シニシズム(死に沈む)
白塩化症候群。
その病名を告げられた瞬間、僕の頭は真っ白になった。
身体の表面や臓器など、至るところが塩へと転じ、最後は自重にすら耐えきれずに砕け死ぬ病気である。原因も治療法もわかっておらず、もっと言えば発症するのが二億人に一人という難病だった。運の悪いことに、僕の場合は内臓から白塩化が進んでいくタイプであり、不調を感じて病院へと駆け込んだときには既に臓器の大半に白塩化の兆候が見えていた。
どうして僕なんだ、という気持ちが強い。
特段、自分が善性が強い人間だとは思っていないが、苦しんでいたり困っている人がいれば手を差し伸べるくらいのことはしてきた。ルールに厳格な訳でもないけれど、モラルに悖るような真似をした覚えもなければ、法律を破ったり誰かを傷つけるようなことをした覚えもない。
だというのに、二億分の一という確率を引き当ててしまったのだ。
「……余命は半年、といったところでしょうか」
無感動な医者の物言いにショックを受けつつも、気が付けば紹介状を持ってアグニにある白塩化症候群用の療養所へと向かっていた。
当然ながら大学は休学。
あと一年半で晴れて修士号だっただけに口惜しい気持ちもあるが、塩と化して砕け散るのであれば関係のない話であった。フランキスカ星系の主星アグニは0.88Gの低重力と柔らかな日差しが何とも心地よい場所であった。
アンドロイドが生活のほぼすべてをやってくれるのでそれぞれが好き勝手過ごしながら最期を迎えられるんだとか。趣味で農業をしているという男性からそんな話を聞き、それならばと映像を作成し始めた。
専用のヘルメットを使って脳内の情報を直接読み取る。出力された映像を編集していって出来上がったのは20分程度のショートフィルムだ。
古臭い手法だけれど、一人だけで作るには一番楽な方法でもある。安っぽいと批判されることもあるけれど、イスカ・ソトヲやツグーチ・ネンケンみたいに名作を生み出せる人間もいるんだから決して悪い方法ではあるまい。
そうして2か月ほど経ったある日、ついに臓器の白塩化が進行しすぎて倒れた。
余命半年じゃないのか、とも思ったけれど、よく考えたら半年後に死ぬのであればそろそろ不調が本格化してもおかしくはない。
医療用アンドロイドに世話をされながらそんなことをぼんやり考えていると、白衣を身にまとった中年男性が入ってきた。
どういう趣味なのか、虹色に輝く義歯を嵌めた男は、どこか粘つく笑みを浮かべていた。
「貴方に耳寄りな提案がございます」
男によると、白塩化症候群を治療することはできないが、臓器や身体を機械化することで生きながらえること自体は可能だという。
確かにどの臓器も機械で代替すること自体は可能だろうが、それを為すためには金が要る。
そして僕はしがない学生であり、どこをどうはたいても金など出てこない。この療養所だって国の制度を使ったから利用できるだけなのだ。
「いえ、研究のために代替し終えた貴方の身体を譲っていただけるならば、無償で構いません」
なるほど、めったにない病気の研究ともなれば、そういうこともあるのかも知れない。僕は一も二もなくうなずいた。契約書を取り交わすと男は機械化臓器や義肢を取り寄せて僕を機械化し始めることとなった。
時間との勝負だ、と言われ、僕の身体はチューブや電極がたくさん取り付けられたし、ナノマシンも嫌というほど流し込まれた。
それから先の記憶は酷く曖昧だ。
腕が外され、肝臓が取り出される。
真新しい脚が取り付けられ、感覚素子が五感を代替する。
ナノマシンの鎮静化作用か、それとも別の要因か。
変わっていく自分の身体を、目の代わりに取り付けられた感覚素子で他人事のように眺めていた。
「……気分はどうですか?」
「ああ、すっきりしています」
「それは良かった」
喉元に取り付けられているスピーカーからは、極めて僕のものに近い音が合成される。
体そのものは金属がメインなので200kg超えの超重量となっているはずだが、それに合わせて張力の強い人工筋肉を使用しているので重さは感じない。
むしろ、白塩化症候群に罹る前よりも軽いくらいであった。
しばらくはリハビリを行い、機械の身体に慣れる生活が続いた。
食事の代わりに、月に一度エネルギーパックを交換する。
睡眠は不要だが、過熱したCPUを休ませたり溜まったキャッシュを時々クリアする必要がある。
機械化した身体は人よりも頑丈で高性能なので、誤ってマグカップを握りつぶしたり、うっかりドアノブをねじ切らないように加減する訓練も行った。
そうして全ての訓練を終えた僕は、医者とともに元の惑星へと帰ってきていた。
「久しぶりの大学だ」
すっかり変わってしまった僕を、みんなは気付くことができるだろうか。
説明されてもわからないんじゃないだろうか。
星との間が離れすぎていて、メッセージ1つやり取りするだけでも1週間近くかかるのだ。始めこそがんばっていたが、だんだんと億劫になってしまったこともあって、ここ最近はとんと連絡もない。
気分はすっかり浦島太郎だ。
健康な時につるんでいた悪友の一人を見かけたので、声を掛けようと近づく。
が。
「……は?」
彼の隣には、僕がいた。
やや塩っぽい皮膚にはなっているものの、にっかりと笑う僕は大学生活を楽しむ大学生そのものである。
「どう、して……?」
僕の呟きに、医者は粘つく笑みを浮かべる。
「いやぁ、研究もひと段落しまして。せっかくなので、外した身体をもう一度組み立ててみましてね」
「あれ、は、誰だ?」
「さぁ? 貴方と同じ名前を名乗っていましたよ?」
もっとも、と医者は続ける。
「彼は貴方とは違って人として死ぬことを選びましたがね」
「ぼ、僕、は……彼、は……」
思わず膝から崩れた僕を心配したのか、僕が駆け寄ってくるのが見えた。
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