第十四話 防カビ剤とロマンス詐欺
多忙につき更新できずすみません泣
読んでくださった方へ、いつもありがとうございます。
感想等お待ちしております(いただけたら泣いて喜びます)
中学生の頃に、地球のニュージャージーという地域でおこなわれた大規模な史跡の発掘調査を手伝ったことがあった。再開発プロジェクトの一環として、業者が地質調査をした際にうっかり史跡を掘り当ててしまったのが発端で急遽決まった発掘だったらしい。そこで出会ったのが、地球考古学の第一人者であるプロフェッサー・チョウソカベだ。私の自己紹介の後、彼はハンチング帽をとってうやうやしくお辞儀した。
「ステラくん、どうぞよろしくね。英語と日本語両方理解出来る人が必要だったんだ。その……古語を理解出来るロボットはレンタル料がべらぼうに高くてね。一応報酬は出すので、ご協力願いたい。工事が停まるのは困るって上から尻をバンバン叩かれているんだ。申し訳ないけど少し忙しいかもしれない」
チョウソカベ氏は髪の毛が少し薄く、痩身で手足が長い壮年の地球人男性だ。キリギリスという虫みたいだなと思ったのをよく覚えている。
「はい! よろしくお願いします。まだ中学生なので、お役に立てるか不安ですが……」
私は当時の担任の推薦でこの現場に呼ばれた。地球の伝統的な言語である英語と日本語の両方をネイティブレベルで理解できる人材が急遽必要になったとのことらしい。テントがあちこちに設営され、巨大な掘削装置の影で、遺跡の一部分が土から顔を出している。まさに好奇心の宝箱のような場所だった!
「ご謙遜を! この時代に地球の古語を複数操れる人なんて、そういるものではないよ」
チョウソカベ氏の賛辞は少しむず痒かった。
「いやあ、友達からはロボットに任せたらいいのにってよく言われます」と私は言った。
「そんなことはないよ。人のいいところは読み書き話すをいっぺんに出来ることさ。ロボットだとまず読み書き用の機種と、我々と話す用の機種で最低二体手配しないといけないだろう? 人のように全般的なコミュケーションをとれるロボットはものすごく高い。こんな褒め言葉は語弊があるけれど、人の方が楽で安上がりなんだよ」
あけすけすぎると思ったが、その時の私は愛想笑いをして誤魔化した。教授の言ったことは本当で、翻訳ロボットというのは機能も価格もまちまちな上、無数にある文化圏の作法まで教え込むのは非常に高い技術が必要になる。そんな背景もあって、こういった場面の翻訳には生身の人が重宝されているのだ。
「——そして人には感情の機微があり、思考には常に余白がある。考古学において、人の想像力はとても役にたつ。機械的な統計による予測ではなくてね。こうだったのではないか、これにはどんな意図があるのか。そんな思いが、地層に埋もれた先人の営みを紐解く鍵になるのだよ」
この研究者についていきたい。チョウソカベ氏の言ったそれっぽい言葉に、まだ若かった私はすんなりと尊敬の念を抱いた。
「それで、私はどんな仕事をしたらいいんでしょうか?」
チョウソカベ氏の細い背中に向かってそう聞くと、彼はゆっくりとこちらの目を見た。
「君に頼みたいのは、出土した旧式AIとの対話、さ」
向こうにある一際大きなテントの中で、見たこともない大きな機械が熱を発しているのが見えた。
「——それで、そのAIがまた曲者で! 喋るのが私じゃなかったら向こうの調子に乗せられていいデータが取れなかったと思いますよ。でも面白いですよね。地球がゼノ連盟に加入して、統一規格言語Ⅱ型が公用語となる前の——」
「あのな……思い出話とうんちくがなげーよ!」
カビのドレスを纏った滑稽な姿のゼンが、私の素晴らしい思い出話を遮った。
「もう! 人の話は最後まで聞いてよ!」
「今俺たちピンチなんだぞ! なんでもいいからその人に今すぐ連絡しろよ! よく分からんけど頼りになんだろ?」
「うっさいのよ! これだからロマンの分からないやつは……」
私は大変不本意ながら喋るのを止め、チョウソカベ氏の番号を通信装置に入力した。
「ステラって意外とそういうとこあんのね……」
姐さんが何か言っていたような気がするが、返事をする時間もなく通信が繋がった。
画面に現れたチョウソカベ氏は、あの中学生の夏の記憶の姿と全く同じだった。あの時の現場ほど忙しくはないためか、目元のくまが無いのは新鮮だ。
「お久しぶりです。覚えていらっしゃるかわかりませんが、だいぶ前に一度お世話になった者です。ゼノ・エクセルキトゥス社のステラ・ハシグチと申します。お忙しい中突然ご連絡して申し訳ありません」
チョウソカベ氏は画面の向こうでそっと微笑んだ。
『覚えてますとも! 君から着信が来るだなんて思いもしなかったがね。して、いったいどのようなご用件かな。バイト、探してるのかい?』
「ご協力いただきたいことがあって……。おもちゃのカビをどうにかしないと、宇宙経済が終わるんです!」
チョウソカベ氏が画面の中で固まったので、通信障害が起こっているのではないかと錯覚した。しばらくの沈黙ののち、彼はたった一言だけ応答した。
『……何を言っているのかな?』
こちらは至って真面目に話しているというのに!
