第3回「さくら(独唱)/森山直太朗」
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くまくま17分
麗らかな陽気。
晴れ渡る空の下、薄紅色の花びらが風に揺蕩う三月。
卒業式も終わり、青空を彩る桜色の天幕の下で私は同級生たちと先輩を見送る。春の日差しに照らされた晴れやかな笑顔が眩しい。
式の途中から限界だった涙腺が、先輩を前にすると決壊して私は滂沱の涙を流す。
「ちょっと、泣き過ぎ……」
「ぜん"ばい"………」
顔一つ分小さな先輩が、困ったように眉根を寄せながら口元に微笑を湛えていた。
そしてゆっくりと手を差し出すと、私は少し屈んでその下に入る。
「よしよし♪」
先輩は目を細め、優しい眼差しと優美な微笑を向けて来る。
もう二度とそれをして貰えないと思うと、寂しさに胸が切なく締め付けられた。
堪らず、私は人目も憚らず先輩を抱き締めた。
先輩の艶やかな短髪が揺れる。自分よりも背の低い彼女は思ったよりも華奢で細く、両腕の中にすっぽりと収まった。
「卒業して欲しくないです……」
「それだと大学受験、無駄になるんだけど…」
苦笑を浮かべて居るのは見なくても解る。
困らせてばかりの私はきっと、出来の悪い後輩なのだろう。
それでも、感謝の言葉だけは伝えておきたい。
意を決して私は先輩と向き合う。
「先輩が、教えてくれたんです。バレーは楽しいって。先輩のお陰で、私は……っ 救われ、ました……っだから、………だからーーーー」
これ以上は言葉にならず、また嗚咽を漏らす。
背が高い。ただ、それだけの理由でおだてられるままに中学のバレー部へ入部した。
けれど、運動経験の無い私は皆の期待に応える事ができなかった。
だから高校入学当初、私はバレー部に入るつもりはなかった。
友達の付き合いで見学に行って、先輩と会った。
優しげな眼差しで屈託なく笑う先輩は、遠巻きに見てもとても眩しかった。
そんな先輩のトスでスパイクを決めた時、さっきみたいにポンポンと頭を撫でて褒め上げてくれた。
その時から、私の世界が今までと違って見えた。
先輩のトスを決めた時、鳥肌が立つ程嬉しかった。
先輩と同じコートに立てるのが嬉しかった。
先輩と一緒に練習できるのが嬉しかった。
どんなに辛く苦しい時も、先輩はいつもと変わらず優しげに屈託なく笑っていて、それだけで頑張れた。
先輩とのバレーが、私にとっての全てだった。
「それじゃあ、後の事はお願いね。新部長♪」
そう言われたら、応えるしかない。
「はいっ!」
涙を拭い、背筋を伸ばして高らかに。
「また、何年か後に会いましょうね」
それまで、元気で。
別れの言葉に、震える喉に力を込めて返事をした。
どうか先輩もお元気で。
その言葉で、先輩との卒業式を締め括った。
夕暮れ時。黄昏色に染まる空の下で桜がひらひらと風に舞う。
校内の桜並木を眺めながら私はゆっくりと歩く。
十年前。先輩の卒業式に顔を涙でぐしゃぐしゃにした事を、まるで昨日の事のように思い出す。
今日はその先輩とOG会で久々に会う約束だ。
そこで私は当時の思い出に浸るべく、桜色の天幕を見上げながら歩いていた。
あれから私は、先輩に教えてもらったバレーの楽しさを胸に、今もバレーを現役で続けている。
今の私は、先輩にどう映るのだろうか。
不安と期待とがない交ぜになって、どこか落ち着かない。
そわそわしながら歩いていると、一人の女性の背中が見えた。
振り返った彼女はあら? と一瞬だけ目を丸くした。
そしてその後で、優しげに目を細めて屈託なく笑って、
「久しぶり」
春風に揺れる長髪を掻き上げながら、優美な微笑を向けて来た。
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