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ステキなステラ  作者: 脱水カルボナーラ
4/14

第四話 配属ガチャ大失敗

2025/01/27 再編集verを投稿しました!

 アラームに叩き起こされ、私の意識は夢からベッドの上に引き戻された。

「うぅん……って! 起きなきゃ!」

なんだか懐かしいものを見た気がする。昨日は早く寝てしまったけれど、今日からは社会人として頑張らなくちゃ。

 もう既に気に入った新しい自室の中をあちこち駆け回りながら、身支度をした。持ってきた荷物をあれこれひっくり返しながらの作業になったので、最終的にひどく散らかってしまった……。

 メイクを済ませて宇宙時計を確認すると、ちょうど朝の八時だった。朝食を食べたかったが、今日は仕方ない。

「よし、これで完璧……じゃない!」

私としたことが、まだ着替えをしていなかった。鏡の前には首から上だけ立派な、間抜けなパジャマ姿の私が立っている。

「そういえば制服まだ貰ってない……始業時間も聞くの忘れちゃったし——どうしよう!」

私は真っ青になった。昨日に色々な意味で驚いてしまったせいで、これからいち社会人としてこの場所で働くのだという肝心なことをすっかり忘れてしまっていた。

「仕方ない——とりあえず外に出よう!」

部屋着のまま、部屋の扉を乱暴に開けて廊下から一階を覗いた。

「——あれ?」

しかし、昨日皆で食事をしたあのテーブルには誰もいないようだった。もしかしたら、すでに私を置いて任務のために宇宙船でどこかへ行ってしまったのかもしれない。

「やばいやばいやばいやばいやばい!」

いくら始業時間を知らされていなかったとはいえ、ただごとでは済まないだろう。出勤初日から寝坊してしまったようだ。背中がじんと痒くなってきた。皆の連絡先もまだ聞いていないし、他に何も手段が見つからなかったので、私は藁にもすがる思いを指に込め、姐さんの部屋の呼び鈴を鳴らしてみた。

「——はあ、そうだよね。終わった……」

しばらく扉の前で立っていたが、反応はなかった。私は早速部署の皆に見限られてしまったのだろう。これでは私の目的を果たすことは愚か、送り出してくれた地球の皆や、一緒にこの宇宙社会で頑張ろうと誓った友人たちにも顔向け出来ない。真っ白になってしまった頭の中で、重たい恥ずかしさとふわっとした絶望感が渦巻いている。とにかく、起こしてしまった問題に関しては仕方がないので、策を練るため一度自室に戻ろう。そう思った頃合いだった。扉が開く音がした。

「う〜ん。おはよ。こんな早い時間からやる気あんね。ばっちり……パジャマで」

姐さんが眼鏡をかけながら、寝ぼけ眼で私の姿を上から下へ見てそう言った。黒いレースの下着姿だ……。しかし、切羽詰まっていたこの時の私は、姐さんの衝撃的な格好を見ても美しい女神の御姿を見ているようにしか感じられなかった。

「おはようございます!」

私は安堵したせいか涙さえ浮かべながら、姐さんに深くお辞儀した。寝坊したというのはどうやら杞憂だったようだ。

「——こんな朝になんか用? ここじゃなんだから、入ったら」

姐さんは当たり前のような顔をしてそう言った。

「え? いいんですか? じゃあ、お邪魔します……」

蠱惑的な色香を纏う姐さんの部屋に入るのは、流石に緊張する。下着姿だし……。私は少しぎこちない足取りで扉の中へ足を踏み入れた。

 姐さんの部屋は、つくりこそ私の部屋と変わらなかったが、大きな本棚には分厚い学術書が並んでいたり、不思議ないい香りの霧を出すディフューザーがあったりと、おしゃれなお姉さんの理想の部屋といった雰囲気だった。どう見てもここは几帳面に掃除されているのがうかがえるのに、その主はどうして大胆な下着姿で寝ているのかまるで理解できない。

