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レトロ・オブラート   作者: 霜月叶手
1/6

レトロ・オブラート 上

死ぬほど久しぶりの投稿です。是非読んでください。

「やっと目を覚ましたか」


見た目の年齢には不相応な仏頂面の少年が私を覗き込んでいる。さらには顔は酷くやつれ目の下には黒い絵の具でも塗りたくったかのように濃いくまができていて随分と不健康な印象を受ける。


「早く起きろ。不具合はないはずだ、手間をかけさせるな」


台の上で身を起こす。ここはどこかの地下施設か何かだろうか。窓は一切なく、明かりは薄暗い切れかけのランプが点灯しているだけだ。


ふと自分の体を眺めてみると一糸纏わぬ姿。腕や足やなんかを曲げてみたりするとかちゃかちゃと音がした。


「これを着ろ。サイズは間違いないから早くしろ」


膝の上にばさっと女物の服が投げられる。荒い口調で命令されているが何故だか不快感も違和感もない。


そうか、よく分かった。私はこの人の...


「これから俺の召使いとして働いてもらうぞ。オブラート」


私はこの人の機械人形オブラート





レトロ様の機械人形である私の朝は早い。住んでいる人はレトロ様だけなのにもかかわらず馬鹿でかいお屋敷の掃除に始まり朝食の準備。機械人形の私でも一目瞭然の乱れた食生活と生活習慣を整えていかなくてはならない。


「おいオブラート、このクソ不味いスープはなんだ?ドブの水でも汲んできたのか?」


私はまだ生まれたてで知らないこと、学ばなければならないことばかり。空いた時間はたくさん本を読んで料理、掃除、計算、礼儀、さらには一般常識に至るまでくまなく取り入れる。レトロ様の顔に泥を塗ることのないように。


「おいオブラート、なぜお前が掃除をすると前よりも散らかっているんだ?物盗りにでもあったのか?」


レトロ様が召使いの機械人形として作ったからなのか、何故か私にはこの人に尽くさねばという使命感のようなものがあった。どの本を読んでも答えが載っておらず、レトロ様に話しかけようにも私はまだ話し方を知らない。


もう少し学んでから聞くことにしようと思う。





「お前に俺に対して尽くさなくてはならないという使命感があるのは何故か知りたいと?」


こくりと頷いた。私が生まれて一ヶ月が経ちようやく私はレトロ様とまともに会話ができるようになった。


「それは俺がそう作ったからだ。だからお前はそんなことを気にしなくて良いんだ。分かったらとっとと仕事にかかれぽんこつ機械人形」


相変わらずレトロ様の口は悪いがこの頃にはお手伝いで失敗することはほとんど無くなっていた。それでも研究室だけはいつまでたっても立ち入ることは許されなかった。大して気にもならなかったのでそれを聞くことはなかった。





私が生まれて数ヶ月、初めてこの馬鹿みたいに大きな屋敷に来客があった。この屋敷から出たことのない私は本でしか知らないがそれで得た知識に間違いがないのなら貴族、おおよそ上流階級であることは見て取れる。


屋敷の前には凝った装飾の立派な馬車、数人の従者と目の前の男。紳士的には見えるものの、その実深くかぶったハットでよく表情を伺うことができず怪しさは拭えない。


「レトロ・クラシック氏はご在宅かな?取り次いでいただきたいのだが...ん?その顔...」


よくわからないことを言っているが、ここはレトロ様の機械人形である私が間違いを犯さないように、礼節を欠くことなく対応しなくてはならない。決して主人が軽んじられることのないように。


