第八十五章 〜 ヴィッディーへの思い 〜
雄紀は、2人に何かを言いかけた。
すると、おじさんが、雄紀の肩に手を置いた。
雄紀が、おじさんに目をやると、おじさんは首を横に振った。
駐車場を見回した。
そこに、あるはずのヴィッディーの車も、当然なくなっていた。
ヴィッディーが運んで来た、金の媚薬や備品は、雄紀達が乗って来た車に全て乗っている様だった。
おじさんが、雄紀に言った。
「きっと、次元が変わったんだ。 聞いたことがある。 石の護の天使は、次元を操ることが出来るそうだ。 」
「じゃ、この世界は、ヴィッディーと、ヴィシュヌがいない現実に移行したと言うことですか? 」
「・・ヴィッディーの名前の意味は、“達成”、ヴィシュヌは、“現在”や、“現実”、“事実”の神様の名前だ。 」
「彼らは、現実を、“今”を達成したと言うことなんですか? 」
「そうだね。 彼らの、この世界での目的は達成されたという事なんだろうね。 」
スーリャが、おじさんの隣に来た。
「所長、何を話しているんですか? もう、暗くなってしまいましたよ。 」
「チェックインは、何時まででしたっけ? 」
ラディカが、電話の時間表示を見た。
「ごめん、ごめん。 行こうか。 」
おじさんが、車に向かって歩き始めた。
雄紀は、みんなの後ろをついて行った。
雄紀は、車に乗り込む前に、もう一度、ヴィッディーの家があった広場を見た。
目に焼き付けるように見つめて、素早く車に乗り込み ドアを閉めた。
ラディカが運転している。
雄紀は、ラディカに聞いた。
「ねぇ、心に何か不思議なことは無かった? 何か、訳もなく、心に ぽっかり穴が開いた感じがするとか・・。 」
「よく分かりましたね! そうなんですよ! 何故かは分かりませんが、ちょっと切ない感じがするんです。 ・・でも、不思議なんですけど、それが温かいんです。 恋の様な・・、でも、大きな存在に包まれている様な・・。 今、“不思議な気持ちだな”って思っていたところだったんですよ! 超能力者ですか!?、なんちゃって。 」
雄紀は、相槌のかわりに愛想笑いをした。
ラディカは 再び、スーリャと話し始めた。
『ヴィッディーらしいな。 』
雄紀は、心の中で思った。
きっと、ラディカの心の奥底に、ヴィッディーの思い出が残っていて、その思い出は、とっても温かいものなのだと、雄紀は思った。
雄紀に取っても、ヴィッディーは、かけがえのない、温かい存在だった。
口数は少なかったが、存在自体から温かさが伝わって来た。
突然、心の何処かから、化繊の布が炎にさらされた様に、急激に縮んでいくのを感じた。
雄紀の心は、固くなって痛くなった。
もう、耐えられないと思った瞬間に眠りに落ちた・・。




