セブンスソード
激しい喧騒が飛び交う中、その青年は遠慮がちに声をかけてきた。
キャラバンは今にも出発しようとしていた。商人マチェットは嫌な顔を隠そうともせず言った。
「護衛なら間に合っている。よそを当たるんだな――」
青年は慌てて手を振った。
「いえ、次の町まで馬車に乗せてほしいのです」
そう言いながら、青年は人懐っこい笑顔を浮かべた。
「なんだ。俺はてっきり……」
マチェットは青年の腰に目をやった。装飾の一つも施されていない無骨な剣が、革製のいかにも手作りといった鞘に収まっていた。
「仕事を探している剣士かと思ったよ」
「そんな、剣士だなんて……」
いったい、どこのツボにはまったというのか、青年は身をよじらせて喜んでいるようだった。
「銀貨一枚だ」
「え……」
青年は一気に夢から覚めたような表情になった。銀貨一枚とは、つまりそんなふうに一瞬でもためらってしまうほど、ほいほい支払えるような容易い金額ではなかったということだ。
「道中、護衛もつく。飯も出す。交渉はなしだ。もう出発するから、ここで決めてくれ」
青年は口を真一文字に閉じ、むむむと顔全体で逡巡している様子であった。どうやら、青年は感情を隠すのが下手のようであった。
街道を馬車が行く。陽は高く、一面に広がる田園風景の緑が映えた。
ぱっと見は穏やかな景色、穏やかな日常が広がっていた。だが、その景色の隅々にまで目を凝らしてみると、街道は整備する者もおらず荒れ果て、田園は打ち捨てられ、どこもかしこも雑草に覆われるばかりであった。
青年は馬車の荷台に空けられた申し訳程度の座席に腰を下ろしていた。
「あんた、剣士さんかね?」
向かいに座っていた老人が話しかけてきた。その傍らには、こちらをうかがうように寄り添う幼い少女の姿があった。
最初、青年はそれが自分にかけられた言葉だとは気づかなかった様子で、思わず辺りを見回した。それから足元に立てかけた自分の剣に気づき、照れたようにはにかんだ。
「剣士だなんて、そんな……」
「剣士さんじゃないのかね?」
少女が疑るような目で青年を見つめ、老人の袖をギュッと握りしめた。
青年は少女に責められているような気分になった。おろおろしながら青年は答えた。
「いえ、剣士としては見習い中みたいなもので……。真正面からそう言われると、なんだか照れくさくて……」
老人の名はサルト、少女は彼の孫娘でミレと呼ばれていた。青年がその場で名前を聞いたわけではない。キャラバンの人達が彼らのことをそう呼んでいたのを耳にしていたのだ。
「年季の入った剣だね」
「ええ。倉庫に転がっていたのを、自分で鍛え直したんです」
「そっちの包みは何だね?」
荷物を詰め込みすぎて膨らんだ青年のリュックの側に、人の背丈ほどある板状の物を布でくるんだ包みが立てかけられていた。それは嫌でも人の目を引かずにはいられなかった。
「ああ、これは……」
青年が説明をしようとしたときであった。
「何が剣士だ。そんな貧弱ななりで、よく剣士を名乗れるものだ」
馬車の列を取り囲むように、キャラバンを護衛する傭兵達が馬に騎乗していた。青年の背後にいた、頑強な鋼の鎧に身を包んだ韋丈夫が話に割って入ってきた。
名はガルマン。歴戦の勇士で、傭兵団の長を務めていた。
「名乗るだけなら、誰にでもできるさ。だけど戦場に立てば、そんな奴から真っ先におっ死んじまう。泣き声を上げてね。たくさん見てきたよ、そんな奴らを」
傭兵団には珍しい、女戦士のヤミスであった。
青年は彼らとは目を合わせず、ただ恥ずかしそうにうつむいて、はにかむばかりであった。
ヤミスはふんと息を鳴らすと、ガルマンと共に離れていった。
「口の悪い人達ですまないね。あまり気になさるな。根は悪い人達ではないんだよ。いざとなれば本当に頼りになる人達なんだ」
「いえ、本当のことだと思います……。私ももっと頑張ります」
