神隠し\前
【ゆめのなか】
夢を見る、幼い頃から同じ夢。
見るのはいつも変わらないまま、ごうごう、ごうごう、炎は燃える。
俺はただ、何が奉られてるかも分からない祭壇を拝むだけ。
炎のせいで身動きはとれないくて、どうして拝んでいるかも分からない。
そのまましばらくすると、座っている筈なのに落ちるような感覚に襲われて───
───そうしていつも、顔の見えない誰かに抱き留められる。
顔は影で見えなくて、服は山の修験者のようで、硬い体はどうにも温くて、なんだか眠くなってくる。
そうやって瞼を閉じる直前、顔の見えない筈の彼が微笑んだ気がした。
【神隠し】
夢から覚める。
白が黒板を叩く音が木霊する教室の壇で、中年の教師───加賀之紀が口を開いた。
「これから校外学習の班分けをする。誰と組んでもいいが班長と記録係は班に絶対一人はいるから、そこはちゃんと考えろよ。」
加賀先生は仏頂面でそう言って、立席の許可を出す。
この担任はその強面故か熱血教師だと間違われがちだが、その実相当な放任主義である。本人も自己紹介で『問題さえ起こさなければ何をしてもいいが、尻拭いはしてやらん』と宣言しているため、下手な熱血教師が担当するよりクラスの治安は良いと思う。
「ねえ、秋葉君。
わ、私と、班……組んでくれない?」
得体の無い事を考えていたら、クラスメイトの女子───美野和紗に声をかけられる。
「いいけど、他のメンバーはいる?いないなら……「い、いる!いるから!安心して!ね!?」そ、そう」
ずい、と顔を近付けられ、念を押される。
やはり、この子は苦手だ。
元気であるのは良いことだし、誘ってくれるのは嬉しいのだが、なんだか必死すぎて目が怖い。
「おい美野、結城が困ってんだろ?そこら辺にしとけ」
「ええっ!?ご、ごめんね秋葉君。私、つい舞い上がっちゃって……」
「ううん、大丈夫。ありがとう、秋人」
美野さんを止めてくれた友人、柊秋人に礼を言い、二人と共に席を移動する。
教室を見渡せば、他のクラスメイトはもう班で集まっているようだ。
話し合いの結果、班長は俺、副班長は秋人、記録係は美野さんということになった。
他のクラスメイト達も話し合いが終わったようで、先生が着席を促す。
「全員席に着いたな?なら後はプリント提出したやつから帰って良いぞ。帰りの挨拶は省略だ」
そう聞くや否や、クラスメイト達は教室を出ようとする。
「そういえば、ここいらで幼児が拐われる事件が増えてるらしいから気をつけろよ。流石に高校生が拐われる事は無いだろうけどな」
そう言うと、先生も教室を出ていった。
それを見送って、俺も教室を出た。
学校を出て家へ向かう最中、いつものように神社の前を通りがかる。
家のある住宅街は比較的郊外の方に有り、田舎から来た人なら『ここ本当に東京?』などと言うことだろう。
そうして、ふと気づく。
人のいないはず神社から鈴の音が聞こえるのだ。
人気は無く、この時間帯なら参拝客もまず居ないだろう。
であれば、誰が鈴を鳴らしているのだろうか。
好奇心に誘われた俺は、制服のまま神社へと足を踏み入れた。
“一寸先は闇の底
境を踏み越え常世を外れ、行き着く先はなんとやら
蛇の道は蛇とはよく言えど、天狗の道は何処へやら
火伏せ天狗の愛し子はただ、夢を見るようにひっそりと、現実から姿を消した”
『妖しげな八卦見』