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恋ネギのゲームを作った人達が、どのような理由で恋ネギのシルクの髪をその色にしたのかをシルクは知らない。けれども恋ネギのシルクも鏡に映るシルクも、髪の色は同じ真銀の直毛で、背中の肩甲骨の下辺りまで長く伸ばしていた。
前世でも現世でもシルクという言葉は絹糸という意味の言葉であり、今までシルクは自分の髪の色を見ても美しいなどと一度も思わなかったが、前世を思い出してから自分の髪を改めて見ると、シルクの髪は本物の絹糸のように光沢があって自画自賛になるが、自分でも中々に見目麗しいのではないかと思える美麗なものであった。
それに加え、シルクの大きくて、ややツリ目の瞳の色は水色だったし、顔貌はシルクを産んだ後に産後の肥立ちが悪くて儚くなったというシルクの母親によく似ているらしく、シルクが口を閉じて、じっとしていさえすれば、シルクの容姿は前世の世界で読んだ絵本に出てくる雪の妖精みたいな神秘的な美しさを備えているといえた。
しかし前世を思い出したシルクが、いくら自分の容姿が美しく思えても、この世界では、シルクはそうではない。この世界の人々……特に王侯貴族達にとっては、人の容姿の美しさは二の次で、何よりも重要視されるのは魔力の高さだった。
髪や瞳の色が濃いほどに魔力が高いとされ、好まれる傾向が強い世界では、魔力が殆どないことを示す真銀の髪や薄い水色の瞳のシルクは、それらの色であるという時点で、魔力の高さを尊ぶ者達にとっては何の価値も魅力もない人間でしかなく、実際にそれが原因でシルクは生まれた直後に公爵家を追い出され、孤児院に入れられたのだ。
もしも一ヶ月前に、とあることがきっかけで、魔力が殆ど無いシルクが彼らの魔力に酔わない女性だと発覚していなければ、今でもシルクは自分が公爵家に生まれた娘であることを知らずに、平民として、それなりに楽しく生活を送っていただろう。
でも、それが発覚し、他に選択肢がない王家が仕方無しに平民の孤児を第一王子の婚約者候補にしようとシルクの身辺調査を行った際に、シルクが公爵家から追い出された娘であることを突き止め、シルクは自身が公爵家の娘であったことを知らされた。
王家はシルクを実子と認めない公爵に証拠を突きつけ、シルクを正式に公爵家の籍に入れ、急ぎで第一王子との婚約を結ばせるよう命じた。公爵は渋々シルクを公爵家に生まれた娘だと認めたものの、礼儀作法や貴族教育をシルクが身につけるまでは公爵家の籍に入れるわけにはいかないと言ったため、シルクは、この一ヶ月もの間、昼夜を惜しんで貴族教育を受ける羽目になったのだ。
だけども今まで平民として生きてきたシルクが一ヶ月やそこらで彼らの望む勉強成果など出せるはずがなく、またシルク自身は魔力を殆ど持っていないことで、いくら魔力酔いを起こさないとは言え、魔力のない者では王子の膨大な魔力を引き継ぐ子どもを生むことが出来ないのではないかと危惧の声が大きく上がり、シルクを第一王子と婚約させることに貴族達が難色を示しだした。
魔力に酔わない女性を召喚するように王家が神殿に命じ、召喚の場に第一王子も立ち会い、それらのことを王家とシルクの実父である公爵がシルクに言わなかったということは、そう考えていたのは貴族だけではなかったということなのだろう。
手鏡を引き出しに戻したシルクは、自分が誰にとっても魅力のない人物であることを再確認し、ホッと安堵した。たった5問のクイズしかなかった恋ネギというゲームの世界観や悪役のシルク公爵令嬢に、こんな色々な裏設定があったのかどうかは、今となっては確かめるすべは一つもない。
前世を思い出す前は親に捨てられたことに怒りや悲しみを抱いたし、魔力のない自分に引け目を感じたり、誰からも好かれないだろう見た目であることに落ち込んだりもしていたが、前世を思い出した途端、それらが一切、苦にならなくなったのだ。
自分を大事にしてくれない家族なんて、こちらから願い下げだ。魔力の殆ど無い自分でも今まで平民として一人で生活出来ていたのだから、誰に対しても引け目なんて感じる必要はない。それにシルクは夫のように来世でモテモテになりたいとは思っていなかった。孤児として育ったけれど、真面目に仕事していたのが功を奏して、職場からは信用されていたし、人間関係も良好だった。心を許せる友人もいたのだから、十分シルクは幸せだった。
何だ。前世を思い出す前は、私は親にも見捨てられた用無しだと落ち込んだけれども、それでも私は沢山頑張って生きて、それなりの幸せを掴めていたんだ。きっと私は、この先にどうなろうとも、それなりにやっていけるだろう。だから今は前世で約束した通りに夫がモテモテになれるよう全力で応援しよう!
……と、決意を新たにしたシルクだったが、そこまで考えて、ふと、あることに気がついた。
「あっ!そう言えば、一体誰が夫の生まれ変わりなんだろう?」
あの場にいた4人の青年達も魔法陣に現れた黒髪の乙女も皆、とても美しかった。あれなら誰が夫の生まれ変わりでも、夫の願い事の前半部分は叶えられたことになるだろうとシルクは考え、胸を撫で下ろした。だけどシルクは前世で夫に聞きそびれていたことがあったことに気がついた。
「あれ?そう言えば夫が言っていたモテモテって、一体何人の人にモテている状態のことを指すのだろう?それに、どれぐらいのモテ具合を夫は望んでいたのだろう?」
夫が誰なのかがわからないだけではなく、肝心なことを聞きそびれていた。前世の自分のうっかり具合に、シルクはガックリと項垂れた。