「ただいま確認して参りますので少々お待ちください」

「その必要はない」


話を遮るようにレトロ様が出てきた。


「やぁレトロ氏、随分と久しぶりだね。様子を見にきただけだがこの機械人形...。すぐに帰るわけには行かなくなったよ」

「余計な口を聞くなよヴィンテージ、こっちは死ぬまで会わなても良かったくらいなんだからな。仕方ない、オブラートわかるな?」

「はい、ただいま」


口振りから旧知の仲であろうその男を尻目に主人に言われた通り紅茶を淹れにキッチンへ向かった。


その場を去るまで向けられたその男の視線が少し気持ち悪かった。





「なあレトロ、君は一体何がしたいんだ?散々引きこもって何をしているかと思えばこの機械人形の顔はお前の...」

「そんなことを話しにきたのなら即刻帰ってくれるかヴィンテージ。暇だからといって生憎無駄に時間を消費するつもりは毛頭ないからな」


紅茶を出し終えて手持ち無沙汰な私はレトロ様の後ろで次の指示を待っている。


「このままでは協会が直接動くことになるぞ。今日は個人的に来たんだ、お前の友人として」

「ふん。まぁ話くらいは聞いてやる。オブラート」

「はい」

「出ていけ」

「仰せのままに」


つかつかと迷いなく部屋を後にする。退出した直後、ヴィンテージ氏の怒鳴り声が聞こえた。





「身の振り方をよく考えてくれよ。俺は友人としても同じ機械人形技師としてもお前のことを尊敬している。考えも理解したし気持ちもわかる。頼むから最善の選択をしてくれ」

「いいから早く帰ってくれ」


主の要望通りに私は馬車へ促す。

ヴィンテージ氏は私が運んだ自身の荷物を受け取ると私に少し笑って声をかけた。


「先ほどは不躾な視線をすまなかったね。君があまりにも...、いや、何でもない」

「?いえ、お気になさらず」

「レトロは口は悪いが君のことをきっと大切に思っているはずだからさ、君も彼のことを大切にしてやってくれよ」


そう言うヴィンテージ氏の表情とと声音は、なるほど、やはりこの方は主人の確かな友人であることは機械人形の私にも推し量ることは容易だった。


「もちろんでございます。そう、作られておりますから」

「...そっか」

「いい加減早く帰ってくれないか」


はいはい、とぼやきながらヴィンテージ氏は馬車へ乗り込もうとしたが、なにか思い出したかのように身を翻して私の耳元で囁いた。


「そうそう、あいつが機嫌悪くてどうしようもなくなったら二番街にあるサテラって喫茶店のルイボスティーを飲ませるといい。大概の問題はそれでどうにかなる。ではごきげんよう」


すぐさま馬車は駆け出し見えなくなってしまった。


今日までたくさんのことを学んで知って覚えてきた。けれども、自分の生みの親であり主人である人のことは依然、無知のままだ。

レトロ様は自分のことを多く語りたがらないお人柄のようだ。いつか自身のことを話していただける日が来るのだろうか。今度私からお訊ねしてみよう。サテラのルイボスティーと一緒に。





依然レトロ様はご自分のことをあまり語りたがりはしないが尋ねると答えてくれるようにはなった。初めのころはルイボスティーを一緒にお出ししなければ話してはくれなかったが、ここ数日は雑談のようなこともしていただけるようになった。


そうして主人について新しく知ったこと、成果がいくつかある。例えば、機械人形技師についてとか幼少期のこととか。話を聞いていて思ったことがある。レトロ様は恐らく、いや、確実にヴィンテージ氏をとても大切な人として扱っている。本人は決して認めようとはしないが、主はヴィンテージ氏との昔話をする際、悪態をつきながらも必ずと言っていいほど笑うのだ。


「私はなぜ作られたのですか?」


決まってその質問には答えてもらえなかった。直前にどれだけ機嫌を取っても、ルイボスティーを出したとしても、その話をするだけで不機嫌になった。特に私と研究室に関することは一切の情報を頂けなかった。だからなおのこと気になったが主の一言でそれは一蹴される。


