同級生と釣り堀へ
日曜日。今日は真白と釣りに行く約束をしていた日だ。
約束通り駅で待ち合わせいくつか電車を乗り継ぎ、海沿いの潮香る目的地の最寄り駅まで二人はやってきた。
「ん~疲れた」
「まだ早いだろ」
「綺麗な海だね」
「天気もいいし絶好の釣り日和だな」
駅のホームに降りった二人は、真っ青な海と空を見ながらぐぅっと背伸びをする。
天候は快晴も快晴で雲一つなく、梅雨時期にしては珍しいくらいの晴れようだった。
「さて、行くか」
「ん」
電車に乗っている間に凝り固まった体を、十分に解したら二人は歩き出して改札を抜け駅を出た。
総司と真白は潮風を浴びながら、海岸沿いの道をのんびり歩いていく。
目当ての場所まではかなり近く、歩いて十分弱だ。
適当に話しているうちに目的地まで到着した。
「人がいっぱい」
「ここは駅から近くて都会からもアクセスが良いし、釣り堀は気軽だから土日はファミリー層が多いんだよ」
今日、二人が釣りをする釣り堀は海上にある。
大きな桟橋があり、そこら中に子連れの客がいて、中には若い男女数名のグループなんかも見える。
生け簀に魚を放流しているので、高確率で良い獲物と出会えると言え、通常の釣りよりは難易度が低くライト層から人気なのである。
「さーて、何が釣れるか」
「真鯛とかヒラマサがいるって書いてあった。シマアジとかブリも」
「ブリか真鯛釣りたいな」
桟橋の両サイドと奥の中央部に生け簀が設置されており、すでに魚影が見えたりしてそれだけでも面白い。
釣り具や救命胴衣をレンタルをした総司と真白は目を輝かせながら、釣りの準備を始める。
二人は釣り道具を一式揃えているが、ここならば持ち運びしなくていいので気軽に釣りをするにちょうど良かった。
釣った魚は持ち帰る予定なのでクーラーボックスは総司が持参していた。
# # #
「もう来たぞ!」
「おお。すごい」
釣り糸を垂らして数分で、総司の方に魚が食いついた。
すぐに獲物がかかりやすいのが釣り堀の良い所である。
普通の釣りであれば、数時間経っても釣果無しということもざらにある。もちろん釣り堀でも沈黙することはあるが。
総司の意見としては、友達と釣りに行くなら楽しみやすい釣り堀をお勧めしていた。
「よっし! シマアジだ。これ美味いんだよな」
手慣れている彼は、いとも簡単に釣り上げた。
本日、初めに釣った魚はシマアジ。刺身や塩焼き、カルパッチョなどにしても美味しい高級魚。
好調な出だしだった。
「全然来ない」
初めの釣果から十五分ほどで、総司はもう二匹ほど釣り上げたが、真白の方は音沙汰無しだった。
彼女も釣りを知っているので、こんなものだとは思っているのだろうがちょっと寂しそうだ。
「少し休憩するか?」
「どうしよう」
「まだ全然時間あるし、間を空けてみても良いけどな」
「ん。でも、もうちょっとだけ粘ってみる」
総司が彼女を気遣ってそう提案してみるが、やはり真白も釣り人なだけあって辛抱強いらしい。
それに寡黙がちな彼女には向いている娯楽でもある。二人は、気長に楽しむことにした。
「あ、来た」
「ついにか!」
五分後、ようやく真白の竿が反応して大きくしなる。
総司は邪魔にならないように、自分の釣竿を引き上げてタモ(虫取り網の魚バージョンのようなもの)を手にして、真白のサポートに回った。
「でかそうだな」
「ブリか真鯛っぽい。持っていかれそう!」
「大丈夫か」
「ちょっと手伝って」
「任せろ」
かなりの当りだったようで、なかなか釣り上げられる気配がない。真白の腕に力が入り、体が前傾姿勢になっていた。
彼女は厳しいと判断したのか、総司に救援を願い出る。
彼もタモを手離してすぐさま真白の斜め後ろに立ち、腕を伸ばし竿に手を掛け手伝う。
「弱くなってきたかな」
「引き上げるなら今だな」
真白は泳がせたり、引いてみたりと緩急をつけて魚を弱らせていく。
すれば魚の引き具合は弱まっていった。そろそろタイミングだろう。
「おっけー。引き上げる。……せーのっ!」
「おおおっ!?」
力と呼吸を合わせ二人は、魚を釣り上げることに成功し、かかった獲物は宙を舞う。
「わっ、と!」
「大丈夫か!?」
なんとか獲物は釣り上げたが、反動で真白はよろめいた。
靴はしっかりとしたものを履いているが、それでも足元は濡れていて滑りやすく、踏ん張りが効き辛くて彼女はこけそうになる。
ただ、その隣にいた総司がすぐさま反応して、真白を間一髪で抱き留めた。
その瞬間、磯の匂いに混じって彼女から甘い匂い香りがして鼻腔をくすぐる。
女子特有の柔らかい体の感触もあり、それが自分の腕の中にあることを確認して総司は安堵した。
「ご、ごめんなさい。ありがとう」
「あ、ああ。大丈夫か?」
「うん……」
真白も危ないと思った瞬間、咄嗟に総司を掴んだのだろう抱き着くような格好になっていて、見上げながらか細い声でお礼を口にする。
その頬はどことなく赤い。
「足とか捻ってないよな?」
「大丈夫だと思う。どこも痛くないし」
「良かった。怪我してなくて」
総司は彼女の怪我を心配して尋ねるが、真白は両足を交互にコンコンと地面を蹴ったりして確認する。
真白が痛がる様子もなくて、彼はまたほっとした。
「あ、……あの?」
「ん?」
「もう、大丈夫だから、その、離してくれていいよ?」
「そ、そうだな!? 悪い! すぐ離す」
ずっと抱き留められていた真白は助けて貰った手前、おずおずと言いにくそうに話す。
怪我をさせないようにと無我夢中だった総司は、真白を抱き寄せていることを忘れていた。
真白がもじもじしていて、近距離にある彼女の顔を見るなり彼はすぐに離れた。
「申し訳ない。変な事をするつもりは無かったんだけど」
「ん。分かってる。そもそも私が文句を言ったりする筋合いはないし、するつもりもないから安心して」
「そうか……」
総司と真白は赤面しながら、恥ずかしさを押さえつつ会話をする。
抱き合うことは野球観戦の時にやらかしているが、今回は衆人環視の中での出来事でさらに羞恥心が募った。
「焦った……また……」
真白は赤らめた顔のまま、何やら両腕で自分に体を抱きしめるようにして、一人小さく呟いている。
だが、総司は放り出されてぴちぴちと跳ねるブリの回収作業をしており、その様子を目にすること無かった。
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