青年は、老人の横でこちらをうかがうミレに向け、小さくガッツポーズをつくってみせた。
「ところで、あんたはどこに向かおうとしとるのかね? どこかの国に仕えるなら逆方向に向かった方がいいんじゃないかね」
「いえ、仕官が目的じゃないんです。マギアの依頼で各地を飛び回っているんです」
「あの有名な魔法学院の?」
素直には信じられない。サルトの目がそう語っていた。
――確かに、こんな頼りなさそうな人間にマギアが依頼をするなんて信じてもらえないよな……。
青年は少し意地になった。そして気づけば、言わなくてもいいことを口にしてしまっていた。
「私は、天秤の魔女を探しているのです――」
話しながら青年は、自分のこの度々持ち上がる難儀な性格に自ら落ち込んでいた。
天秤の魔女。
秤の魔女とも呼ばれている。
「黒の魔導士はご存知ですか?」
「おとぎ話に出てくる悪い魔法使いだよ。おじいちゃん」
ミレがサルトにささやいた。お爺さんに教えようとする、その小さな姿はどこか微笑ましかった。
「懐かしいのう。わしも小さい頃に、母親からよく聞かされたもんじゃ」
この世界の人間なら誰もが一度は耳にしたことのある名前だ。
黒の魔導士――かつて世界の三分の一を滅ぼした魔法使い。
「おとぎ話の中だけの登場人物だと思っとったが……」
「実在していたそうです。そして、その黒の魔導士とどうやら関係があるらしいのです。その天秤の魔女は」
それを聞いてもサルトは表情を変えなかった。実感の伴わない、どこか遠い世界の話を聞いているふうにも見えた。
「大魔導士コロンの時代にも、魔法王国の滅亡に関わったと伝えられています」
「なんだかスケールのでかい話じゃのう。いったい、その魔女は今いくつなんじゃ?」
青年は首を振った。
「分かりません。今も生きているのかどうか……」
「そんないるかどうかも分からん者を調べようとしておるのかね」
「関わることになってしまったんですよね。思いがけなく……」
青年は小さく苦笑した。
「おじいちゃん……」
ふとミレを見ると、うとうととサルトにもたれかかってきていた。
「寝ておきなさい。野営地まではまだまだかかるでな」
ミレはサルトのひざに顔をうずめた。
「お二人は、どうしてこのキャラバンに?」
青年が尋ねるのと同時に、馬車の列はかつて村であったであろう廃墟に差し掛かった。護衛の傭兵達が先行して安全を確かめていた。
「ここと同じじゃよ。こんなふうに故郷は無くなってしまった。そのときに、この子の両親も……」
「魔物達に……?」
「いや……。国を失った兵達が押し寄せてきて……何もかも奪っていってしまった……」
青年はかけるべき言葉が見つからなかった。自分のことのように胸が痛んだ。
「クズどもめ――」
前を行くガルマンがそう呟いたような気がした。
世界は滅亡の危機に瀕していた。
地の底から魔物の群れがわき出し、国は荒れ、人々の心はすさんでいった。
魔物達は村や町を襲い、疑心暗鬼にとらわれた人々は互いに争い、醜い戦争がいくつもの国を滅ぼしていった。
「あんたも気をつけることだ」
青年は思った。
――こんな境遇でも、まだ他人のことを心配してくれる……。
まだまだ、この世界も捨てたもんじゃない。
青年は胸に温かいものがわき上がるのを感じた。
「大丈夫ですよ。私は誰よりも慎重で、臆病者なんです」
青年は自嘲するように微笑んだ。
陽はすでに山の稜線の向こうに沈んでいた。
太陽の残り火に照らされ、空は赤く青く美しく染め上げられていた。
世界は美しいなと青年は思った。
「はい、お兄ちゃん。どうぞ」
「ありがとう」
ミレが器に盛った具沢山のスープと黒パンを持ってきてくれた。
「おじいちゃんが、若いんだからたくさん食べなさいって言ってたよ」
