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ともだち

 どうして見つけられるの?

 だって、友達だから。


 かくれんぼをすると、どうしても逃げ切れない鬼がいる。友達の未紀ちゃんだ。

 自分ではうまく隠れたつもりなのに、早々に見つかってしまうのだ。

 オルガンの裏、使わない用具入れのすみっこ、果ては園庭の夏みかんの木の上。ここだ! という場所を見つけても、未紀ちゃんは「みーつけた」とあっさり探し当ててしまう。

 他の子が鬼なら、最後まで残ることは多いのが自慢だった。みんなが行けない場所でも、わたしならジャンプや木登りでたどり着けるから。でも未紀ちゃん相手だと、そうはいかない。それが悔しくて悔しくて。


 今日こそ負けないぞ、と意気込んで向かったのは、先生達の部屋。わたし達がいつも遊んだりご飯を食べたりする部屋より小さくて、机がぎゅうぎゅうに向い合わせで並んでる。

 失礼します、とドアを開ければ園長先生しかいなかった。他の先生は外でみんなと遊んでいるんだろう。

 園長先生がメガネを外し読んでいた紙から顔を上げわたしを見る。

「どうしたの?」

 ここのドアは誰かがけがしたり、ケンカしたりして先生を呼びに来た時以外に開けることなんてほとんどないから、ソワソワする。

「あの、ここにかくれさせてください」

 ふだんは入っちゃだめな部屋なら見つかりにくいと気付いたわたしは先生にそう頼んだ。

「ここは先生以外入っちゃ駄目って知ってるでしょう?」

「でも、未紀ちゃんいつもわたしを見つけるの。他の子なら見つけられないのに! ぜったい負けたくないから、ここにいさせて」

「うーん……」

 それから少し先生はだまって考えていた。やっぱりだめかなあ……ぜったい悪いことしないのに。

「じゃあ、先生の机の上や中のものは絶対見ない、触らないって約束できる?」

「! できる!」

「それなら、入っていいよ」

「ほんとう!? やったあ!」

  今まで入ったことのない先生の教室に初めて足を踏み入れると、体がドキドキとワクワクですぐにいっぱいになる。

 園長先生は机の上は見ちゃだめだと言った。でもわたしは、初めから机の下にもぐると決めていたので関係ない。隠れたわたしが大事なものをさわったりしないだろうと分かった園長先生も、安心したようにまたメガネをかけ仕事を始めた。

 机の下は思ったより広かいけど角に寄って膝を抱えなるべく縮こまる。小さくなればそれだけ見つからないと思ったからだ。イスも元の位置に戻すことで姿を隠す壁にする。イスの脚の向こうは本棚。太陽の光も電気も届かず、ここならぜったいバレないと自信満々だった。

 鬼の気配はしないけど、息を吸ったり吐いたりする音がしないよう気をつける。

 しばらく隠れていると、だんだん小さな足音が聞こえてきた。

「せんせぇ、有香(ゆか)ちゃんいる?」

 ガララとドアを引く音がした。未紀ちゃんの声だ。

「未紀ちゃんどうしたの?」

 園長先生が立ち上がって未紀ちゃんの傍まで行く。

「かくれんぼしてるの。わたしが鬼。有香ちゃん、ここにいるよね」

「うーん、先生ちょっと分かんないかな」

 先生はわたしが見つからないよう、味方してくれるらしい。

「ほんと? でも有香ちゃんぜったいここにいるよ」

 大きな声で未紀ちゃんが答える。心臓がバクバクして、未紀ちゃんに聞こえるんじゃないか心配だった。

「あらそう……? じゃあ……」

「ほら!」

 園長先生が言い終わらないうちに未紀ちゃんがパタパタと走り、えっと思う間もなく足はわたしの目の前で止まった。

「有香ちゃん、みーつけた」

 脚の先がコロコロのイスをどかし、未紀ちゃんが満面の笑みでのぞきこむ。

「みつかったあ」

 また負けたわたしは、四つ足で暗がりから出てきた。

「未紀ちゃん、よくそこだって分かったわねぇ」

 先生がおどろいているが、わたしもだった。未紀ちゃんは他のところをぜんぜん探さず、すぐにここに来た。不思議すぎて聞いてみる。


「どうして見つけられるの?」

「だって、友達だから」


 ニコニコしながらわたしの手を握って言う未紀ちゃんに、わたしまで嬉しくなってしまう。

 友達。わたしと未紀ちゃんは、友達。ずっとずっと友達。




「有香ちゃん、みーつけた」


 新しく借りたアパートの階段を上りきったところで届いた声に心臓が凍りつく。姿を視界に収める前に、私の部屋のドアの前で座り込んだ人影の正体が分かった。西田未紀。

 人影は立ち上がり、にこやかな笑みを浮かべ手を振った。

「もー遅いよぉ、待ちくたびれた」

「なんで……」

 最近越したここの住所は、西田未紀には教えてない。万が一にも備え、友人、彼氏、家族にも、決して情報を渡さないよう念を押しておいた。

 そもそも、引っ越しの理由が西田未紀から逃れるためだったからだ。

「どうしてここを知ってるの? 誰から聞いたの?」

「そんなことよりさぁ、お金貸してくれない? またで悪いんだけど」

 早口で捲し立てるような私に、大して申し訳なさそうな、目を細め場違いににこにこした表情で宣う。

「これで何度目? 今まで貸した分だって返されてないのに、貸すわけがないでしょ?」

「なんでそんな酷いこと言うの?」

 貸した者として当然の理屈を述べれば、笑みをすっと引っ込めこちらを糾弾する彼女が、同じ人間に思えなかった。

「酷い? 酷いっていうのは、借りたお金は返さないわ人の彼氏は奪うわ、四六時中家に押しかけるような人のことでしょ!」

 アパートの廊下だということも忘れ思わず声を荒らげる。

「そこをどいて。というか帰って」

「えー、やだよ。久しぶりに会えたんだし」

 不毛。短時間の会話ですっかり疲れた私は黙って背を向けた。今しがた上ってきた階段を降り、どこかへ避難しようと決める。友人や彼氏の家でなくていい。ネカフェでも、カプセルホテルでも、どこか西田未紀の介入できない場所へ。

「どこ行くの」

 真っ直ぐ飛ぶ矢のように、単純な問いが私の背後から体を貫いた。それまでの語尾を伸ばしがちな幼い喋りとの落差に、ゾッとする。

 三段目を降りようとして二段目に残ったままの左足をそのままに、立ち竦んでしまう。

「どこ、行くの」

「教えるわけ、ないでしょ」

 「答えない」という心持ちのはずだったのに、なぜか「怖くて答えたいのに答えられない」心理のようになる。はっきりとした怯えが全身に宿る。

 ふぅん、背後から気のない返事。こうやって姿を目の前に認めないと、幼稚園の頃の西田未紀がいるようだ。それくらい、いとけなさが残る。

「別にどこに隠れたっていーよ、有香ちゃんのこと絶対見つけられるし」

 でも、白い蛍光灯の下に立つのは化物だ。

「だって、友達だから」

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