「まだみんな起きてなかったから混乱したの? ウチの部署はボスの取り決めで、十一時始業だよ、特別な仕事がない限りはね」

姐さんはあくびをしながらベッドにもたれかかった。職務上、私たちの会社の始業時間は部署や職種によってまちまちであることは承知の上であったが、それにしても十一時は遅すぎるのではないだろうか。ここの部署はどうしてこんなに仕事を嫌がっているのだろう——。

「先輩たちが昨日仕事の話を忌避しまくったから、私まだ皆さんの名前と、お風呂がすごいこと以外全然ここのこと分かってないんですよ。始業時間も初耳だし——新卒にちゃんと仕事のこと教えてくれないってどうなんですか!」

遅刻をしたかもしれないという懸念が無くなった私は、もはや姐さんを訪ねた目的を失っていた。そのせいで、何を聞くでもなくただ部署への不満をぶつけたのみになってしまった。姐さんはあたかも何か非常に意義深いことを言うような顔をした。

「仕事仕事って……それだけが人生じゃないのよ。ステラ」

「そんないいこと言ったみたいな! この広い宇宙の安全と秩序を守るのが、私たちの仕事なんですよ。とにかく、もっと責任感を持たないと!」

「責任感ねぇ……持てるもんなら持ってみたいわ」

姐さんは下着姿のまま、手を結んだり開いたりを繰り返している。

「そういう形のあるものではなくて、もっと抽象的な話です!」と私は言った。

「まぁ、なんでもいいけど。他になんかわかんないことない? 大丈夫?」

姐さんは布団を膝にかけながらそう言った。

「忘れてました! 制服って、どこかにありますか? 昨日は入社式だったし書類の通りスーツ着てきたんですけど。そういえばまだ貰ってないなと思って」

「制服? 一応初日に渡す決まりなんだけど、そういやアンタらの分まだ届いてないわ……。後でボスに確認しとくわ。確かにアタシ発注したんだけどね」

頭をかきながら、姐さんは携帯にメモをした。

「え!? あの制服、着るの結構楽しみにしてたのに……」

思わずそう呟いてしまうほどには落胆した。我らがゼノ・エクセルキトゥス社の制服は、ゼノ社に買収された地球発のブランドが特別にデザインしたもの。その制服を着たいがため入社を志願する人もいるほどだ。姐さんはそんな私のことを気にも留めずふと立ち上がり、タンスをゴソゴソと漁り始めた。やっと服を着るつもりになったらしい。

「っていうか、制服がもらえるまではどうすればいいですか?」と私は尋ねた。

「まあ、制服なんてかったるいし、私服でいいんじゃない? アタシらも普段私服だしね」


「そういえば昨日、皆さん制服着てないなとは思ってたんですよ——っていうかそ、そんな服で仕事するんですか!?」

姐さんはベッドの上に子供が使うハンカチほどの大きさしかない布を並べ、視線を滑らせながら今日のコーディネートを考えているようだった。

「も〜。いきなりうるさくなるんだから。基本的にウチの会社は制服を着なきゃいけないってルールだけど、うちの部署の場合は家と仕事場同じ建物じゃん? だから私服で良くね? ってわけ」

姐さんはそう言いながら、黒いストッキングを穿き始めた。

「良くね? って……」と私はため息をついた。

「あ、そうそう。地球出身のステラなら馴染み深いでしょ? ザイタクキンム、だっけ? って考えたらいいのよ。あれだと着替えなくていいんでしょ?」

在宅勤務って、宇宙でも有名なやつだったんだ……。

「確かに大昔にウイルスが流行った時から、地球では家で仕事したり授業受けたりするのは割とポピュラーになりましたけど、在宅勤務とか遠隔授業でも、きちんとスーツや制服に着替える人が多いですよ! せめて、オフィスカジュアルとか節度を持った格好を——」