サルトはこのキャラバンの雑用を担っているらしく、食事も彼一人で準備をしていた。ミレは自分ができる範囲で、お爺さんの仕事を手伝っていた。
ぱたぱたとサルトの元に帰っていくミレの後ろ姿を見送りながら、青年はスープを一口すすった。
――おいしいな……。
キャラバンは焚き火を中心に、間隔をあけ数台の馬車を円状に配していた。
青年は馬車に近い地面に油紙を敷き、その上に天幕にもなる布を今はポールを立てずに広げ座っていた。
「なんだ、ずいぶんと準備がいいじゃないか」
不意に声がかけられた。
顔を上げると、ガルマンが立っていた。
「いつでも野営ができるように準備はしてるんです。でも……」
青年はまた恥ずかしそうにうつむいた。
「昔、一人で一夜を過ごそうとしたことがあるんですけど……。心細くて、結局朝まで眠れませんでした」
青年は後頭部に手を当て、小さく笑った。
「バカなのか、お前。一人で野営するなど自殺行為もはなはだしい。それは勇気とは言わぬ。そんな奴は愚か者というのだ」
「いやあ、本当にそうですよね……」
ガルマンはふんと息を鳴らすと立ち去っていった。
――本当に悪い人じゃなさそうだ。
青年はガルマンの姿を目で追いながら思った。
彼と女戦士のヤミスは悪態をつきながらも、キャラバンの隅々まで目を光らせ、皆の様子を一人一人確認して回っているようであった。
一人で夜の原野を過ごすことは自殺行為だとガルマンは言った。
かつて街道沿いにまだ多くの村や町が健在していたとき、旅人はそこで宿を取り、屋外で眠りにつくなどと愚かな行為をする者はいなかった。
だが、その村や町の多くが失われてしまった今、この暴力が渦巻く荒地で一夜を過ごすことを余儀なくされる――それを誰が責められるだろう。
皆が寝静まった頃、それは起こった。
見張りについていた傭兵団の一人が叫んだ。次いで誰かの悲鳴が続いた。
流行り病が広まっていくように、恐怖が次から次へと伝播していき、やがて辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わっていった。
魔物の群れ――アンデッド達の襲撃であった。
青年が目を覚まし意識がはっきりする頃には、剣戟の音はすぐ側にまで迫っていた。
「取り囲まれる前に馬車を走らせるのだ!」
ガルマンの叫び声が響いた。
「奴ら、鎧を着ている。魔王の軍隊だ!」
誰に向けるわけでもなく、ヤミスも大声で叫んでいた。気がついた情報を仲間と共有するためであろう。
喧騒の中、魔物が攻めてきた側の馬車が、荷物を振り落としながら先発して走り出した。ぽっかりと空間があいた先にアンデッド――武装した骸骨の軍勢が、ガチャガチャと不気味な音を立てながら迫ってきていた。
先遣隊とおぼしき数体のアンデッドは、すでにキャラバンの中に入り込む勢いで、傭兵達と剣を交えていた。
いかにも華奢な体躯をしたアンデッド達は、武具を身につけていようとも、一対一では傭兵達の敵ではないように見えた。一合、二合と剣を打ちあう間に、次々と切り伏せられ、地に崩れ落ちていった。
だが、不思議なことが起きた。地に倒れたアンデッドは、ガチガチと不揃いの歯を鳴らしながら再び立ち上がってきたのだ。
「ミレ!」
サルトの悲痛な叫声が響いた。
地面に転倒したミレの前に、剣を振り上げたアンデッドの姿があった。
「いけない!」
ヤミスが地面を蹴った。だが、ミレを救うには、その距離はあまりに絶望的であった。
白刃がミレに振り下ろされる――。
サルトもヤミスも目をつぶった。その凄惨な光景を直視することができなかった。
――アイツら、絶対に許さない!
ミレに手を掛けたアンデッドを粉々になるまで打ち砕いてやる。ヤミスは全身が怒りの炎に焼かれていくのを感じた。
だが、次に目を開けたとき、そこにアンデッドの姿はなかった。ミレをかばうようにして青年が立っていた。
――!
