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はじめまして。どうぞよろしくおねがいします。
神殿で行われている召喚の儀を柱の影から、こっそり覗き見ていたシルクは魔法陣から溢れ出てきた光を目にして、眩しさで思わず目を閉じた瞬間、前世の記憶を思い出した。
「あれっ?何だか、あそこにいる男の子たちの顔に見覚えがあるような……。どこで見たんだろう?……あっ!えっ、嘘!?もしかして、ここは恋ネギの世界?」
まさか、そんなと驚くシルクは、光る魔法陣の中から黒髪の乙女が現れたのを見て、更に目を丸くする。光と共に現れた黒髪の乙女は、ふわりと魔法陣の上に降り立つと不安げな表情でキョロキョロと辺りを見回している。
神官達は魔法陣の光が消えるのを待ってから、魔法陣の中にいる乙女の傍に歩み寄っていき、優しげに話しかけていて、その神官達の後ろに立っていた4人の青年達は魔法陣の中から現れた黒髪の乙女をウットリとした表情で見入っているようだった。
黒髪の乙女が青年達の視線を一心に集めている様を見て、目をパチパチと瞬かせていたシルクは、暫くして嬉しげな表情を浮かべた。シルクは喜びによる雄叫びを上げそうになって、慌てて自分の口元を両手でパッと押さえ、そのまま、そっと外に出ていった。
「うふふっ!あの中の誰かが前世の私の夫なのね。……良かった。皆、彼が望んだ通りのイケメン達と美少女。あれなら彼が誰に転生していても、彼の願いは叶うわよね」
神殿を抜け出し、周りに誰もいないのを確かめてからシルクは嬉しげに独り言を呟き、足取り軽く、ツーステップで帰っていく。
「前世で約束した通り、あなたがモテモテになれるように私、全力で応援するからね!」
シルクにはあの場にいた誰かが前世の自分の夫だという確信があった。何故ならシルクの夫は、来世でそうなりたいと望んでいたからだ。
シルクは前世で夫が大好きだった。そしてシルクの夫には夢があった。
《来世も男ならイケメンになってモテモテになりたい。女なら美少女になってモテモテになりたい》
誤解があってはいけないので先に釈明するが、断じてシルクの夫は不実な付き合いを好むような人ではない。結婚前のことは詳しくは知らないが、少なくともシルクの夫は恋人時代と同様、結婚後もずっと真面目で誠実な人だった。夫は自分が真面目で誠実だと自覚していた故に、来世は今とは違う自分になりたいと夢見たのだろう。
ちなみに前世のシルク自身はどうだったかというとシルクは来世なんて望まず、自分は自分のままで永遠の眠りにつきたいと思うほど、前世の人生に満足していた。だけどシルクは夫が大好きだったから、夫の夢が叶うといいと思った。だからシルクは夫が夢を口にする度に、夫にこう言った。
「もしも来世でもあなたに会えたのなら私、全力であなたがモテモテになれるよう応援するわ」
「ハハハ、ありがとう。君が応援してくれるなんて心強いよ」
夫は笑いながら感謝を口にした。それはそうだろう。本当に来世があるのか、魂は輪廻転生するのか、誰にもわからないのだから、夫の願いもシルクの決意も叶うのかどうか確かめようがないからだ。けれどもシルクは夫が夢を口にする度に、そう言って、心のなかでは密かにこう願っていた。
(神様。もしも来世というものが本当にあるというのなら、どうぞ夫と同じ世界に生まれ変わらせてください。勿論そこで夫と結ばれたいとは望んでいません。夫に出会えたのなら、夫が男でも女でも問わず、私は全力で夫がモテモテになるのを応援すると誓います。例え、夫と私が敵同士だったとしても。例え、私が……悪役令嬢だったとしても)
そう願ったのが良かったのだろう。慈愛深き神様は気前よく、シルクを来世でも夫と同じ世界に転生させてくれたらしい。そして……そう誓ったのが良くなかったのだろう。誓いの言葉通りに受け取られた素直な神様は気前よく、乙女ゲームの世界の悪役令嬢にシルクを転生させたようだ。
悪役令嬢に転生したのは残念なことだけど、幸いと言っていいかはわからないが、シルクはその乙女ゲームを知っていた。とは言っても、その乙女ゲームはメジャーなゲームではない。マイナーもマイナー。超がつくほどマイナーで、それを乙女ゲームと言って良いのか疑問なほどのマイナーゲームだった。
何故なら、そのゲームは某葱農家がネット販売するに当たって、少しでも親しみを持ってもらおうとホームページに載せた、乙女ゲーム風のミニクイズだったからだ。
その乙女ゲーム風ミニクイズは”私の恋した魔法使いは世界最強ネギ様!〜恋と葱って、恋と変くらい似てネギ?www”という巫山戯たタイトルのゲームだった。内容は魔法使い達の世界に迷い込んだヒロイン=ユーザーが、イケメンに擬人化したネギ達から出題される、葱に関する5つのクイズに答えていき、全てに正解するとネギ達から好意を持たれ、愛の告白のセリフ付きで応募キーワードを教えてもらえるというものだった。
何故、シルクが恋ネギの世界に転生したのがわかったのかというと、魔法陣の中央に現れた黒髪の乙女には見覚えがなかったが、4人の青年はクイズに出てきた擬人化したネギと同じビジュアルだったし、そして何よりシルク自身が恋ネギに出てくる悪役令嬢のシルクと名前も容姿も同じだったからだ。
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