私は間違った地球の文化を言下に訂正した。

「えぇ、そうなの? なんか思ってたのと違う。ま、とにかく制服なんて仕事でこの事務所出る時くらいにしか着ないよ———そんでもって、仕事で宇宙に出ることなんてまず無いし……ね」

姐さんがもう片方のストッキングを上げながら何か呟いたが、私はうまく聞き取れなかった。

 とりあえず姐さんにお礼を言ってから自分の部屋に戻り、仕方なく私服に着替えた。大学生の時にバイト代を貯めて買ったお気に入りのジャケットを着れば、もうすっかり普段の私に戻った気分だ。

「ほんと、この部署どうなってんの? 覚えた社則が全く役に立たない!」

時間を見ながら一人で嘆いた。それと同時に、胸の奥から笑いが溢れてきた。

「……ふふっ。こんな滅茶苦茶な社会人スタート、笑えてきちゃうね」

まだあの時のまま切り取られた私と、親友のエアリたちとの笑顔の瞬間。写真の中の私たちと目があった気がして、思わず話しかけてしまった。荷解きは全く終わっていないが、昨日の夜にこの写真だけはと机の上に置いたのだった。

「みんな割といい人そう……ゼンはみんなのうちに入ってない——だけど、とにかく、社則とか全然守ってないし、予算で露天風呂とか温室とか作っちゃって。変だよね」

エアリがいるかのように話してしまう。あの不快な水タバコの匂いと、涼やかな声がすぐ近くにあるような気さえした。私は途中で首を振って、現実に意識を戻した。

「ああもう、ダメダメ! しっかりしないと。変な部署でも、私はゼノ・グループの一員なんだもの!」

そう、私は大企業の一員。どんな状況であろうと、完璧に業務をこなすのみ。

「なんてったてこの私は、天才なんだから!」

一人部屋の中で自分を鼓舞してみた。聞いたこともない謎の部署といい、アク——じゃなくて個性——が強い先輩達といい、思い描いていた社会人生活とはかけ離れていたけれど、私の気持ちはかろうじて前向きだった。油断は禁物だ。そんなことを考えていたら、お腹が鳴った。

「———そういえば、お腹すいた。下にある冷蔵庫、勝手に開けちゃっていいのかな」

時計を見ると始業時刻まではまだ時間があった。私は食欲に負けて自室を飛び出した。

 誰かが料理をしているのか、吹き抜けの下からとてもいい香りと何かの焼ける音が漂っていた。気持ちが昂らずにはいられない。

「朝ごはん!」

私が思わずそう叫ぶと、下からグレイ先輩が顔を出した。

「おお、おはよう! 今日は僕が担当なんだ。もうできるから、座って」

「今行きます!」

軽い足取りで階段を駆け降りると、いつの間に起きていたのか、特務部第三課の皆が食卓についていた。そして、彼らは本当に誰も制服を着ていなかった。

 食卓にはサンドイッチが並んでいた。宇宙のどこでだってサンドイッチは売っているけれど、私は他ならぬ故郷に想いを馳せざるを得なかった。

「せっかくだし、今日は地球の朝食をと思って調べたら、レシピが出てきたからサンドイッチを作ってみたんだ。いやぁ、地球発祥の料理だとは知らなかったよ。僕も小さい頃から食べてきたからね」

グレイ先輩はそう言いながら余ったハムをお皿に乗せていた。パンは宇宙でも人気の食品で、広く宇宙の食文化に浸透している。グレイ先輩の故郷にも根付いてしまうパンの魔力は、恐ろしさすら感じた。

「ありがとうございます! いただきます」

私はサンドイッチを頬張った。三日前くらいにも食べたのに、随分と久しぶりな気すらした。具材はどこの何を使っているのかはわからなかったけど、先輩はとても料理が上手だと思った。他の皆も、大口を開けてサンドイッチを頬張っている。

