同級生の誕生日とクッキー
総司があくびをしながら教室に入った直後、唐突に「はっぴばーすでーとぅーゆー!」と大合唱が始まった。
一体、何事か? と総司はきょとんとする。
タイミングが良すぎたため、一瞬自分が祝われでもしているのだろうかと勘違いしたが、このクラスの人間から祝われるほど仲良くもないし、そもそも誕生日はまだ先だ。
では、誰が誕生日なのかと周囲を見渡す、までもなく大合唱の歌詞から祝われている本人が判明した。
「「「はっぴばーすで~でぃあ、極夜さん! はっぴばーすでーとぅーゆー!」」」
と合唱が終わった直後に「フウゥゥゥゥ!」とか「イエーイっ!」と辺りから聞こえると共に拍手が巻き起こった。
どうやら、今日は真白の誕生日らしい。
七月三日が彼女の誕生日だと総司は初めて知った。
そして、祝われた本人は「ありがとう」と言いつつも嬉しそうというより、困惑気味で苦笑するばかり。
彼女の机の上には、お菓子なんかが山積みだ。
サプライズで行われたようで総司は全く知らなかった。
おそらくクラスの一部、それもいつも真白の周りにいるクラスメイトとそのプラスアルファだけで企画されたことなのだろう。
自分は彼女に何も用意してないことに焦りを感じたが、それなら関係の無いことだ。騒がしいやつらだなと冷めた目で見ながら彼は静かに着席した。
「よ! おはようさん」
「ああ」
いつものように先に来ている飛角が真白の席の方から戻ってきながら、右手を挙げ総司に構ってくる。
実は先ほど、彼が大合唱の輪の近くにいたことを総司はちらりと確認している。
彼もまた真白を祝っていたのだろう。意外と言えば意外だが、飛角は総司と違い社交的な人物だ。
クラスメイトとの交流は盛んだから、彼が真白の誕生日を祝う輪の中に加わっていても不思議ではなかった。
「朝から賑やかなことで」
「ほんまやで。アレな、昨日の放課後に急に決まったんや。僕、それほど彼女と関わりないから、変な気分やったわ」
社交的ではある彼だが、真白と積極的に話したりすることもない。
ただ、他のクラスメイトとは仲が良いのでそこから誘われた形なのだろう。
総司は友達が少なくて良かったとは思わないが、こういう時は面倒くさくなくて助かっている。
その反面、友人の多い飛角は色々大変だなと他人事に感じていた。
「にしても、その様子やとお前は全く彼女の誕生日知らんかったんやな」
「まぁな」
「ほーん。てっきり、この間の一件から話すようになって、誕生日くらいは知ってるモンやとおもとってんけどな。なんや、お前ら友達やないんか? あの朝もそこそこ会話してたように見えたんやけど?」
「喋りはしたけど全くそんな話は無かったし、”あれ”から仲良くなったことはない」
飛角は二人が友人になっているものだと思っていたらしい。
まぁ友達になるも何も、放課後や土日はそこそこ家に来ていて、すでに友人関係を構築しているのだが、彼女は全く誕生日の話題を出さなかった。
だから、総司は一ミリも真白の誕生日の事を知らなかったわけだが、飛角からすれば意外だったらしい。
「そうか。淡白なやっちゃな。お前、それほど会話が下手な奴でもないやろ」
「それほど上手いわけでもないけどな。友達が少ないし」
彼の中で、真白と自分の関係がどういう風に思われているのか気になるが、余計な事は表に出さないようにと、友達と言う部分には触れず総司は自嘲気味に返すだけに留めた。
# # #
「朝は凄かったな」
今日の放課後も、真白と一緒に自分の部屋で勉強をしていた。科目は数学だ。
分からない箇所は適宜教えて貰い、黙々と宿題をこなしていたが、彼女は集中力が強くあまり会話をすることが無い。
十分ほどで集中力が切れ始める総司とは大違いだ。
だから、彼は数問解き終わったところで、一息付こうと真白に話しかけた。
「うん。急に始まった時は何事かと思った」
「俺もびっくりしたな」
「それでお菓子をいっぱい貰ったけど、食べきれないから持ってきた。司さんは食べる?」
