第十三話 風呂とチーズ
もう本当に久々の更新になってしまいました……。これからはもっと頻度をあげたいです泣
感想等お待ちしております!
ここのお風呂は最高だ。地球の数々の名湯に勝るとも劣らないと自信を持って言える。民間の遊覧船がシグナルを出しながら近くの惑星へ向かっていくのが見えた。
「はぁあ〜! 朝からなんかすっごい疲れたから、癒される!」
私は浴槽の中でのびをした。何も解決していないし進展もないのに、ここでお湯に浸かっている間は絶対に悪いことは起こらないという安心があった。
「もしウチらがクビになったら、ここも取り壊しかなあ……」
姐さんは湯煙の中で首を回しながらそう言った。
「そんなの絶対嫌です……絶対……」
私はぼんやりと体を包む温もりを感じながら、小さい声で言った。
「地球人が言うんだから相当いいお風呂なんだね……ここ……」と姐さんが言った。
「そりゃあもう……眺めはいいし、地球じゃないからカビも繁殖しなくて掃除しなくていいし——?」
眠りに落ちかけていた私は、口走った自らの言葉で目を覚まして立ち上がった。
「あああああー!」
「ちょ、ステラ!? 何急に……」
浴槽に小さな波が立ち、そのせいで姐さんもすっかり意識がはっきりしたようだった。
「——解決のヒント、掴んだかもしれません!」
湯気から覗く姐さんの角に向かって、私は真剣な顔でそう言った。
それから私と姐さんはすぐにお風呂を上がって保湿をし、髪を乾かして一階へ戻った。ちょうど博士たちの方も何かを伝えるために戻ってきたばかりのようだ。
ボスはまだ寝込んでいるようなので、それ以外の皆でいつものように椅子に座った。
「博士、何かわかったんですか?」と私は聞いた。
「小僧のスカートを少し切り取って電子顕微鏡での観察と、装置にて遺伝子情報の解析を行ったところ、興味深いことがわかったんぢゃ——このオモチャに使われている微生物は、地球の発酵食品に使われる微生物と似たDNAを持っておった」
博士はジュディスの頭のモニターに映された実験結果の表を見ながらそう説明した。
「えぇっ!? どういうことだ!?」とグレイ先輩が言った。
「——その発酵食品って、もしかしてオリジナルチーズですか?」
私が博士に尋ねると、博士は「正解ぢゃ」と言って頷いた。
「やっぱり……ミラクルカフカに使われてる微生物って、カビだったんだ!」
私はミラクルカフカの説明書にある微生物の顕微鏡写真と、ジュディスの画面とを見比べてそう言った。長い茎から咲いた一輪の花のような姿——既視感はあったものの、気がつくのに時間がかかってしまった。
「ちょっと待ってくれ。全然わかんねえんだけど!」
段々と魔法少女コスチューム姿が身に馴染んできているゼンがそう言った。姐さんとグレイ先輩も、ゼンと同じように何か知りたげな顔をしている。
「昨日も朝ごはんで当たり前のように食べたけど、チーズは元々地球発祥の食べ物なの。で、今宇宙社会で流通している殆どのチーズは発酵の手順を踏まずに科学的に生成されたものであって、地球で作られるオリジナルチーズとは違う。地球のはチーズを発酵させる際に、カビと呼ばれる地球の原始的な菌の仲間を使うの」
「はあ……」
グレイ先輩は大きな目を細めて息を漏らした。
「発酵食品って、宇宙に持ち出すと菌が死んでしまって味が変わる場合があるし、防疫の観点からも輸出入はだいぶ厳しく制限されてるよね。うちの星にもブグっていう発酵食品があるんだけど、別のところで見かけるとすっごい高くてびっくりするもん」と姐さんが思い出したように言った。
「さすが医者の姐さん! オリジナルチーズも同じ感じです。話が脱線しちゃいましたね——とにかくチーズに使われもするカビという菌ですが、地球には沢山の種類が生息しています。代表的なのはお風呂のカビ。地球に住んでたゼンは絶対見たことあるはず」
ゼンは少し上を向いてから、すっきりしたのか手を大きく叩いて言った。
「——あ! フロザトウか!」
「そう。地球のお風呂は掃除を怠ると、あちこちにざらざらした透明な粉みたいなのが現れるんです。カビの一種ですが、俗語でフロザトウって呼ばれることの方が多いんです。地球で暮らす人は、フロザトウがお風呂に出たらブラシとかで擦って洗い落とすんです——で、そのフロザトウの菌糸も、顕微鏡で見たらあんな感じ!」
私は説明書の顕微鏡写真を今一度皆に見せてそう言った。
「俺が今着てる微生物の正体が分かったのはいいけど、そんなの開発した会社に問い合わせればわかったんじゃないのか——っていうか、そもそもの話それくらい寄越した資料に書いてくれてもいいだろ」
ゼンはコスプレ姿のくせに、大真面目な顔をして言った。私たちはその何気ない一言に、目から鱗だった。
