死ぬことは許さぬの事
次郎兵衛は走る。
抱えた井出丸は未だ正気を取り戻さない。
井出丸を背においなおし走る。
何かがあたった。
それは決して不快なものではなくなにやら柔らかで暖かく。
「む。これはあやかし」
ひゅるる。
そこに飛来したいわゆる『破貫破瓜』の弾を腰から抜いた乱波刀で斬り飛ばし、彼は伏せる。
「……なぜじゃ」
井出丸はうわごとを放ち続ける。
「主らはなにゆえ吾なぞのために死ぬや」
「拙者は違います。死ぬのは真っ平ごめんでございます」
果たして。
次郎兵衛の放った手裏剣は弧を描き横から岩陰の狙撃手を討った。
目潰しを投げる。
川上より燃える毒を放つ。
忍びのものは手段を選ばぬ。
炭を燃やして洞窟に誘う。
敵は眠るように死ぬる。
「しぬなお主ら。わたくしをおいていかないでくれえ」
「いつか、必ず輪廻転生の果てに逢えると坊主共は宣いますが、拙者は信じておりませぬゆえ」
鎖帷子のようなよいものは持っていない。
次郎兵衛は農民が着るようなボロを普段着とする。
今日の彼は敵より剥ぎ取りし柔らかな鎧をまとい、暴れる鉄砲で迎え撃つ。
鉄の車に火を放ち、泥沼に誘い込んで中身を処す。
「拙者は生きます」
「生きよ。生きよ。皆生きよ。泥の中でも糞の中でも良い。生きてくれえ。吾を残していかないで」
思わず次郎兵衛は後ろを振り返り井出丸のおもてを注視してしまう。
近くで何かが膨れ上がり、彼らは崖下に消えた。