第十九章 ~ 実験室 ~
雄紀は、毎日、一日のほとんどを研究室で過ごすようになった。
毎日が充実していると言う実感があった。
自分の中で計画を立てて、目標を立て、観察をする。
観察時に確認された現象を整理して推測し、仮定を立て、また仮定に基づいた実験を行う。
マイルストーンも、実験に必要なサンプル、器材も全ての発注、管理も任されていた。
夢のような生活だ。
雄紀の世界で所属していた研究室では、全てが教授と研究室の責任者の人たちによって管理していた。
雄紀の望みのほとんどは叶えられなかった。
雄紀の世界で、雄紀が在籍する研究所では、依頼者の意向に沿った実験・結果を出していかなければならない。
雄紀は、実験自体を選り好みしているわけでは無い。
発注された実験で、より信頼性のあるデータを得る為の、検体数、期間、設備等に当てる予算や見解が、雄紀のそれと合わないことが多々あったのだ。
本当に満足出来たことは、ほとんど無かった。
しかし、ここは違う。
全て、雄紀に任されている。
それに、何と言っても、全ての設備レベルが、ここは全く違う。
雄紀に取って、ここは夢の世界だった。
しかし、最初、おじさんからここを任せると提案されて、その状況に面食らった。
自分には、出来るわけが無いと思っていたからだ。
失敗して、おじさんをがっかりさせることに対する恐怖があまりにも強かった。
だが、半ば無理やり押し付けられてしまった。
しかし、ヴィッディーに助言を貰い、サポートを受けながら、“光る遺伝子”の謎を解明する為に、雄紀が思う最高の環境を作ることが出来た。
今は、自分には必ず“出来る”と言う自信があった。
いや、必ずやって見せると言う意気込みの方が強い。
しかし、人とは不思議なもので、毎日、自分の思い通りの生活をして、常に心が完全に満たされた状態にあると、それでは満足感を得られなくなって来る。
雄紀は、その軽く悶々とした感覚を自己研鑽の小さな目標を立て実行することで満足感で補い始めた。
自分を律することすら、“楽しい”と感じ始めていた。
雄紀に取っての一番の目標は、『傲慢にならない』であった。
特に、他者に何かを伝えようとして伝わらないことから来るイライラを相手にぶつけ無いように心がけた。
相手に伝わらないのは、自分自身の表現の仕方がまずいからだと思っているからであった。
雄紀は、今まで生きて来た人生の中で、何人もそんなふうに人にイライラをぶつける人たちを見て来た。
やたら、専門用語を使う人もその手合いだと思っていた。
「・・大体、やたらと専門用語を使うのは、自分は頭が悪いって言っているようなもんだからね。 本当に人に自分の考えを伝えようとしているのなら、専門用語でラベルを貼らずに、もっと繊細に言葉を選んで表現をするよ・・。 」
と、雄紀は、母親との電話での会話で語っていた。
しかし、教授は違った。
雄紀は、教授のことは本当に尊敬出来る人だと思っていた。
教授は真の人格者だと、雄紀は自分のことよりも自信を持って言えた。
そして、教授は、いつも雄紀の気持ちを汲んでくれた。
だから、申し訳ないとも思っていた・・。
「雄紀、どうだね? 実験の方は? 」
突然、おじさんが、実験室の休憩室に入って来た。
「え!? 何だろう? 」
防護服から覗く おじさんの目に、どこか掴み処の無い強烈な懐かしさを感じた。




