特に火属性)と打撃属性は滅茶苦茶低いので、魔法使いプレイヤーまたは打撃属性の付いた武器を持っているプレイヤーは楽勝なモンスター。