第十話 クソ商品を売りつけて
更新です! 本当に遅筆でごめんなさい……
2025/02/09 リライト版を更新しました!!!!!!!
「あー! 疲れた! 結局ずっとこればっかじゃねぇか」
ゼンが背中をのけぞらせて、鼻の付け根を指でつまみながらうめいた。私たちがバーバラの依頼を達成してすでに二週間。つまり私がこの特務部第三課で社会人デビューをしてから、もうそろそろ一ヶ月が経とうとしていることになる。
「仕方ないじゃん……言っちゃえばボスの友達の頼み事を聞いただけだし……」
私も目の下が凝り固まっている。パソコンの電源を切りながらぶっきらぼうに答えた。
「そうかもだけどさ、流石につまんねーぞ。頑張ったんだからなんかこう、ちょっといいことくらいあってもいいだろ」
ゼンは向かいの席から不満そうな顔を覗かせてきた。
「あのバーバラに制服仕立ててもらったし、いっぱい可愛い服貰ったし、もうそれでいいじゃん。ほら、残業禁止なんだからさっさと出るよ」
早くお風呂に入りたい私は、雑に返事をして席を立った。
「あ、待てよ!」
私とゼンだけでなく、第三課の皆もいい加減メール整理にうんざりしているのは同じである。しかし、所詮は皆社会の歯車に過ぎないので、上から仕事を与えられない限りはどうすることも出来ないのだ。エルラダから帰ってきて一週間くらいの間は、皆浮かれて鼻歌を歌ってみたりなんかしながらパソコンと向かい合っていた。かくいう私もついに宇宙を飛び回る仕事ができるのではないかとか期待していたのである。
そんなのも長くは続かず、何日経っても上から一報も連絡は無かった。ボスの顔は曇る一方だし、そして私たちも取り戻した自信を維持することが出来なくなった。こうして今、就業時間中のオフィスにはあの悲しい静けさがまた戻ってきている。ゼンが現況を嘆くのを私がこうして適当にあしらうのもこれで何度目だろうか。
「そういうステラもあんだけ制服喜んでたのに、結局私服着てるのね」
オフィスワーク用に特別ゆったりした、寝巻きみたいな格好をしていた姐さんが言った。あれもバーバラからのお土産にもらったやつだ。
「汚したくないんです! この前ジュディスに醤油かけられそうになった時、心に固く誓ったんです!」
私がジュディスを睨みつけると、ジュディスは声を荒げた。
『ナンダト! ワタシのセイと言いたイノカ』
「そうよ! 醤油差しの使い方がわからないからってぶん回して……ほんっと危なかったんだから」
先の仕事のせいで破壊された憎きジュディスも結局、召使いが必要な博士の手によって生き返ってしまったのだ。
いつもの調子で無駄なやり取りをしながら、今日も何か起こることもなく私たちは一日を終えた——。
翌日——その日は突然にやってきた。物事の流れが変わるのに何か前兆がある場合と、何の前触れもない場合があると思う。私たちの場合はまさに後者の方だった。
私が朝食当番だったので、眠い目をこすりながら味噌汁を作っていた時だった。ガラス張りの壁の向こうで、スタイリッシュでつややかな車体の宇宙車が一機着陸してくるのが見えた。私の見間違いでなければ、あの曲線美と上品な輝きを放つ優雅なデザインを施された車体は、有名なお金持ち御用達の高級車メーカー、“ユアラフマリノフ”社の車だ。そんな車の持ち主がこんな小惑星に用事もなく立ち寄るとは思えなかったが、何も心当たりがない。
「えぇ? こんな早くに——誰」
私はコンロの火を止めてから、不可解な来訪者に会いに駐車場に向かった。
私が謎の車の前に立った時、ちょうど中から持ち主が出てきた。
「えっ」
私は、来訪者の姿に見惚れて腰を抜かしそうになった。おそらく私と同じ地球人の、それは美しい切れ長の目をもった黒い髪の女性で、遠くの惑星の伝統工芸品である、宇宙の闇の色と同じ深みと輝きを放つ藍色の生地で作られたドレスを着ていた。姐さんと同じくらいの背丈の彼女は、私をじっと見つめている。
「あの……本社の方、でお間違いないですか? 一体、なんでこんなところに」
彼女の胸には私たちが勤めているゼノグループの親会社であり、惑星共同体ゼノ連盟の中枢機関、ゼノ・ユニヴァース社役員の証であるブローチが輝いている。私は緊張しながらそう尋ねた。
「はい。ゼノ・ユニヴァース社執行役員、ジア・オです。朝早くから失礼するわ」
