③⑤
「わたくしは、ミリアクト伯爵家を自分から出て行ったの」
「はい」
「その理由は……っ、理由は」
コレットはあの四人の顔を思い出して唇を噛んだ。
もう忘れたいと思っているのに、あの屈辱を思い出すたびに言葉に詰まってしまう。
「ごめん、なさい……ヴァン」
ヴァンは優しくコレットを抱きしめて、それ以上何も言うことはなかった。
自分の弱さに打ちのめされそうになる。
「一つだけコレットの気持ちを聞かせて欲しいですが、いいでしょうか?」
「……えぇ」
ヴァンの質問にコレットは頷いた。
「あの家に、戻りたいと思いますか?」
コレットはヴァンの言葉を聞いてすぐに大きく首を横に振る。
野垂れ死んだっていい、その覚悟で身分も家も家族も捨て去ったのだから。
「戻りたくないわ。絶対に……!」
コレットの言葉を聞いて、ヴァンの口角が吊り上がっていく。
そのことに気付かずにコレットは自らを抱きしめるように腕を回した。
「それだけ聞けたら十分です。ありがとうございます、コレット」
「……ごめんなさい」
「ああ……コレット、これ以上あなたが怯える必要なんてないんです」
「わたくしは何もできない。今はもうただのコレットなの。だからヴァンにはなんの得もないのよ?」
「そんなことありません」
今まで貴族社会でコレット・ミリアクトでいることが唯一の心の支えだった。
しかしそれすらも捨て去った今、コレットに残るものはなんだろうか。
「役割が欲しいのなら、僕の妻になって欲しいと言ったでしょう?」
「……っ!?」
「僕ほどコレットを必要としている人間はこの世界にいませんから」
(ヴァンはさっきもわたくしに結婚して欲しいと言っていたけど……どうして?)
ヴァンが何故これほどまでにコレットを必要としてくれているのか。
その理由はわからないが、今のコレットにとってこれほど心の支えになる申し出はないのかもしれない。
「……ありがとう、ヴァン」
「コレット、誤魔化さないで返事を聞かせてください」
ヴァンは真剣な表情でコレットを見つめている。
何故ヴァンがここまでコレットを必要としてくれるのかはやはりまだわからない。
わからないけれど、ヴァンの手を取りたいと思う。
(こんなわたくしがいいのかしら……)
コレットは震える瞼を伏せた。
そんな気持ちを見透かすようにヴァンは「大丈夫、僕を信じて」と言った。
(本当にヴァンの手を取ってもいいの?)
色々と考えてしまうがコレットはヴァンの手を取って頷いた。
「わたくしで、よければ……」
「本当ですか!?」
「でもっ、結婚の話は待ってね?ヴァンのことをよく知ってからでいいかしら?まだ心の準備ができないから……」
「コレットがそう言うならわかりました。我慢します」
「ありがとう」
いつもの優しい笑みに戻ったヴァンを見て、コレットはホッと息を吐き出した。
昔は無表情で無愛想だったヴァンはコレットが知らない間に別人のようになってしまったような気がした。
こんな風に熱烈に迫られてしまえば、恋愛なんてしたことがないコレットにとっては刺激が強すぎる。
コレットがクラクラする頭を押さえていると……。
「明日は一日中、一緒に過ごしましょうね」
「え……?」
「過去の辛いことなんて全部忘れて、新しく幸せな思い出を作ればいいんです」
ヴァンの言葉がコレットを優しく包み込んでいく。
「もう少し体調がよくなったら出かけましょうか。コレットに着せたい服がたくさんあるんです」
「ふふっ、わたくしに似合う服なんてあるのかしら」
「ありますよ?コレットはこんなにも美しいんですから」
「ヴァン……」
「あなたのためだったら、僕は何者にだってなれる」
ヴァンはそう言ってコレットの手の甲に口付けた。




