バイト先のお姉さん(変人)登場
総司は騒動の後、バイトの届け出と面談を無事に済ませた。
終業式の放課後はもう夏休みだ。
バイト先となる真白のアパート、その管理人もとい雪菜の叔父へ挨拶をするために四人で管理人室を訪れていた。
「初めまして、私は五十嵐時篤。と言っても四人共面識はあるのだがね」
管理人室に行くと、雪菜の叔父、時篤が出迎えてくれた。
彼は叔父というくらいだから年齢が高めと思いきや、まだ三十一歳と若かった。
さらに見た目は、二十代半ばか後半のように見えるほど若々しい。
身長が高く全体的に細いのでフォルムは優男っぽいが、目付きが多少鋭く強面風だった。
彼より先に自己紹介をした時、総司は微妙に恐々としたが話してみれば普通のお兄さんという感じであった。
「そうですね。俺は軽く会釈した程度ですが」
総司は二号室(真白が住む部屋の隣の部屋のこと)へ出向く際、会話はしなかったが何度か出会っている。
まさか雪菜の叔父だとは思わなかったが。
一方で雪菜は親戚だし、飛角はその彼氏なので親交はそれなりだ。
真白に関しても住人だから、色々と世話になっていて全員面識があった。
そのおかげで、まとめて雇ってくれた訳でもある。
「さて、早速だが仕事の説明をしようか。君たちにやってもらう事は簡単。とりあえず、付いて来てくれ」
彼は言いながら管理人室を出て行き、その後ろを四人は付いて行った。
「――と、こんな感じだ」
三十分ほど掛けてアパート内を巡回しながら、時篤が仕事内容について教えてくれ、最後はまた管理人室に戻ってきた。
やることは多いが、高校生になら基本的に出来る仕事内容だった。
ただ、いくつか疑問があった。
「あの、質問がありまして」
総司は気になった事をメモっており、彼の説明が終わるとすぐに質問をしようとする。
「ああ、いいぞ。と、その前に……おい、出てこい。いつまで寝てるんだ」
時篤は総司に快く返事をしたかと思えば、管理室の奥のドアに向かって、そう声を掛ける。
「あ、はいはーい。出番ね」
するとドアの向こうから若い女性の声が聞こえ、バンッ! と勢いよく扉が開かれる。
想像通り若い女性、というより少女っぽい人物が姿を現した。
「はいどうも、穀潰しの如月一花でございます。おうおう、可愛らしい少年少女が揃っとりますなぁ」
ドアから出て来た彼女は、大げさに見渡すような動作をしながら四人の顔を一瞥していく。
情熱的な赤い色のポニーテールが印象的だが、彼女は驚くべきことにもっと印象的な姿をしていた。
一花は上こそTシャツを着ていたが、その下は下着のみだったのである。
「貴様! なんだその恰好は! 人様の前だぞ」
「あらあら、こりゃお恥ずかしい。いやん」
時篤がそのだらしない恰好を咎めるも、一花は全く反省していない。
彼に顔を洗って着替えて来いと言われ、一度彼女はドアの向こうへ引っ込んだ。
四人は意味不明な展開にぽかんとするのみだった。
# # #
「それで叔父様、彼女は一体?」
五分後、顔を洗い着替えて来た一花が再登場すると、真っ先に雪菜が興味深そうにしながら質問する。
というか、少し警戒しているように見える。
人前で軽々しく下着姿を晒すような女性がいれば、恋人をすぐそばにいさせたくないというのは当然だろう。
「彼女は、私が4年前に高校教師をしていた時の教え子で今は大学生三年生だ。まぁ、色々あって今年の夏はここに住まわせることになった。もし馬鹿な真似をしたら即刻、叩き出してくれて構わない。代わりの者を寄越そう。基本的には無害だから安心してくれ」
「そうですか。叔父様がそうおっしゃるのであれば」
雪菜の質問の意図を察したのだろう。
時篤が「ああ、君には恋人の飛角君がいたんだったな。人員配置のミスは認める」とも付け加え、しっかりフォローを入れると彼女は納得したようだった。
「そう言うわけで、司君、質問があるんだったな」
「はい」
「実に申し訳ないのだが、この後、私は重要な予定が入ってしまってな。時間が取れそうもない。如月はこの夏休み中、君らをサポートする手筈になっているというか責任者だ。だから、質問は基本的に彼女にしてくればいい」
「あ、はい。分かりました」
どうやら、彼女は時篤の代わりの責任者らしい。
若いとはいえ、自分たちよりは年上っぽいので、常駐の管理人になるのだろう。
そして、彼は総司たちのサポートを一花がするとは言ったものの、おそらくは真逆のはずだ。
総司たちには出来ないことを彼女が受け持ち、清掃や簡易的な設備点検などの雑用を四人が任せられる予定だった。