「地球の飯ってほんと美味いよな! ガグーアのはなんつーか繊細さがねぇんだよ、その辺の獣の肉を焼くだけとかでさ」

「ふっ……」

私が思わず吹き出すと、ゼンがすかさずこちらを向いた。

「なんだよ!」

「意外と味にうるさいんだと思って。あんたの口から繊細だなんて言葉が出たとこも笑えるけど」

「味にうるさくなったのはお前のせいだろ! 忘れたのかよ……高校の時の、調理実習……」

ゼンは何故か小さいでそう言った。

「え、高校の時? 何かあったっけ?」

全く心当たりがない。どうせ捏造か、本来ならば気にも留めないような事柄で言いがかりをつけてくるのだろう。また一口サンドイッチを齧った。

「あれだよ! お前、俺と同じ班でさ、俺が適当に味付けしようとして、言ったじゃんか」

「全然覚えてない。まあ、あんたが適当な味付けするのは想像つくんだけど」

こいつは、目分量で塩の加減を大幅に間違えそうだなと思った。

「本当に覚えてないのか? 『適当な味付けなんて、食材に失礼だ!』って……言ってただろ?」

思わず笑いだしてしまった。

「あははっ! 何それ。そんなこと言った? めっちゃ当たり前だし」

「なっ……嘘だろ? 覚えてねぇのかよ。俺は、忘れてねぇのに……」

「え、なんかごめんね!?」

ゼンが何故か肩を落としてそう言うものだから、私の方も咄嗟に謝ってしまった。博士が私たちを見てわかったような顔をして、「おお、青いのう……」と呟いた。一体今の会話のどこに、感銘を受ける箇所が合ったのだろうか。見当もつかない。

「っていうかアンタら、いつからの付き合いなわけ?」

姐さんがマグカップを撫でながら私たちの方を見た。何故だか嬉しそうな顔をしているけれど、その真意は分からない。

「中学からです! こいつ高校まで地球に留学してたんですけど、大学も一緒でまさか配属先もなんて——最悪なことに!」

ゼンを指差して、私は歯軋りした。

「最悪? こっちのセリフだ! 先々に現れやがって」

ゼンが眉間に皺を寄せてそう言った瞬間、博士が座ったまま、横に立てかけていた杖を振り下ろして、食卓の周りを走り回っていたマーフィー君を突然殴った。金属が唸るような鈍い音が響いて、流石にあのロボットが気の毒に思えた。

「なんで!? っていうか、いいんですか? 機械といえど我が子みたいなもんでしょ!?」

「手が滑っちゃったのう。まあ平気ぢゃ。マーフィーは生半可な戦闘機の攻撃じゃ壊せんし」

手が滑ったというのは明らかに嘘だった。さっきの手捌きには迷いも狂いもなく、理由はわからないが確実にマーフィー君を殴っていた。しかし博士は澄ました顔でお茶を飲んでいる。

「なんでそんなに無駄に頑丈なの……というか、そういう問題じゃないでしょ!」

地球的な価値観からすれば、顔がついているものを殴るのは……なんとも気分が悪い。というか宇宙の道徳規範でも、そうなるものではないのだろうか。しかし殴られたマーフィー君は本当に平気そうで、塗装された笑顔をこちらに向け手を振っている。

『ボク、平気! 痛覚とか、ナイ!』

「やめて! 余計に痛々しい!」

因縁の相手であるマーフィー君に同情してやったと言うのに、先輩たちはそれを気にしていないようだ。更にこれが被害妄想でなければ、さっきから私とゼンとを交互に見つめて、下世話な目配せをし合っているようさえ見えた。

「なるほどね〜」

姐さんが含み笑いをこちらに向けた。昨日から何度かこういう雰囲気になっている気がするけれど、全く私にはわからない領域だった。奇妙なことに、またゼンは顔を赤くしている。