真白は自分のリュックサックの中をガサゴソと漁り、そこそこ膨らんだスーパーの袋を取り出して、総司に見せる。
これは一人で食べるには苦労するだろう。
彼は消費に協力しようと、ありがたく貰っておくことにした。
「今日はこれを食べながら頑張るか。前のご褒美みたいな感じで。褒美と言うよりは燃料だろうけど」
「待って、それは大丈夫。実は今日はご褒美用意してきてる」
糖分があれば勉強も少しは捗るかもしれないと、一口サイズのチョコを手に取ったが、彼女に手でやんわりと制止される。
もう一度、真白はリュックサックを手を入れ、そこから小さくて透明な小袋を出してきた。
「クッキーか?」
「うん。チョコレートムースを気に入ってくれたから、お菓子は好きなのかと思って作ってきた」
彼女が作ってくれたチョコレートムースは、見た目に違わず大変美味だった。
その翌日つまり昨日、総司はメッセージで「店を出せるくらい美味かった」と味の感想を送っていた。
その結果、今日勉強をしにやってきた彼女が、またご褒美を用意してきてくれたのだろう。
この構図は完全にお菓子を餌にして、子供に勉強をさせる母親と全く同じだった。
なので少し釈然としないが、真白が作ったチョコレートムースの味を知っているから心は踊っていた。
「わざわざ悪いな。そっちは誕生日なのに」
一昨日もそうだったが真白が自由にやっているとはいえ、やはり彼女に色々させ過ぎで申し訳ない気持ちになる。
「気にしなくていいよ。それより、今日は糖分補給にクッキーをどうぞ」
恐縮気味にしていた総司に、彼女は首を振ってそのように言いながらクッキーを差し出して来た。
いつまでも申し訳なくしていても仕方がないので、彼はクッキーを受け取り口に運んだ。
味は定番のバタークッキーだった。
触感はしっとりしていて、咀嚼すればほろほろと崩れる。
微かに蜂蜜の味がするので、しっとり感があるのはその為だ。
どこか香ばしい風味もあって、それは焼き具合と言うよりアーモンドかココア系も混ぜられているからだろう。
苦みのある食材が隠し味程度の良いアクセントになっていた。
甘みや苦み、水分量を巧みにコントロールしているからこその、この出来上がりなのだろう。
彼女の腕には驚かされるばかりだ。
「やっぱ美味いな。流石だ」
「ありがとう。気に入ってくれて良かった」
普通の感想だが、適当に言ったつもりはない。素直に思ったことを口にしただけである。
それがしっかり伝わったのだろう、真白もほっとした様子で目尻を下げていた。
彼女が安堵した様子を見せたのは、おそらくチョコレートムースは好評だったがクッキーも同じように思ってもらえるか不安だったのだろう。
もちろん、総司は大満足だ。
彼女が焼いてきたクッキーは、バター以外にもチョコやナッツなどバラエティー豊かなラインナップだった。
全制覇するために、彼はもう二つ目にも手を出している。
真白は本当に美味しそうに食べる彼に対して、綻ばせた表情を見せた。
それはもう可愛らしいもので、普段のクールな表情とはギャップの差が激しかった。
総司は思わず見惚れてしまった。
「やっぱり、何か用意しないとな」
一昨日も考えたことだが、彼女にしっかりとお礼をしようと思った彼はクッキーを食べつつぼそりと言った。
「司さん?」
「なんでもない。チョコ味も美味いなって」
真白は聞こえない程度に放たれた独り言が気になったのだろう。彼女はこてんと傾げる。
それに対し、総司は柔らかく笑ってはぐらかした。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
面白い、続きを読みたいと思って頂けたら、ブックマーク、☆☆☆☆☆に色を塗って評価などをして頂ければ、大変嬉しく思うと同時に励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。