「あらダーリン、酷い言い草ね」
「な⁉ 何てことを言うんだこの馬鹿者!」
「叔父様……」
時篤に軽いボディタッチをして、一花は爆弾発言をする。
どちらも成人とはいえ、高校時代の教え子に手を出したとあって、雪菜は冷ややかな目で彼を見ることになった。
「ち、違う! 私は潔白だ。十ほど離れた子供に手を出すわけが無いだろう。貴様、どうしてくれる⁉ 今すぐここから追い出すぞ!」
「ごめんちゃい。もうそんな冗談は言いません。先生許してください」
時篤が酷く声を荒げれば、一花は流石に追い出されるのはまずいと思ったのか、すぐに謝った。
どうもそういった関係ではないらしい。
「こほん。すまない取り乱した。彼女はこの通りちゃらんぽらんのロクデナシだが、仕事は出来る”優秀な馬鹿”だ。彼女とよろしくやってくれ。では、もう時間だ。失礼する」
彼は大声を出して狼狽えたことが恥ずかしかったのか、赤面しながら言い残して管理人室を出た。
そうして、四人と変人一人が取り残された。
# # #
「はい、では。みんな、名前だけでいいから自己紹介よろしく。私の事は後で追々詳しく話しちゃうからどうぞどうぞ」
時篤が無くなるとパンパンと一花は手を叩き、全員に自己紹介を促す。
「五十嵐雪菜です。短い間になりますがよろしくお願いします」
先陣を切ったのは、時篤の姪と言う事もあって雪菜だった。
その後、飛角、総司、真白と続いた。
「オーケーオーケー。雪菜ちゃんに真白ちゃん、馬竜君に司君ね。はい、一月半よろしくね~」
彼女は全員の自己紹介を聞き終えると、ふんふんと頷いて手をひらひらと振る。
「なんで、男勢だけ名字なんすか?」
女子と男子で名字で呼ぶか名前で呼ぶか、と違っていた事に飛角が気になったようだ。
それは他の三人も同じだった。
「んーだってさ、さっき雪菜ちゃんが私を見て嫌そうにしてたし。まぁ、そう言う事よね。なら、他の女が彼女がいる男の子に慣れ親しく下の名前で呼んじゃ、どうかなってね? ま、私は好きな人がいるから、安心して欲しいんだけど」
かなり緩い性格の人物かと思えば、しっかりとそこまで頭が回るらしかった。
彼女なりの配慮らしい。
「わ、わたくしは別に……」
「なら、そもそも俺は関係無いんですけど」
雪菜は飛角に対する想いが露呈して恥ずかしそうする。
一方、総司は一花がそう言う理由で名前呼びを避けたなら、全く関係が無いので彼は苦笑気味で言った。
「ほへぇ、うんうん。なるほど。じゃ、君は馬竜君から飛角君に変更。はい、今日はシフトじゃないでしょ。雪菜ちゃんペアは帰って良し! ばいなら~」
「あ、はい。お疲れ様でした。お二人共また明日」
「じゃあなー。頑張っとくれー」
と、二人はあっさり帰って行った。
今日はこの後、デートの予定があるらしい。もしかすると、一花は何かを察して彼らを先に帰したのかもしれない。
「で、そっちの事情は何かね?」
「あー俺は別に恋人はいないので、呼び方に配慮はいらないって事です」
一旦、放置された総司だったが、にこやかに一花から尋ねられてそう答えた。
「ふぅん。なるほど。真白ちゃんはそれでいい?」
「なんで私に聞くんですか?」
「いやぁ、なんとなく」
「別に、司さんとは付き合ってないです!」
どうしてか真白にそんな質問をした一花。
それに対し彼女は訝し気にしつつ、語尾を強くする形で回答した。
「了解。てっきり、両ペアとも恋人同士かと。先生が片方がカップルで、もう片方も家を出入りしてるくらいだから、配慮してやれって言われてね」
「ああ、なるほど」
「で、二人は付き合ってないってことは友達なんだよね?」
「はい」
一花の問いに総司は肯定し、真白も頷く。
ようやく理解してもらえたらしい。
「はい、じゃ、改めてよろしく」
「「はい。よろしくお願いします」」
一花は「失敬失敬」と勘違いを謝り、二人の肩に両手を置いてそう言えば、総司と真白は軽く会釈しながら声を揃えた。
「では、次のシフトから頼むよ。ばいなら~」
言って、彼女は手を振り二人を送り出す。
「さ、さようなら」
「さようなら」
総司と真白は一花の人柄を掴み切れないまま、管理人室から出て行き二号室に向かった。
今日は予定があって投稿時間が遅れましたが、明日、明後日も同じ形になると思います。
というわけで、夏休み編第一話目はバイト先の変なお姉さん登場回でした。
次回はじれじれ甘め成分多めの、お話をお届けしようと思います。
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