飛び込め、最前線
「……よし、結構いい感じ」
疲労感を睡眠によって回復させた俺は、VRゲームをプレイするためのデバイスを頭に装着し、リーヴラシル・フロントラインを起動する。
新規ユーザー登録者画面が表示され、自身のメールアドレスなどを入力すると、すぐにキャラメイク画面へと転送された。
「選べるのは……へぇ、種族と体格も弄れるんだ……」
リーヴラシル・フロントラインの世界は神と竜が戦争をしていた、というファンタジー世界のためか、キャラクターの種族もいくつか存在している。
しかし、どの種族がどう秀でている、などということはない。左右するのは職業、素性、レベルアップなどで手に入るスキルポイントやスキルだそう。自由度の高いゲームだな。
「えーと……まぁ、種族は人間でいいや。体格も…現実と同じで……」
どんなVRゲームであっても弄るのは自身の髪色や目の色のみ。俺のちょっと変わったこだわりである。
そんな俺が作り上げたキャラクターは、現実世界と同じ痩せ型171cmくらいの背丈。人となりを知らない人間ーーーー特にバイト先の新規客などによくビビられる、蛇のように鋭い目と顔立ち。髪色は現実世界と違って青みかかった白で、瞳も火が燻っているような灰色だ。
「次は職業……槍……槍……槍……あった!」
戦闘職から生産職まで数多く存在する中、選んだのは多様な武器を扱える《戦士》。タンクキャラに採用されやすい騎士もあったが、俺はそれを選ばなかった。盾で受け止めて攻撃する、というタンクのセオリーを俺は好まないのである。
「素性かぁ……スピード系で良さげなやつ……………お、これいいんじゃないか?」
続いて素性はクリティカルの威力やカウンターダメージに関係する技量と移動速度や攻撃速度に関係する敏捷に補正がある《流浪の民》を選択。キャラクターの名前は自分の名前をもじったアオヘビ、という名前に。
「キャラクリ終わり!これで…!」
これでゲームを開始する準備が全て整った。『ゲームを開始しますか?』というシステムからの問いかけに対し、碧ーーーーアオヘビは迷うことなく了解した。
ゲームをスタートした瞬間、このゲームのオープニングが開始される。
『ーーーーーーーーかつて、神と竜の戦争があった。世界の全てを焼き尽くすような戦争は……この世界に生きていた多くの種を巻き込んだ』
俺の視界に広がる、神と竜、その他諸々の種族達の激しい戦闘。炎が、雷が、氷が、風が、刃が、あらゆる場所で激突している。
「スケールが凄いな……神と竜の戦争かぁ……」
『凄まじい戦争の中…赤雷纏う竜殺し、英雄神オーデアウスと白炎纏う神喰らい、白銀竜レイヴァディングが相対する』
ナレーションと共に現れる荘厳な鎧と赤い雷を纏い、剣を振るう戦神と言うにふさわしい姿をした神、オーデアウス。それに対するは白い炎を纏う白銀の竜レイヴァディング。彼らを中心とした戦いは、どの戦いよりも規模が大きい。
『何度もぶつかり合い、互いに深傷を負った一柱と一頭は眠り、戦争は終わった』
「眠った……?」
倒れた、ではなく眠ったという表現に違和感を覚えながらも、それに対する答えは見つからず、オープニングは進んでいく。
『戦争の時代から幾星霜の時が経ったこの世界で、君達は生きる。かつての文明が遺した遺跡の探索をするのもいい。仲間と共に、強大な敵との戦いを楽しむことだってできる』
『戦いを好まず、料理をするもよし、武器を鍛えるもよし。木を切り、釣りをして過ごしてもいいだろう』
『さぁ進め、解放者よ。生命の因果を歪めた解放者たる君が思う、君だけの最前線を突き進め!!』
オープニングが終わると同時に、視界が暗転。数秒後には俺の体を爽やかな風が通り抜けた。目の前に広がるのは、どこまでも広がっていると思うほどの大草原である。
「街とかがスタートじゃない…あ、流浪の民を選んだからか」
素性を流浪の民を選択した場合、草原エリア、または広野エリアからゲームがスタートする、と確かに素性選択の時に表示されていた。もちろん、高レベルのモンスターが出現するようなエリアからのスタートにはならないみたいだ。当たり前だけど。
「街はどっちの方向だろ」
そう言ってマップを開くと、俺がいる草原エリアの名前である【穏やかな草原】の文字と、付近の街について大雑把な情報が表示された。
「マッピングできてないからなのかな…マップが雑だ…」
どこにいるか、街はどの方向にあるのかーーーーそういった本当にある程度の情報しか表示されていないマップを見ながら、俺は街があるであろう方向に体を向ける。目を凝らした先に、薄らぼんやりと街の輪郭が見えた。
「敵を倒しながら行ってみますか」
とにかく街へ向かおう。そう決めた俺は、違和感やタイムラグなく動く仮想の体を動かし、北東にある街を目指す。そんな時であった。
「グルルルルッ!」
「うおっ危ね!?」
後方から襲いかかってきた存在がいた。音もなくーーーー唸り声はあったがーーーー奇襲されながらも避けることができたのは、別のゲームで培った経験によるものだろう。ありがとう、ステルス特化変態機体のプレイヤー。
さて、そんな襲撃者は不意討ちに失敗したと見るや否や、唸り声を上げながら俺から距離を取る。人間より少し小さい、人狼のような姿をした襲撃者の名はコボルト。【穏やかな草原】の近くにある森から飛び出してきたらしい。
コボルト、ごく稀に草原エリアへと現れるのだろうか? レベルはそこまで高くないが、この手のモンスターというのは、調子に乗った初心者をゴブリンみたいに数の暴力で擂り潰す初心者殺しが多い。
「数は…一匹ね」
背負っていた《放浪者の槍》と《バックラー》を構える。初期装備であるために威力はそこまでないが、どこまでやれるのかを確かめるには丁度いい。
「来いよ犬っころ」
「グルルァッッ!!」
「うわ、挑発に乗ったよ。でもーーーーそれなら分かりやすい!」
「グルォッ!?」
激昂したように突撃してきたコボルトのショートソードをバックラーでかち上げ、がら空きになった胴体に槍を突き刺す。
リーヴラシル・フロントラインにはーーーー他のゲームにも存在するように、このゲームにもクリティカルダメージが存在する。条件として弱点部位に攻撃が直撃する、攻撃がカウンターとして機能した、パリィをした、などが発生条件となる……らしい。ソフィアが少し前に言ってた。
さらに、今回はクリティカルダメージ発生だけではなく、槍がコボルトの胴体を貫いたことによる貫通ダメージも入っている。初心者殺しであるコボルトだが、所詮は初期エリアのモンスター…一撃で撃破であった。
「……ふぅ。いい感じだ!」
ヌルヌル動く体にちょっと感動。ロボゲーはコックピットから操作するタイプだったから、ちょっとタイムラグがあったんだよな……このゲームはバグとかも存在せず、タイムラグもほぼゼロに近いと聞いていたけど……本当に凄いなリーヴラシル・フロントライン。略称はなんだ? リヴフロ? ……言い難いな。ヴ、が発音を邪魔している感じがする。
「ま、とにかくガンガン行くか。目指せ街! あとレベリング!」
そう叫んで、俺は朧気に見えている街を目指す。このゲーム、絶対楽しいやつだ。そんな確信を得ながら。