ジアと名乗る女性は、やはり重役のようだ。執行役員という肩書きを持つ彼女は、この宇宙の最高権力者に最も近い存在だろう。ジア女史は、極限まで薄く削り出した水晶で出来た半透明の名刺を見せてきた。金色の刻印で会社のロゴがしっかりと刻まれていて、名刺と呼ぶにはあまりにも贅沢な代物だ。少し迷ってから、両手でうやうやしく受け取った。
「こ、こちらこそ……お疲れ様です。私、ステラ・ハシグチと申します。あの、名刺はまだ作ってなくて……」
「構わないわ。それにあなた、その名前に見た目——もしかして地球人? 同胞に会うのは久しぶりだから嬉しい!」
ジア女史は近寄りがたい美貌からは想像もつかないほど、気さくに話しかけてくれた。
「地球人です! 私も久々に自分以外の地球人に会いました……!」
無限に広がる宇宙社会、もはやその中で区別することが馬鹿馬鹿しいのはわかっているけれど、やはり同じ種族に会えるのは不思議な嬉しさがある。それはきっと、ジア女史も同じようだ。
「まさかこんなところで会えるなんて!」と女史が言った。
「お会いできて嬉しいです! 本日は、どのようなご用件でいらっしゃったんですか」
いくらジア女史が地球人でも、宇宙の中枢機関の中でも上層の人間がわざわざこんなところに来るのはおかしい。怪訝な顔をしそうになるのを堪えながら、ジア女史の方を見た。
「ここはゼノ・エクセルキトゥス社の特務部第三課の事務所で間違いないわね?」
ジア女史は落ち着いた声でそう言いながら、事務所の建物を一瞥した。
「はい。そう……なんですけど」
ジア女史は表情を変えなかったが、安堵したのか少し息を漏らした。
「よかった。こんなとこに事務所があるなんて。最初はナビが壊れたのかと思ったわ。早速本題に入るのだけど、今日は第三課のあなた達に、仕事を頼みたくて来たの」
「えっ?」
ジア女史の言葉に耳を疑って私は声を漏らし、女史はそれに大層不思議そうな顔をした。
「ん?」
「えー!?」
女史の顔を再度見た私は叫んでしまった。本部の人が、わざわざご足労いただいて持ってくるほどの重要な仕事って何?
しかし驚く私に今度はジア女史が驚き、目を丸く見開いた。
「どうしたの? 急に叫んで……と、とにかく中で少し話をさせてくれるかしら。部署の人を集めてくれる?」
「あ、あが……かしこまりました……どうぞ、こちらです」
調子の悪いロボットのようなぎこちない足取りで、ジア女史を建物の中へ案内した。
「とりあえず、こちらの席で少々お待ちください。部署の者にはすぐ準備をしてもらうよう声掛けしてまいりますので……」
「はい」
そう返事をしたジア女史は、膝の上に車から持ってきた銀色の丸いアタッシュケースを載せて、上品に席に座った。
その後すぐに二階へと駆け上がり、何度も呼び鈴を鳴らして皆を叩き起こした。
「本社の人が来ているんですよ! 起きて! やばいからほんとに!」
私が順番にそう伝えると、皆は血相を変えて準備した。そして五分経つ頃に悠々と博士がやってきて、ようやく特務部第三課の全員が揃った。
「お待たせして申し訳ありません……これで全員です。私がこの特務部第三課の課長、J・Jです」
ボスは女史の向かいの席に座っていた。一番緊張しているようで、例に違わず壊れたスピーカーから情けない声を流している。
「先ほどステラ・ハシグチさんの方からご紹介を頂いたと思います。ゼノ・ユニヴァース社執行役員のジア・オと申します。本日は朝早くに押しかけて申し訳ありません。緊急で我々から、特務部第三課の皆様にお願いがあって直接出向いた次第でございます」
ジア女史はボスと真逆で、落ち着き払った様子で話した。相当若く見えるのに、只者ではない凄みを感じる。
「は、はい——して、一体、お願いというのは……」
ボスは震えながら情けない声で尋ねた。まさかリストラなんじゃないか——バーバラの依頼を受けた件についてかもしれない。どんな恐ろしいことを言われるのだろう。私たちは身構えた。ジア女史が心なしか気まずそうな顔をしているのが気になる。
女史は少し待ってから、口を開いた。
「——平たく言うと我が社が大量に——っていうのは、天文学的な数字ってことよ——大量に在庫を抱えているクソ商品を売りつけて欲しいの」
そう言われるなり私たちは一斉に、噴火する瞬間の火山を見つめる時のような顔で女史の方を向いた。