「そういえばステラ。昨日はよく眠れたかな?」

ボスが水槽の中から、渋い声で私に尋ねてきた。まるで変な雰囲気を誤魔化すかのように。そういえばボスって、どうやってご飯を食べているのだろうか。ボスはサンドイッチを水槽に付いた義手で持ってはいるものの、水槽にどうにかしてそれを放り込まない限りはボス本体が食べられないはずだ。そんなことはまあいい。

「とてもよく眠れました! 今日はマイクの調子いいんですね」

「それならよかった。さっきジゼから制服のことを聞いたよ。あとで本部に問い合わせておくよ。すまなかったね。まあご覧の通り、みんな適当な格好をしているし、ステラも自由で構わないよ。僕なんか、ある意味全裸だからね! あっはっは!」

「ハハハ……」

ボスは水槽のスピーカー越しにいい声で笑っていたが、私は乾いた苦笑いしかできなかった。上司の自虐ネタほど困るものはない。

「まだ関係値も低い状況で攻めたギャグなんか言わないでよ」

そんなことを思っていると、マーフィー君がサイレンを鳴らして騒ぎ始めた。しまった。愛想笑いにも反応するのか、この野郎……。

『ステラ、ウソはダメ!』

マーフィー君の右手が私の左頬を、左手が私の右頬を狙ってしなる。

「違うの! これは嘘じゃなくて、処世術だから!」

すんでのところで、私はイチかバチかの言い訳をした。

『ソレなら、仕方ないね!』

マーフィー君はそれだけ可愛らしい機械音声で言ってから、私への攻撃態勢を解除してくれた。せっかく緊張を緩めてくれようとしたのにごめんなさい、ボス。でも、痛いのは嫌だから。

「上司の自虐とか、新入社員からしたら取り扱いが面倒な爆弾そのものぢゃな」

「そ、そんなぁ……」

博士の批評を受け、ボスは水槽の底へしなしなと降りてしまった。

「そ、そんなに落ち込まないでください」

いじけているボスは哀愁を纏ったキモカワ生物にしか見えないため、奇妙な庇護欲を掻き立てられる。

「ボスが滑ったところで、流石にもうそろ始業した方がいいんじゃな〜い?」

姐さんはボスを冷酷に斬り捨てながら、十一時に差し迫った時計を見てそう言った。

「そ、そうだね……じゃあみんな、食器を片付けたら、オフィスに行こうか」

ボスのスピーカーが絶妙なタイミングでまたおかしくなって、間抜けな声の指示が響いた。やっぱりボスには、その声の方が似合っていると思う。

 ついに私とゼンは初めてオフィスに足を踏み入れた。ボスは奥の黒い机に、私たちは手前の名札のある席へ向かい合わせにそれぞれ座った。机にはまだ数人分空きの席があるようだ。人事がどうなっているのかは、気まずくて聞けない……。

「えーと、じゃあ新入りもいることだし、今一度、我々の理念を確認してみようか」

ボスが改まったようにそう言った。神妙な雰囲気にそのゆるい姿と間抜けな声が一切追いついていない。おかしい。私は笑ってしまいそうになるのを必死に我慢した。前を向くとゼンと博士と姐さんは、普通に笑っていた……。

 ボスは水槽の中で顔を赤くしながら、私たちに会社の理念を説き始めた。

「星間共同体、ゼノ連盟——その公営企業、あらゆる宇宙の産業を担う公社ゼノ・ユニヴァースグループの一員である我々ゼノ・エクセルキトゥス社の使命は、ゼノ連盟に加盟する全ての星、国、地域の人々の生命、安全、財産を保護・保存・監督し、守り、治安を維持していくことだ。外交からご近所トラブルの解決まで、様々なレベルの問題を取り扱っている———」

他にも小さな星間連盟は存在しているけれど、ゼノ連盟は我々の知る限り宇宙で最大の共同体だ。私の故郷である地球や、先輩方やゼンの故郷の星も、ゼノ連盟に加盟している。ボスの話は続く。

