秘法御伽草子『亜米利加軍』の事
まずは穴を掘る。
血豆はやがて鉄となりましょう。
次郎兵衛はそう告げたが、今更である。
「敵に完全に包囲され、見つかれば即、死であるのにか」
「ええ。逆を言えばこちらも奴らを一網打尽でございます」
二人はうまく逃げ回る。
その合間合間に動いていた。
ある時は地に生える草を結んで繋ぎ輪とする。
ある時は竹を切る。
洞穴に可燃物を入れて燃やし死の眠り罠をつくる。
それらの作業をしながら、二人は逃げ回っていたのである。
「今夜は新月です」
次郎兵衛は沈む夕日を仰いで振り返る。
「新月か。すなわち闇か」
「死ぬにはいい日です」
夕日を受けて笑う少女は小さな勝鬨を告げる。
「奴らがな」
「然り然り」
次郎兵衛は知らぬ。
彼らは『せきがいせんごおぐる』なる伴天連の色眼鏡をつけていることを。
次郎兵衛は知らぬ。
匂いを消すべく川の水で凍えるほど身を冷やし糞に塗れた次郎兵衛たちが彼らに『見えない』ことを。
しゅか。
反撃の狼煙となる一撃は静かに。
尖らせた竹をまとめて球にしたものがぶら下がり、伊庭者たちを串刺しにした。
獣の糞を含む竹槍が生える穴が空いた。
糞のついた竹槍にて傷を負えば破傷風となる。
炭を練って作りし炎が消える。
洞窟の中で消えたその炎が摩訶不思議にも人を眠り殺す。
鋼の糸で木々に繋がれ、鉄の板から削りし布の尾を載せた凧は敵の霊拿を狂わせた。
山に張り巡らす。
穴穴。
そして穴。
穴を追えば小柄な井出丸ことおいではまっすぐ進めても伊庭者たちは違う。
そしてこれは決定的な要素だがおいでが歩む道と伊庭ものたちが追う通路は高さが違う。
次郎兵衛が蒔いた見えない、空気より軽い毒息まみれの穴はおいでを追う伊庭者たちを屠る。
先頭から道がつまり、回避すべく道を違えしものども悉く、あとは逃げる事も適わず訳もわからず死ぬ。
我々は一酸化炭素の恐ろしさを知っているが、彼らの知識にはない。ガスによって比重が変わる知識もない。
また、練炭もこの時代においては存在しないはずである。
次郎兵衛は嘯く。
先に燃やした炎はすでに燻り今や見えぬ。
然らざれど反撃の炎を瞳に宿して。
ナタが弾かれ首を飛ばす。
片足だけ落ちる穴にはトゲがついていて足全てを貫く。
毒虫に毒蛇潜む穴に沼。
毒草の香に呆けあるいは相撃つ。
山を覆い尽くす坑道。
罠。罠。そして罠。
今、敵本拠地である伊庭峠は、次郎兵衛の庭と化した。
彼は印を切り叫ぶ。
「これぞ。忍法……『便闘魂』!!」




