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負け組次郎兵衛忍法帖  作者: 鴉野 兄貴
【第一巻 秘法御伽草子の術】

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13/13

結び。大団円の事

 朝露を冬の蝶が啜る。

 陽の光が雪に包まれた真中の里を久しぶりに照らし、五体揃わぬ異形の里人たちを束の間癒す。


 一見普通の家。

 しかし要塞と言える配置のその真中の里の家々。

 その一際高台にある屋敷の縁側に『特別』とのことで次郎兵衛は通された。



 今度は砕けた刀を少々混ぜ散らばせている。

 嫌がらせにしても念入りにすぎる。



「ふん。生きて帰ったか」


 小太郎はつまらなさそうに呟く。

 ひざまづく次郎兵衛を蹴る。



 うめき声を抑える次郎兵衛の髷を掴む。


「どの面で帰ってきたか、しっかり見せえ」


 そして、次郎兵衛の唇が塞がれる。

 しばし。


 そして唾棄の音が聞こえる。


「往ね」


 次郎兵衛は土下座姿のまま四つ足で下がる。

 そこに。



「そうそう。下忍は妻も娘ももてんな」


 小太郎はつまらなさそうに呟く。


「お滝は哀れなことよ。愛したものにはあの子の秘術『微笑惚(にこぽ)』は効かんのだからな。お主のことじゃ!」


 蹴られた。

 それはお滝の生まれながらの術であり彼の責任ではない。


 次郎兵衛にはわからぬが小太郎は笑った。

 実に優しい笑みだが次郎兵衛は見たことがない。



「そこでじゃ。わしは養子を取ろうと思う」

「は?」


 なんの脈絡もない小太郎の発言に思わず声が漏れた。

 そしてぶたれた。


「誰が喋れと言った?!」


 複数回の殴打のあと、小太郎はひとりごつ。


「幸いにも幼いとは言えお滝とて上忍の責は理解しておる。

 わしが娘をもったとしても姪をいじめはせん。


 まあ、上様はお滝より年上じゃが瑣末なこと」



 意図がつかめず、されども小太郎の顔を窺うこともできない彼は土下座姿のまま細石の上にのたうつ。


 小太郎が頭を踏みつけているのだ。



「と。なるとわしの屋敷に彼のかたは住まうことになる。実に困った。

 わしはじゃ。お滝の能力が効かない娘が欲しい。


 例えば……お主の娘じゃ」


 小太郎は何を言っているのやら。

 ついにおかしくなったのか。



「おまえに、褒美としてわしの屋敷の土間に入ることを許す。

 そして、これはわしの嫌がらせじゃが……おまえの娘を養子に寄越せぇ」


 幼馴染を無理矢理犯した時と違う。

 下忍は妻も子供ももてぬ。


 いないものはいない。



「おまえは、自分の娘にかしずくことになる」


 小太郎は軽快に笑う。


「愉快じゃ。実に愉快じゃ。

 なんなら畜生らしくお方様の想い通り自分の娘を娶るか」


 けたけたと笑い声が里に響いていく。

 さっぱりわからない。



「たてえ」


 立てば殺される。

 彼は額を細石に強く当ててさらに伏せる。


「立てえと言ったのじゃ! 聞こえんのか!」

 本気で蹴り上げられ、顔を上げてしまう。


 小太郎の顔は。

 優しげだった。



「娘の前で恥を晒す気か」


 おそるおそる、次郎兵衛は立ち上がる。



 今まで見たことのない小太郎の不敵な笑み。

 束の間の小春日和に輝いている真中の里。


 ところどころに巡らされた土砂崩れを避けるように見せかけた防衛用の石垣。


 朝日を受けて輝く、棚田たち。


 あたらしい土の香りとともに。

 雪を蹴散らし。


 馬蹄のひびき。



 何者かと里の者たちが各々の家から、鍬やすきの手を止めて振り返るなか、そのものはこちらに駆けてくる。



「次郎兵衛ぇーー!!」



 それは冬の花か。


 豪奢な姫姿の少女は短い童髪。

 明るく美しい、美貌を世に知らしめた富嶽院のおもかげ。

 白い、血豆の癒えた手のひらを懸命に振り、馬を操り真中の稲田の端をめぐり、こちらへと。



「おいで……さま?」

「次郎兵衛ぇ! 見つけたぞ!」



 一心に、次郎兵衛を見つけたおいではかけてくる。

 まっすぐに、ただ一心に彼のもとへ。




 冬の雪はいつかほぐれ、清らかな水となる。

 春の風が凪いだら、暖かな花が咲く。


 夏はいのちをもやし、やがて冬はまた来るだろう。

 それしかりて。



『要は勝ち組につくことだ。他にない。弱い奴らや負けるとわかっている奴らにつくと死ぬ。それだけだ』



 次郎兵衛の主義はそれに尽きた。

 彼は弱い者や負ける連中につくのは嫌だと公言している。


 なぜここにおいで様が。

 信じられないものをみるかのような次郎兵衛。



 ちょこちょこ。

 お滝さまが小太郎の後ろから顔を覗かせる。


 よっぽど彼に対して据えかねることがあったのか。

 珍しいことにお滝は次郎兵衛に向けて舌を出していた。



「お主、戦災孤児を勝手に拾い、寺で育てていたそうだな」

「い、いえ……」


「そうなのじゃ。わしがそういうのだ」

「はい」


「それで良い」



 日輪の香り梅の花の気配を背に受けて、大きく歓喜と共に、馬上から飛び上がるように降りて抱きついてくるおいで。


 それを戸惑い受け止めんとする弟に小太郎は告げる。



「いけぇ。負け組次郎兵衛」



【負け組次郎兵衛忍法帖

 第一巻 秘法御伽草子の術 結】

エンディングテーマ

Legend Of Eight Samurai

(John O’banion)


【次回予告】

 口入屋の紹介で貧乏浪人『槙尾』が入ったのは契約内容と違うお勤め、武士としての誉を捨て他人の名前を名乗ること、そして入れば二度と生きて帰れぬ地獄の島・粟島であった。


 果たして槙尾の運命は。

 何故人々は名を奪われたのか。

 粟島に集められし1200人は如何にして脱するのか。

 負け組次郎兵衛の忍法が、小太郎の策がまた冴える。


 次回負け組次郎兵衛忍法帖。『邪法派相菜の術』。

 ご期待ください。

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