②⑨
──青年がヴァンだと知った日から一週間が経とうとしていた。
メイメイは今日もコレットの身の回りの世話をすべてしてくれた。
一日、三食とも食べきれないほどの美味しい食事が出てくる。
コレットにとっては普通の量でもヴァンやメイメイからすれば子供が食べるより少ないと言われて、少しずつではあるもののいつもより食べる量を増やして二人を心配させないように努力していた。
コレットは今までにない穏やかな時間を過ごしていた。
ヴァンは一日のうちに数時間、コレットのそばにいてくれる。
誰の視線を気にすることなく景色を見たり、一緒に紅茶を飲んでヴァンと共にお菓子を食べたりしながら話をする。
あれ以来、ヴァンはコレットに何を聞くこともなかった。
そしてコレットもヴァンに何も聞かずにいる。
ただ隣に座り、本を読んだり、何が好きかを話したりと、互いのことを話していた。
以前と同じように……。
それだけで涙が出そうなくらいに幸せだった。
ヴァンの元で暮らし始めて二週間ほどになると、食欲も出てきてヴァンと食事をする回数も増えてくる。
今は夕食は必ず彼ととっていた。
珍しい料理の数々はエヴィリルート王国では見ないものだったが、どれもとても美味しくて頬が蕩けてしまいそうだ。
しかしヴァンはコレットが少食なことが気に入らないと、テーブルいっぱいに料理を出して、どれが口に合うかを聞いてくる。
毎日、髪や肌を手入れしてもらい、花びらが浮かぶお湯を溜めた浴槽に入浴して体を温める。
ミリアクト伯爵家では侍女は皆、リリアーヌや両親の味方でコレットは自分のことはほとんど自分でやっていた。
それとは真逆で王族のような生活に戸惑うばかりだ。
(こんな贅沢、わたくしがしてもいいのかしら……)
献身的なメイメイやヴァンの甘やかしによって、コレットの顔色はよくなり、髪は艶やかで肌も潤い美しさが増しているような気がした。
鏡で見るたびに自分が自分でなくなっていく……そんな感覚に驚く日々が続く。
それと同時にこの穏やかな時間が、長くは続かないことも理解していた。
ヴァンは「コレットは何も気にしなくていい」「ずっとこうして暮らしませんか?」と言うけれど、ずっと甘えてばかりはいられない。
(わたくしはこんな風にしてもらう資格はないわ。だって今はヴァンに何も返せないもの)
コレットはもう父の言葉通り、ミリアクト伯爵家から除籍されてしまったことだろう。
そうなればコレット自身に価値はない。
コレットと共にいたとしても伯爵家の恩恵を受けられない。
(あの様子なら、すぐに手続きをしたでしょう。もうわたくしはコレット・ミリアクトではなくなっているはずだわ)
両親はリリアーヌを虐げたなどと言ってコレットを除籍するはずだ。
またパーティーで粗相をしたリリアーヌの噂を掻き消すために、コレットの名前を使うのかもしれない。
(もう、わたくしにはどうでもいいことだけれど……)
そう思うと今まで両親に褒められたいからと積み重ねてきた努力はなんだったのだろうと問いかけたくなる。
リリアーヌはディオンの婚約者になり、ミリアクト伯爵家を継ぐ。
両親も最初からそうすればよかったのだ。
リリアーヌをずっとそばに置くという両親の願いも叶う。
(わたくしがミリアクト伯爵を継ぐのだってリリアーヌのためだったなんて、今考えても笑っちゃうわ)
こうして離れてみると、あの家が異常なのだと改めて気がつくことができる。
ディオンがリリアーヌの手に負える相手でないことは確かだ。
それに気づいた時にあの人たちはどうするのか。
コレットはヴァンから時間をもらい、ゆっくりとしながらこれからのことを考えていた。
そしてある一つの答えに辿り着く。
(ヴァンの元で働きたい。雇ってもらえたらヴァンのずっとそばにいられるのかしら……頼んでみましょう)




