ある夏の日の絶望
「おい、マジか」
総司は自室のリビングで、呆然としながら絶望を味わっていた。
今年もやってきた夏。
それは、未だにクーラーが作動していない灼熱の学校から帰ってきて、ようやく快適な空間で過ごせると思っていた矢先の出来事だった。
「嘘だろ。動かねぇ。昨日まであんなに元気だったのに……。頼むから返事をしてくれよ! 十八度に設定しましたって、もう一度言ってくれよ!」
彼はエアコンに向かって、まるで戦場で死にゆく盟友に語りかけるように叫ぶ。
だが、エアコンはうんともすんとも言わなかった。
完全に物言わぬ仏になってしまったようだ。
その瞬間、エアコンが壊れたのだということを彼は理解した。
「どうしよう。まだ引っ越してきて三か月半だぞ。動かし始めたのも最近なのに」
まさかこんな形で夏を迎える事になろうとは思わなかった。
頼れる仲間は扇風機のみ。
この装備では、過酷な夏を乗り切れるわけが無い。
総司は急いで、マンションの管理人に連絡した。
「え? 最低でも五日は掛かるんですか? はい、はい、そうですか……分かりました。では五日後、また連絡します」
その電話で彼はさらに希望を失った。
すぐにエアコンが直るとは考えていなかったが、業者が来るまで五日も掛かるとは想定していなかった。
どうやら、日本全国で総司と同じ苦しみを味わっている人たちが多くいるようで、業者のスケジュールはいっぱいいっぱいらしい。
総司は大変な事になったと、真白に「戦友が死んだ」と連絡した。
彼女は今日は来る予定が無かったが、明日は約束してある。
しかし、しばらくはこんな地獄のような部屋に入れられるはずがない。
そう思って彼は数日の約束をキャンセルしようとしたのだが……
『こっちにくる?』
と、全く予期していない返答が来た。
# # #
「今日は予定があるって言ってたのに、本当に良かったのか?」
「急に無くなったから大丈夫」
総司は部屋のドアから顔を覗かせる真白とそんなやり取りをする。
連絡した際、とりあえず部屋に涼みに来たらどうかと誘われたのだ。
”いい話”もあるからと意味深に言われて、彼は戸惑いつつも真白が住んでいるアパートにやってきていた。
「入って、と言いたいところだけど、散らかっているから今日は無理」
「ん?」
てっきり、真白の部屋で涼ませてくれると思っていたのだが、総司の勘違いだろうか。
彼女からそのように言われてしまう。
混乱していると、真白が続けて言った。
「ごめん。言葉が足りなかった。司さんにはこっちに来てもらおうかと思ってて。こっちの部屋、今は誰もいないから使っていいよ」
「どういうことだ?」
彼女は部屋から出てくると右隣の部屋を指差し、そしてその部屋のドアを開ければ、総司は玄関に案内される。
部屋中にエアコンが効いているようで、玄関までひんやりとしていて彼は生き返る様な気がした。
が、まだ、真白の真意は分からない。
玄関の中で総司は大人しく説明を聞くことにする。
「この部屋と向こうの部屋はうちの両親が借りてる場所で、前は民泊用の部屋だったの。でも、私が進学して片方を使うようになったから、今はどっちも民泊自体は休止中。それで空き部屋になってるから、エアコンが直るまで住んでみればどうかなって」
「なるほどな」
ようやく合点がいった。
彼女の両親は民泊業を営んでいて真白が一人暮らしをする際にあたり、片方が彼女の住居になったので民泊業をストップさせて、その部屋が余っているということらしい。
おそらく、片方だけでも営業を続けなかったのは、娘の部屋の隣に誰だか分からない人間が出入りするのを考慮した結果だろう。
それで、真白はエアコンが直るまで総司に一時凌ぎの場所として、提供しようと考えたらしい。
ただ思ったのは、真白の部屋の隣に怪しい人が出入りしないようにとしていると仮定するならば、彼女に勧められたとはいえ、自分が入って行っても良いのだろうか。
それに数日だろうとも、総司がここで暮らすには色々な問題がある。
もちろんこの部屋で過ごすことになれば、その費用は彼が払う予定だが、電気やガス代などは一度、真白の両親の所に請求が行くのではないかと思えば、そう簡単に「はい」とは言えなかった。
「ありがたいけど、そっちのご両親がどう思うか分からんし」
「問題ない。好きに使っていいって言われてるから」
「けどなぁ」
「どうしたの?」
まだ、他にも問題があり過ぎる。
前述した問題をクリアしたとしても、同級生の部屋の隣で暮らすのはいかがなものだろうか。
同じ部屋でないにしても、少し違和感がある。
そもそも真白自身は数日だとしても、知り合いの男が隣に住み付くのは嫌ではないのか?
色んな疑問が思い浮かんだが一人で考えても解決することではないので、総司は真白に全て質問してみる事にした。
# # #
「……じゃあ、住むのはやめにして、放課後だけここに来ればいい。まだ、夜は涼しいし」
全ての質問を終えれば、あっけらかんとした表情で言われた。
放課後、遊びに来るくらいなら総司が出入りするのはそれほど問題ないように思われる。住むよりは明らかに健全だ。
光熱費は彼女が数日に一度、この部屋の掃除をしており、それを総司が受け持つことと、物置になっているのでそれの片付けを手伝うことでバイト代とするつもりらしい。
隣の部屋に男が出入りする件についても、友人なのだからそんなことを気にする必要はないとまで真白は言い切った。
また、今までは真白が総司の部屋に行っていたが、それが逆になっただけとも言われた。
つまり、問題は解決してしまったということだ。
「そうだな。今日から五日間、放課後はここに世話になろう。その代わりこの部屋の片付けとか掃除は任せてくれ」
こんなにあっさりと決まっていいのかと考えつつも、まぁ妥当なラインだろうと彼は受け入れた。
「ん、これで私が移動する手間も無くなったし、期末試験の勉強時間も確保できる。良かったね」
「だよなぁ。そうなるよなぁ」
勉強が苦手な総司に向かって、真白は意地悪く口元に手を当て笑う。
彼の方は放課後、熱さを凌げる喜びと勉強時間が増える苦しみに葛藤させられた。
「ちゃんとご褒美も用意してあげるから」
「頼んだぞ、極夜教官」
彼女は落として上げるタイプらしい。「ご褒美」の名を出して総司のやる気を引き出せる作戦だろうか。
無論、彼はそれに乗るしかないので苦笑して言った。
「はい、任された」
真白は笑みこそ見せなかったが、口元を緩め敬礼する。
こうして五日間の放課後、この部屋で過ごすことになったのだが、いくつかの問題が彼に降りかかることをまだ総司は知らなかった。
うーん、暖房が効いている部屋で、この話を投稿するのはかなりの違和感がありましたw
いや、逆に設定温度を爆上げすれば夏に近づくのでは? と思いましたが後で家族の者にぶっこr……叱られるので止めておきました。
ともあれ、冬でも夏の話を読みたいと思われましたら、ブックマーク、☆☆☆☆☆に色を塗って評価などをして頂ければ、大変嬉しく思うと同時に励みになりますので、よろしくお願いいたします。