青年から少し離れた場所に、アンデッドは転がっていた。青年が体当たりで突き飛ばしたのだ。
だが、すぐにアンデッドはカタカタと立ち上がろうとする。
「ダメだ! 奴らに普通の剣は効かない!」
ヤミスは青年の背中に向けて叫んだ。
「大丈夫――」
青年は振り向かず、そう答えた。そして、こう続けたのだ。
「スケルトンとは、いつも剣の練習をしていたんだ――」
青年はゆっくりと剣を引き抜いていった。
刀身が露わになっていく。剣は淡い燐光を放っていた。
「――それは!」
誰もが一瞬で理解した。それが魔力を宿した、尋常ならざる力を持った剣であることを。
アンデッドはその光を不愉快そうに顔をしかめた。顔の筋肉がこそげ落ち、表情などあったものではなかったが、確かにアンデッドは不快に顔を歪めたのだ。
怒り狂ったように、アンデッドは青年に突進していった。
その刹那、暗闇に一筋の閃光がひらめいた。
その光跡が消えた後、そこには鎧ごと両断された死者の骸だけが残されていた。切断面から埃が蒸発していくように、魔物はその形を崩し、土へと帰っていった。
「この剣はマギアの倉庫に眠っていました。そして、それを私が鍛え直したのです――」
青年は初めて会ったときと同じように小さくはにかんだ。
「魔法によって――」
青年は迫り来る魔物の群れに剣の切っ先を向けた。そして、つぶやくように何かを唱え始めた。
世界の在り方を揺さぶる理の力――魔法を行使するために。
呪文の詠唱であった。
青年は振り向かずに言った。
「私は剣士にはなれませんでした。どんなに憧れても……。でも、こんな私にも才能があったんです」
剣に宿る光がますます強まっていく。まるで闇から光を取り出しているかのようであった。
「私は剣士になれなかった――」
剣に集まる光は今や限界に達しようとしていた。もはや誰も直視することができなかった。
青年は叫んだ。それはまるで、自分に対して、世界に対して、確認を求めているかのような叫びであった。
「私は――、魔法使いです!」
そう言い終わるのと同時に、五条の光が剣の先より放たれた。
『サンクタルーモ』
聖なる光――。
その名を冠した理の力が今、アンデッドの群れへと放射状に伸びていった。
聖なる光はわずかに蛇行しながら、死者の軍隊を縫うように進んでいく。そして、その光の粒子にわずかにでも触れたアンデッドは――。
「奴ら、崩れていくぞ!」
ヤミスが叫んだ。
五条の光跡がその輝きを失っていく。死者達は、まるで溶けてしまったかのように、その姿を地上から掻き消していった。
「剣士に憧れて……。それでもあきらめきれず……今も剣を離せないでいる……」
青年はうつむいた。そこには、いつも彼が見せていた少し照れたような、はにかむ姿はなかった。ただ悔しそうに、歯を食いしばっているのが分かった。
「お兄ちゃん。かっこいいね」
青年の背中に幼い声がかけられた。ミレであった。
「魔法も使えて――。お兄ちゃん、魔法の剣士さんだね」
その瞬間、青年は救われたような気がした。神にではなく、この小さな少女の祝福に、青年の心は救われたような気がした。
――魔法剣士……。
胸の内が晴れ渡っていく。霞んでいた世界が鮮明に色づいていく。
――いい響きだな……。
青年はまた照れたように、ミレに微笑んだ。
「まだ終わってない! あれは何だ!」
駆けつけ、その一部始終を目撃していたガルマンが、崩れ落ちた死者の軍団の向こうに、巨大な影がうごめくのを認めた。
「トロールだ!」
山のような影が持ち上がった。顔の半分を占める一つ目が暗闇に浮かんでいるように見えた。
トロール達は――そう、一体ではなかった――アンデッド達と同じく鎧を身にまとい、手には丸太のような鉄の棍棒を握りしめていた。その怪力に見合った、重厚な鋼の板をいくつもつなぎ止めた鎧は、あたかも動く要塞のようでもあった。
青年が飛び出す。
「やめるんだ! トロール達には、魔法が効かない!」
青年はちらっと振り向いて笑った。
「言ったでしょう。私は、魔法――剣士なんですよ!」
走りながら、青年は小さく呪文をつぶやいた。
――マギアの倉庫に保管されてたのは、この剣だけじゃなかった。
全部で七本――。
柄が失われていたものもあった。
でも、それをすべて鍛え直したんだ――。
――魔法で!
そのとき、キャラバン内で異変が起きた。
青年の荷物が震え出したのだ。
――何だ?