結局、私たちはかくかくしかじかと経緯を語った。
『——ふむ。それでは、そこのデカい殿方が着ている服は地球の微生物であるカビを改良したもので、ヤバいおもちゃに搭載されている。で、君たちはカビに関する情報を欲している。ということかね。しかし、なぜ考古学、それも主に民俗学を研究しているこの私に? 生物学者のほうがカビに詳しいと思うがね』
荒唐無稽な話を聞かされ、叫びたいのを堪えながら冷静に話そうとしてくれているのが伝わってくる。チョウソカベ氏は本当にいい人だ。
「それは——ミラクルカフカに搭載されているカビの、皮膚に根ざして増えていくような性質が、チーズに使われているような古来のカビに似ていると思ったからです。フロザトウは一人でに結晶化していくのであって、何かに根を張って増えるものではないから」
私の考えを聞いたチョウソカベ氏は、満足そうに長い腕を組んだ。
『さすがは青い星の輩出した才媛……。並の知識量ではそこまで思い至らないよ。その通り、古代のカビはフロザトウのような性質は持っておらず、もっと不定形で不快な見た目をしていたんだよ。地球歴二〇二六年の書物や旧インターネットにもそのような記述がある。古代のカビはほとんどが大宇宙時代の到来による著しい環境変化で絶滅してしまったが、チーズに使われる種類はどうにかして生存した。生きた化石というやつだね』
「そう。それから、発掘調査の際に古代の薬剤の瓶を発見した時、プロフェッサーがおっしゃっていたことを——」
記憶の中のチョウソカベ氏が私に語りかけてくる。
「ステラ君。古代地球人は長らくカビと戦ってきたんだよ。今では信じられないだろうが、カビは本来フロザトウよりももっと厄介なものだったんだ。風呂場や排水溝、食べ物。ひいては本にまで! あらゆる場所に現れ、こびりついて増殖するカビを倒すために色々な道具が作られていたんだ。これもその発明の一つ、カビをキルするための薬剤のスプレーだね」
これはお風呂に入っていなかったら思い出さなかっただろう。
『なるほど! 古代のカビ退治用薬剤について調べれば、もしかするとそのおもちゃのカビも倒せるかもしれない、ということか』
画面の向こうのチョウソカベ氏も同じ時のことを思い出したようだ。
「その通りです! ですから、この度はプロフェッサー・チョウソカベには古代のカビ対策に関する史料を送って頂きたいと思ってご連絡したんです。どうかご協力いただけないでしょうか。もちろんタダでとは言いませんから!」
チョウソカベ氏は狭い肩幅をさらに縮めて頷いた。
『もちろん協力するとも! 君には恩がある。君がいなければ、あのAIが国際ロマンス詐欺に使用されていたものだったなんて、解明できることはなかっただろうからね』
そう言いながら、チョウソカベ氏はあの時の調査報告書を取り出して見せた。彼の協力が得られるなら、絶望的でお風呂に入るしかなかった先程までの状況よりも大分マシになるだろう。
「ありがとうございます! 懐かしいですね。あのAIの挨拶の次に自分の借金、病気、兵役の話をしてくる突拍子のなさには翻弄されましたね。同情を誘って金銭を要求するためのステップだったなんて」
「なんの話してんだよ!」とゼンが私たちの思い出話を遮った。
「話せば長くなるけど?」と私は答えた。
「どうでもいいわ! さっさと話を進めてくれ。俺もうこの服いい加減ヤだよ。トイレとかどうすんだよ!」
可愛らしい衣装から覗く肌をトマトの如く真っ赤にして、ゼンは叫んだ。
「あんたの場合は自業自得でしょ! とにかく、プロフェッサーのご協力に感謝します。経費は全てこちら負担ですのでご安心を」
私は画面に向き直って改めて礼を述べた。
『カビに関する史料に関してはすぐに手配しよう。博物館に掛け合えば用意できる。ただし史料保護の観点から専門業者を通させてもらうよ。明日の夜までにはそちらに届けられるだろう——そしてだね。代わりと言ってはなんだが、こちらも君に頼み事をしていいかね?』
チョウソカベ氏はそう言いながら、何かメモに書き留めているようだ。
「本当にありがとうございます……! 私にできることなら、何でもやります」と私は答えた。
『助かるよ。実は助手達の手が空いてなくってね。今から君の連絡先宛に古文書のファイルを送信する。その解読を頼みたい。おそらく旧文明のオカルト雑誌なのだが、いかんせんスラングが多くて大変なのだよ!』