「ゼノ連盟が所有する軍でもあり、法的権利を有した宇宙の平和維持の要。それが我が社なのだ。我々はその自覚を持って仕事に取り組まなければならない。ステラとゼンも、その辺はわかっているね?」

先ほどからボスの声を馬鹿にしてばかりいた私とゼンだけれど、今一度問いただされて背筋が張った。ボスのスピーカーの調子が丁度いいところで元に戻って、ようやくこの空間一体が真剣な雰囲気を纏っている。この時のボスからは確かに、その小さな体からは想像もつかない程の、この変な部署を纏める管理職に相応しい凄みを感じた。

「は、はい!」

「もちろん!」

新入りの私たちは、かしこまった返事をした。ボスは目を閉じて頷くように、水中で体を上下させている。

「———そう、我々の仕事はとても尊いものだ。今日は君たちの記念すべき初仕事! めでたい! 実にめでたい!」

——ボスのスピーカーの調子がまた悪くなってきた。心なしか嫌な予感がする。だって、この部署は変だから……。そういえばさっき、朝ご飯の後、みんなでエレベーターに乗る際、博士は何故マーフィー君をエレベーターから追い出したんだろう。ボスの声が変になったせいで完全に集中を切らした私は、そんなどうでもいいことを考えていた。

「さあ、今から業務内容を発表しちゃうぞ〜! ダラララララ……」

「……あの、さっさと教えてください」

私が小さい声でそう言うと、ボスは丸い目を更に丸く、瞳孔を小さくして目を逸らした。ここまで勿体ぶるのは怪しい。

「わ、わかったよ……本日我々が行う責任重大な業務内容は——」

疑念があっても、少しは期待してしまうのが人のサガである。この一瞬で、様々な妄想をした。ここが小さい部署に見せかけた少数精鋭部隊で、極秘任務につくとか、実は試されていただけでこれから巨大戦艦の乗務員になれるとか……。テレビドラマで描かれるような花形の軍部の仕事をしてみたい。その一心で就職活動を頑張ったのだから、報われてもいいはずだ。

「———お悩み相談メールの、整理だ」

ボスは早口でそう言った。嫌な予感はどうやら的中したようだ。

「あ、あの。お悩み相談って、どういう……作業なんすか」

文字通りに決まってるでしょ! と叫びたかったが、文字通りじゃなければどれほど良いことか。そう考えたら口を開けなかった。

「届いているメールを開封して、一件一件ジャンルごとに分けて、他の部署にまとめて転送するんだよ。楽しそうだろう?」

ここまで白々しいと、かえって清々しい。私は赤色巨星の炎さえ吹き飛ばせてしまうような深いため息をついた。

「凄いですね……まごう事なきメールの、整理……」

私とゼンは二人して脊椎を抜かれたように項垂れた。昨日このオフィスを見た時は任務の報告書をまとめるためにあるのだと思っていた。憧れの軍部で、まさかのデスク・ワーク……。

「あ、あの。特務部って……」

昨日から漠然と感じていた不安が、確実な憂いへと変わっていく感覚を味わった。ボスはなんだか申し訳なさそうに、もじもじと間抜けに答えた。

「我々特務部第三課は……その、えっと、良く言えばなんでも係、悪く言うのなら……」

ボスは新卒の私たちを気遣って躊躇っているというのに、博士が容赦無く横槍を入れてきた。

「雑用ぢゃ! ヒャッヒャッヒャ!」

「オォ……」

今風が吹いたら、ゼンはそのまま灰として消え去ってしまいそうだ。部署の規模の小ささといい、何を管轄しているのかよく分からない名前といい、これまでの全ての不可解さが繋がった気がした。

「で、でも! 今日がたまたまメールの整理ってだけで、宇宙に出る任務もあったりするんですよね!?」

私は縋るように、向かい側に立っている姐さんにそう聞いた。

「トドメを刺すようで悪いけれど……二ヶ月前に小惑星帯で迷子になったペットを捜索したのが最後。あとはず〜っと、デスクワーク」

「いやあああ!」

私は顎が外れるほど口を丸くしてひざまずいた。思い描いていたものとのギャップで頭がショートしてしまう。内定通知を受け取った半年前はまだ、宇宙を飛び回る冒険を夢見ていた。大学時代にインターンで厳しい訓練だって積んだのに、やることがメールの整理だなんて! 