ヤミスが確認しようと顔を近づけたとき、荷物の中の包みが裂け、何かが飛び出していった。
六振りの剣であった――。
どれも淡い光を放っていた。柄はなく、剣というよりは、鋼を精製した結晶のようにも見えた。
ミスリル――。
白銀を魔法で鍛えた、破壊不能の――世界の理の枠外にある――金属であった。
青年の背丈ほどの大剣が一対。青年が手に持つ剣と同じ大きさの中剣が一対。そして、片手でも容易く扱えそうな小剣が一対。
その六振りの剣が、青年を取り囲むように宙に浮かんでいた。
トロールが迫ってくる。醜悪な鉄の棍棒を振り上げて――。
青年には剣士としての才能がなかった。どんなに憧れようとも。
大剣を振るうための力がなかった。
――でも、自分の力で振れない大剣も……。
魔法の力なら、誰よりも早く振ることができる!
宙に浮かんでいた大剣が、目にも止まらぬ早さで縦に振られた。また、宙に一筋の閃光が走った。
一刀両断――。
トロールは何が起きたかも知ることなく絶命していた。
背後から、別の一体が青年に襲いかかる。
「危ない!」
ヤミスが叫んだ。
青年は剣士としての才能がなかった。
どんなに早く反応しようとしても、身体がその反応速度に追いつくことができなかった。
――でも、魔法なら……。
どんな達人よりも、早く反応することができる!
一対の中剣が交差し、トロールの重たい攻撃をいとも容易く受け止める。動きの止まったトロールにすかさず小剣が襲いかかる。小剣はトロールの巨大な一つ目に突き刺さっていた。
トロールが苦悶の表情を浮かべ、もんどり打つ。そこを大剣が一閃――巨体を横に薙ぐ。後には真っ二つに割れた肉塊がただ残された。
蹂躙という言葉がふさわしかった。
怪物に人が蹂躙されるのではない。
その巨大な怪物達が、憐れに思うほど惨めに、圧倒的な力の前に押し潰されていくのだ。
――いったい、どっちが怪物だっていうんだ……。
ガルマンは口の中に苦いものを感じながら、その惨劇をただ見つめていた。
キャラバンは目的の町に到着した。
傭兵達の中に負傷者は多数いたが、奇跡的にも死者は出なかった。
それは文字通り奇跡だったのだ。
キャラバンが出くわした魔王の軍勢は、小さな国なら一つは落とせる威勢を誇っていたのだから。
「お別れです……」
青年はサルトとミレに別れの挨拶をしていた。
「お二人は、このままキャラバンに?」
「そうさなあ……。行く当てもない。どこか落ち着ける場所が見つかればいいんじゃが……」
サルトはミレの頭を撫でた。
「東に向かうことがあれば、ルアンという国を訪れてみてください。そこまでは、まだこの騒乱は届いていません。いい人達ばかりで、きっと快く受け入れてくれるはずです」
「ありがとう。いつか必ず訪ねてみるよ」
青年はにっこり微笑んだ。
「それでは失礼します」
「ああ、あんたも気をつけるんだよ」
青年がその場を離れようとすると、サルトに隠れるようにしていたミレが口を開いた。
「お兄ちゃん、また会える?」
青年はしゃがんでミレと視線を合わせた。そして「きっと会えるさ」と笑った。
ミレも笑った。青年は少女が笑うのを初めて見た。
「おお。そう言えば、あんた。名前は何というんだね?」
青年は答えた。
「ソラ……」
サルトが「変わった名前じゃの」と言うと、青年はまたあの恥ずかしそうな、人懐っこい笑顔を浮かべた。
「よく言われます」
そう言うと、青年はゆっくりと去っていった。
世界からゆっくりと魔法は失われようとしていた。
魔法時代の終焉――黄昏の時代であった。
黒の魔導士、白の魔導士――多くの魔導士達が伝説の中へと消えていった。
青年は最後の大魔導士。そして、最後の剣聖と呼ばれた。
その二つ名は――セブンスソード――。
六つの剣に守られし、七つ目の聖なる剣。
それは青年が手に持つ聖剣を指すのではない。
青年自身が七振り目の最後の希望――聖剣であったのだ。