「そんなくだらないことを聞く暇があるならもっとすべきことをしたらどうなんだ」





いい加減やることがなくなってきた。できることは増えていく。早くなっていく。が、仕事が増えるわけでもない。あれ以来、来客もない。当然暇な時間が増えてくるわけである。ここ数日はレトロ様も忙しいようで話相手にもなってくれない。


胸に穴でも開いているかのような、そんな気がする。


ふと思いがけずそんなことを考えてしまった。なぜだか自分にはあってしかるべきものが欠けているような気がした。

あってしかるべき?いったいどんな存在にとって?機械人形?それとも...。


「私は...」

「独り言か、結構なことだ」


いつもとのボロボロ白衣とは打って変わったまともな服装の主人が立っていた。


「出かける。留守を頼む」

「お供は」

「お前はいらない」


そっけなくそう言われてしまった。


チクリ。


まただ。ここ数日で変わったことがもう一つ。


時々胸が苦しくなることがある。高鳴ることがある。


故障だろうか。何だろうか。これに原因があるのなら、それはいったい何なのだろうか。レトロ様のことを考えているときやひどいことを言われたときにこれはよく起こった。いつまでも理由だけはわからなかった。


レトロ様の研究室でなら原因が突き止められるかもしれない。


一度も許可なんて出されてはいない。しかし、好奇心には逆らえなかった。もっと知りたい。私のことも、主人のことも。きっと大丈夫。もう私は失敗しない。いい機会だ、ついでに掃除もしておこう。





「君から訪ねてくるなんて、明日は槍でも降るのかな」

「機械人形に心があると思う?」

「...そんなまさか」

「笑えない冗談はあまり好きじゃない」

レトロは気まずそうに笑った。


「今日はこれからのことについて話しに来た」

「いつもの君らしくないね。悪態の一つでも吐いたらどうなんだ?」


いつになく真面目なレトロにヴィンテージは努めていつも通りふるまおうとした。


「頼みがある、友達として」

「それは...ずるいな」


レトロにばれないように思い切り唇を噛みしめたせいで口に血の味が滲んだ。


「ごめん」


レトロもまた聞こえないようそう呟いた。





「おかえりなさいませ」

「飯は済ませた。今日はもう寝る」


脱いだコートを私に押し付けるとすぐに寝室へと向かわれた。酷くお疲れのようだ。


「私は...」


昼間、主人の研究室に忍び込んだ時のことを思い出していた。山積みの資料、散在した実験器具。その様子はまるで想像通りのものでやはり見るに堪えないくらい散らかっていた。資料を手に取ってみるとそのほとんどが心に関するものだった。


「心とは、人が人である理由の一つである」


そんな言葉から始まる研究資料とは思えないような非科学的論文。しかし私の知りたいことはこのような本にこそ存在するような気がする。一ページ、もう一ページと読み進めていく。


「心とはつまり...]


そこではっと気づく。本来の目的を忘れていることに。元の場所へ片付けようと本を抱えて本棚へ近づくと机の上に倒れたままの写真立てが目についた。研究室に窓はなく自然に倒れることは。おそらく意図的に見えないようにしているに違いない。気づくと手を伸ばしていた。


「幼いころのレトロ様とヴィンテージ氏...」


今とは打って変わって屈託のない笑顔の主人と肩を組む幼い親友。その背後に立っているのはどこか雰囲気が主に似ている女性。


「.........」


ぱたりと再び写真を伏せた後、結局部屋をそのまま立ち去った。


実のところ、私が知りたいことをなぜ知りたいのかがまったくもって理解しきれていない。私は自分のことをもっと知りたい、主人のことをもっと知りたい。きっとそれはその人のために何かしたいからだと私は思う。


「私は誰かのために、主人のために行動する。それこそが機械人形(オブラート)。それこそが私」


自分の胸が妙にざわつく理由なんてのは結局わからず終いではあるが自覚したことがいくつかある。それは確かに主人は私のことを大切に思ってくれているということだ。それだけで私はこんなにも高揚している。


今はただ、それだけで構わない。










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