チョウソカベ氏はそう言いながらカラフルな書物を画面の方に突き出す。赤い肌の怪物が地球人の少女を丸呑みにしかかっている様子が描かれたカバーイラストの上に、古代英語で『本当にいやがった! クソやべえ未知との遭遇!』という意味の黄色い文字のタイトルが記されている。
「承知いたしました。この後すぐにでも取り掛かります!」
私の返事に、チョウソカベ氏は満足そうな笑みを返した。
そうして通信は終わり、カビ対策の史料が到着するのをひとまず待つだけとなった。
「みんなも聞いてたと思いますが、今回の私の作戦はこうです。ミラクルカフカが安全なものになるには、大元のカビさえどうにかできればいい。だから、変身して一通り遊んだ後で、皮膚についたカビを撃退して除去するスプレーを開発するんです。古代地球人がお風呂場やキッチンで使っていたようなやつを! そうすればミラクルカフカの商品のオリジナリティを維持しつつ、商品の絶対的な弱点を克服出来て損失もなくすことができます——うまくいけば、ですがね」
私の説明を聞いて、部屋で寝込んでいるボスを除いた皆が頷いた。またしても博士がやる気のありそうな表情をしているのが意外だ。
「とりあえず史料が届いたら、博士に解析をお願いします。あくまで借り物なので壊さないでくださいね! もし読めない言葉があったら私が翻訳します。ゼンは貴重なサンプルなので博士と一緒に行動。ロボットの二人は……どうせ博士と一緒なので博士の手伝い。姐さんとグレイ先輩には解析が終わった後で色々とお願いしたいことがあるので、後ほどお声掛けします」
姐さんは何故か嬉しそうに私を見つめた。
「ステラはもうすっかりアタシらのリーダーだね。この勢いだとステラがとんとん拍子で昇進して、ボスの立つ瀬がなくなっちゃいそうだね」
この部署にそんなまともな人事評価システムがあるのかどうか甚だ疑問ではある。それにしても私は、自分がいつの間にか張り切っていることに驚いた。宇宙経済が終われば、エアリの捜索はさらに困難になるだろう。でも、そういう未来への防衛本能によるものではなくて、むしろ目の前の難題をどうにかしてクリアしたいという無邪気な欲求に動かされているような気がした。とにかく、じっとしている暇はない!
「それでは——温故知新作戦、開始です!」
「オンコ……それ、どういう意味だ?」
グレイ先輩が大きな目を細めた。
「新しきを知るためにはまず古きことより学べという意味ぢゃ。もっとも、お前は今回出る幕ナシぢゃがの。やることないんだったら駐車場の掃除でもしといたらどうぢゃ」
博士の売った安い喧嘩を、グレイ先輩は二つ返事で買ったようだ……。
「このクソジジイ!」
「あのさあ、いくらすごい人に協力してもらっても、肝心の我々がダメだと意味ないですからね!」
呆れた私は掴み合う先輩と博士にそう言い捨て、チョウソカベ氏に依頼された解読の仕事を先にやってしまうことにした。
届いたオカルト雑誌の翻訳はそう難しいものではなかった。多少言葉遣いが汚いのが気になったが、アングラな界隈の雑誌なのでさほど不自然でもない。ジーナフォイロという怪物の特集ページがほとんどを占めているようで、巻末には読者からの異星人および未確認生物や怪奇現象の情報を寄稿するコーナーが設けられている。ロマンを追い求めた先人たちへ、私たちはいずれ、宇宙人と交流するようになるよ。そう古代人に語りかけながら、私はひたすらに訳文をパソコンに打ち込んだ。
最後のページに、未知の種族と遭遇したというある男性の体験記が載っていた。
我々とそう変わらぬ姿。
不吉な未来を映すラピスラズリの瞳。星の光を喰らったような銀色の髪。冷ややかで生気の感じられぬ肌。
空の裂け目より降ってきた。彗星か、稲妻のような。この世のものと思えぬ美しさ。
邪悪で鬱屈とした眩い光。ぎんいろの光。
虚無を宿した黒い空の外側。扇状の世界の侵略者。月食と日食の裏に広がる闇に潜む。
私は見てしまった。刺すような冬の嵐が凪いだ夜に、確かに見た。
何よりも強いあの光を見た。
あれが神か天使でないのなら、私は何に罰されよう。
銀色の髪、不吉なほどに美しい存在。我々とそう変わらない姿。挿絵はなかったが、この手記を読んでいて、私は記憶の中にのみ存在するある人物のことを思い浮かべずにはいられなかった。
「これって……エアリ……?」




