日の本一の荒武者卿の事
次郎兵衛は正規の術を知らぬ。
しかし生き延びるために見て盗んできた。
「機は熟した。民の仇をとる」
おいでは微笑む。
累々と斃れた伊庭者たちを顧みずに。
風が凪いだ。
先ほどまで風上だった空を見上げる。
爆発し、薙ぎ倒され、燃え砕け、それでも山は谷はあった。
「もうすぐ夜があけます」
「明けるとどうなるのじゃ」
「ご存知ないのですか」
彼は呟く。
「夜が明けるのです」
果たして、朝日とともに飛来する狂鳥。
へりこぷたぁの爆音が二人の耳朶をうつ。
次郎兵衛。わたくしに任せて。
おいでは草に隠していた『それ』をだす。
それは巨大な竹槍だった。
端に紐を結え、しなる竹に結ばれている。
理屈としては投槍器に似ていた。
人は無力である。
それは他の動物と違い、運動効率に特化しているからだ。
力は弱いが、ものを投げる能力は高く、足は遅いが延々と歩く。
投槍器はその人間の能力を高める。
紐の伸び縮み、そして竹のしなり、長さ。
さらには彼女を支える幾重にも巡らされた竹の森。
竹子は100年にいちどひとときに咲いて散るという。
汝は知るか。この一撃を。
ベトナム戦争においてある伝説がある。
竹槍による撃墜記録である。
爆発炎上する『へりこぷたぁ』。
その炎の中から若く美しい娘が姿を現した。
あれほどの炎の中から現れたのに手傷すら負っていない。
次郎兵衛は油断なく乱波刀を構えた。
「お杏さまとお見受けします」
「真中ものめ」
「お覚悟を」
お杏の瞳が怪しくひかる。
へりこぷたぁの爆ぜた煙が集い何かを形作る。
おおみよ!
一人の荒武者の姿を。
それは『日本一』の幟を背に抱えた、陣羽織姿の美しい若武者である。
「桃太郎卿……」
乱波刀を歯で止められ、彼は戦慄する。
忍法『御伽草子』。いまだ破れず。
勝ち誇るお杏の背後から声が聞こえた。
『次郎兵衛。忘れたか』
ぎくりとお杏は振り返る。
そこには、ここにいないはずの小太郎がいた。
「このぬくもりを忘れる前に帰れと」
彼はお杏の唇を奪った。
「……ふむ。良い見ものじゃ。堪能した」
「桃太郎卿。ここは休戦としましょうや」
忍法『破幻の瞳』。
小太郎の術である。
それはいかなる術をも無効とする、しかし術の使えぬ次郎兵衛にだけはあまり意味のない最強にして最弱の術であった。
小太郎はニヤリと笑う。
その唇はお杏の口から迸る血にて紅に染まっている。
桃太郎卿は小太郎の勝手な申し込みに肩をすくめ。
ヒューイ。
卿が口笛を吹くと。
見よ。空を切り裂く巨大な鉄の雉を!
共に山を砕き現れしは鋼の猿!
そして波濤超えて現れしは白銀に輝く犬!
桃太郎卿は叫ぶ。
『MOMO変化ェ!!』
はるかかなた蝦夷地の人口池が二つに別れ、その奥に隠されしTANEGASIMA戦闘支援通信朗経路塔が放たれると共に、それら像異童どもは集い合体! 変形! 煌めく光と共に人の形とあいなった。
これぞ噂に聞いた『桃太郎朗廬』。
まさに天上天下唯我独尊。
日の本一の荒武者、未だ底見えず。
「小太郎と言ったな」
桃太郎卿はひらりと桃太郎朗廬の胸から開いた操縦席に容易く飛び乗ると告げる。
「おまえは楽しませてくれそうだ。
是非とも次に遭うとき……」
舌舐めずりをして卿は告げる。
小太郎は嘲りの笑みを浮かべ返答とした。
小太郎の蛮勇に桃太郎卿は呵呵大笑。
操縦席が閉じ、暁に輝く星光となり桃の香り残して卿は消えた。
「真中忍者か。覚えておこう。次はふたりとももっと鍛えておけ。吾を少しでも楽しませるためになぁ」
背中から心の臓を貫かれたお杏の瞳はそのやりとりが見えていたのか。今は誰もわからぬ。