 ゼンの方も私と同様に声にならない声を漏らして立ち尽くすのがやっとなようであった。こいつの場合精鋭部隊の訓練を受けてきたはずだから、その分ショックが大きいに違いない。

 私たちをよそに姐さんとグレイ先輩は、当然のようにコンピューターを立ち上げて仕事を始めようとしている。博士は急にオフィスの隅に置いてあった大きい機械に歩み寄り、その機械のボタンを押すとオフィスの外へと歩き出した。部署の皆には何も言われず、そして自身も当たり前のようにエレベーターに乗り込む博士を、私とゼンは愕然とした表情で眺めていることしか出来ない。博士の作動させた機械が音を立てながら変形していく。

 その機械の正体は、ロボットだった。赤を基調としたカラーリングで、地球人的な表現をするとトランプのスペードと同じような頭の形をしていた。透明なヘルメットでモニターになっている頭部が覆われ、そこには一対の目が映し出されている。ロボットは博士の席に着くと、手慣れた様子でキーボードとマウスを操作し始めた。

「ソレ、全員分作れば良くない!? ずっとこれがメールの整理やってれば良くない!?」

博士の抜け駆けが許せなかった私はロボットを指差してそう言った。しかし私の叫びに真っ先に反応したのは他ならぬロボット自身だった。

『ダマレ。労働ロボットにも敬意を払エ。コレだかラ地球人ハ……』

あの博士が開発しただけある。信じられないくらい生意気だ。

「このロボット、マーフィーくんよりも可愛げがないんだけど!」

私がそう言っても、ボス達は何も返事をしてくれなかった。

『このロボットでは無イ。ワタシにも名前は有ル』

「そ、そうなの? あんた、名前は?」

『ジュディス』

やたら長いシリアルナンバーを言うだけであろうと思っていたが、全く違った。なぜ地球人のような名前がついているのだろう。

「そう来たか……。えっと女の子、なのかな……」

『今時、ブシツケなことを言うナ。地球のコトバで表すナラ、ヲマエノ価値観ハ、極メテガラパゴス的ダ。アップデートシロ』

「なんでそんな言い回しまで知ってんのよ!」

『何ヲサボってイル。しのゴの言っテナイデ、仕事シロ、仕事』

ジュディスは生意気にもこちらを指差してそう言った。でも、彼女(?)の言うことも尤もだ。ゼンだけはまだ窓の向こうに広がる闇を見据えて呆然としていたが、ボスと姐さんとグレイ先輩はずっと画面に向かい合って作業している。

 私も仕方なく席に着いた。自分の名札を見て、私はある大事なことを忘れていたのに気づいた。

———そうだ、私は天才、期待のルーキーなんだ。ジュディスなんかに負けてられない。

「ジュディス、ありがとう! 私、頑張る」

『イキナリ、距離感が変ワッタ。キモいヤツダ。地球人ハ自他境界ガ曖昧ナ傾向ニアル』

この時の私は、ジュディスの差別的な悪態なんて聞こえていやしなかった。やってやるわ! どんな業務だって完璧にこなしてみせる。そう心の中で唱えながら私は意気揚々とコンピューターを立ち上げた。大量のメールがボックスに溜まっている。早速一件目のメールを開封した。四十八歳の男性からのメールだ。


『どうも。お尻がすっごい痒いです。助けてください』

                        添付ファイル:一件の画像

「もう、嫌あああああああああああああああ」

宇宙に轟く、新卒の絶望……。

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