「え? 確かに——なんでそんな簡単なこと思いつかなかったんだろう……。ジアさんが持ってきた資料は結構な厚さだけど、なぜかこの微生物がカビの改良種だって、どこにも一言も書いてない……。でも、バイオテクノロジーを扱う会社がカビを知らない訳がないし……なんで教えてくれなかったんだろう」
私は思考を整理するために、不可解な点を口にした。ゼンの勘によって導き出された疑念が、会議中の私たちの頭上を曇らせている。異常な生産数の方に気を取られてしまっていたが、それ以前にこの製品が開発された経緯もなんだか怪しい気がする……。
「とにかく、ミラクルカフカのための微生物を開発した会社に問い合わせてみない? 答えをはっきりさせてから対策考えよ。アタシたち専門家じゃないしさ」
私たちは姐さんの提案通りにすることにし、ゼノ・ダンバイ社と今回のクソ商品を合同開発した株式会社Bワークスに映像通信を繋いだ。
最初に応答したのは営業部の人だった。私たちは今回の事情を伝え、開発事業部の人を呼び出してもらった。程なくして、Bワークスの開発事業部はすぐにやってきた。
『聞こえておりますでしょうか……我々が開発事業部の者です……』
Bワークスの三人組のうち、左の人が私たちの方へそう尋ねた。肌の赤みからミジニア人であると思う。真ん中は首が長く、顔がモップ状の毛で覆われていることから博士と同じミアーソ星系出身に見える。首は真っ直ぐで、博士よりだいぶ若そう。右は地球人らしかった。
「先ほどお伝えしてもらった通り、御社が開発した商品であるインスタント変身コンパクト・ミラクルカフカに使われている微生物について確認したいことがあって。単刀直入にお聞きしますが、これって地球の菌類であるカビを改良したものですよね?」
私がそう尋ねると、三人は途端に目配せをしあった。それから、真ん中のミアーソ人が引き攣った笑みを浮かべながら返事をした。
『ああ、よくご存知で……そうか、地球人の方がいらして……ハハ。そうです。カビの一種を改良したものになります』
「なあ、そんな大事なことくらい報告書に書いておいてくれよ!」
ゼンはチークのついた頬をさらに赤くして、不服を申し立てた。
「ちょっと!」
私が無礼を咎めるよりも早く、画面の向こう側で開発事業部の三人は気まずそうな苦笑いを浮かべ、よく聞き取れなかったが何かしらの言い訳をもごもごと言っているように見えた。
『——申し訳ありません。うっかりして大事な部分を書き忘れてしまったんです』
三人組の右の地球人男性がそう言った瞬間、マーフィー君のサイレンが鳴り始めた。ということは、彼らが嘘をついたことになる! 意図を追求してやりたいところだが、他の企業とトラブルになる真似は出来ない。
「なんなのマジで……」と姐さんがマイクに拾われないように、唇をほとんど動かさずつぶやいた。苛立ちのせいか姐さんの角が少し紫色になっている。
『——とにかく、また何かございましたらご連絡をお願いいたします。この度はお手を煩わせて申し訳ありません』
地球人が早口でそう言うと、Bワークスの三人は一斉に頭を下げた。それに対してジュディスが『全クダ!』と怒りを露わにするのと同時に、向こうから挨拶もなく通信を切られた。
「あいつら嘘ついてましたよね!? 最初からずっと煮え切らない感じで……絶対何か隠してますよ! こっちがとばっちり受けてるっていうのにむっかつく!」
私は通信が切れたのを確認してから悪態をつき始めた。皆も同じ気持ちらしく、それぞれ虫のいどころが悪そうな顔をしている。
「ねえジュディス、さっきの録画してくれた?」と私は聞いた。
『無論。後デ絶対上ニ提出シテ揉めロ!』とジュディスは答えた。
初めてジュディスと気が合った……。
「まじナイス! こうなったら絶対解決して、アイツらにも恩を売ってやるんだから!」
私はミラクルカフカのサンプルを睨みつけながら息巻いた。
「おおっ!」
ゼンとグレイ先輩と姐さんは勿論、それに博士とジュディスまで拳を掲げた。皮肉なことに私たちの士気は今最高潮に達している。今日はいつにも増して朝から叫んでばっかりだ!
「で、カビって確認を取ったとて、結局どうすんだよ! 俺はいつ戻れるんだ!」
状況はほんの少し進展したものの、依然として核心に至った訳ではない。ゼンはパニエから覗く膝を曲げて嘆き始めた。
「——カビに関して私、一個心当たりというか、ダメ元というか、一縷の望み的なのがあるんですけど……」
私は短い人生の中で積み上げてきた知識と記憶を手繰り、ある人物を頭に浮かべながら皆に言った。
「ほお。なんぢゃ?」と博士が興味深そうに尋ねた。
「プロフェッサー・チョウソカベ……私の知り合いの、古代地球文明に詳しい考古学者です」
また窓の向こうで流星群が光った。




