忍法『魂送り』の事
「見よ。次郎兵衛」
小太郎は朝日を見せる。
朝日に目を細くする次郎兵衛とおいでの二人の瞼の裏。
キラキラと輝く光と共に。
稲穂が。
城が。
そして人々が姿を見せた。
豪奢な着物を着た女性がおいでこと『いずる』を抱きしめる。
勇猛さと若々しさを併せ持つ武将が小太郎に微笑んでいる。
「これは……面妖な」
次郎兵衛は驚愕した。
いまだお杏の術のなかにいるのか。
優しい笑みを浮かべる人々。
彼らが朝日と共に輝き現れた。
涙とともにおいでこと『いずる』姫は父を母をそして愛する人々と束の間の逢瀬を楽しみ、そして。
人々は天に登っていく。
仏か神やあやかしの仕業かそれともこれも術なのか。
「美しい。次郎兵衛や。これはなんという術だ」
「忍法……『魂送り』と名づけましょうか」
次郎兵衛とてさっぱりわからぬ。
「神も仏もないとお主は言うた。いまはどうじゃ」
「……」
小太郎はしばし見惚れる二人を見守っていたが踵を返して『先に里に帰る』とだけ告げた。
そして。
「行くのか」
「はい。小太郎様はわたくしが生きていたので苦笑いしますな」
峠を越えて、多賀の城が見えてきた。
いずる姫はいつか多賀の城主に嫁ぐだろう。
「小太郎はそんなにも恐ろしいのか」
「まぁその……『兄弟関係』には厳しいと申しあげておきます」
「ふむ。わたくしは大丈夫。仲良くやれるはずじゃ」
その言葉に次郎兵衛の心は痛みを訴える。
小太郎は今頃伊庭の里に『忍びのならいじゃ許せい』と京の酒でも送っておるだろう。
後継者を失ったお幻は何を思うか、下忍の彼には計り知れぬ。
伊庭者たちは多くのものを失った。
当面真中の里は安泰であろう。
忍びは自ら動かぬ。
おいでの伯父は本家と金山を一度に手に入れることとなる。
そして彼の治める多賀からは、多くの褒美と手打ちの銭が両の里に届くことになっている。
「わたくしの弟君は、育てば可愛かっただろう。
きっとそなたを可愛がる小太郎どののように大切にしたろう」
「……とんでもなきこと」
同じ母から生まれたのに小太郎は上忍として次郎兵衛は母もわからぬ畜生胎の多胎児そして下忍として育った。
どこかで小鳥が鳴いている。
冬の木々とて葉を残すものがいる。
雪が木々の梢から落ちる。
冬が花の香りを奪うように。
いずる姫、いや。おいでは行ってしまう。
ここから彼女は味方の顔をした敵の、蠱毒の中で育つのだ。
それもいくさの世のならい。
馬を途中で買った。
値段の割に立派な馬である。
かつては名のある武者を乗せたものかもしれぬ。
彼女は手綱をとって上から次郎兵衛を見る。
「最後に聞いておきたい」
「なんなりと」
しばし沈黙が訪れる。
「お主。妻はおるか」
「お戯れを。下忍は妻も子も持てません。それがなにか」
おいでは答えなかった。
次郎兵衛は身分を鑑み下を向いていたので日輪が輝くが如きその表情を知らない。




