命を生み出す人形店
右の糸を通して、左を回して、もう一度右を通せば。
そんな独り言を話しながら私は黙々と作業を続けていました。
次は頭。そして手足。最後に目。ふふ、もしこの独り言だけが外に漏れていたら誤解を生みそうね。
私が作っているのは可愛いお人形。幼い頃から手先が器用で、親は布巾などを作って生計を立てていたのを手伝っていて、余った布を集めてはこうしてお人形を作っていた。
すでに作った数は覚えていないほどの種類。でも一目見ればいつ作ったかまでは思い出せる。
何より私……いや、私が人形を作るときに使う『編み棒』には不思議な力を宿している。
「はい、完成。『ほら、手足を動かしてごらん?』」
目の前の手のひらの大きさくらいの人形に向けて言葉を放つと、ぐぐぐと動き始めた。
「ん? 動きが鈍い? あ、仮で縫った場所がまだあったわ。うーん、後で直すからじっとしててくれるかしら?」
そう言うと人形はストンとテーブルに座り始めた。
可愛い金髪の女の子の人形。この子はどんな子に選んでもらえるかしら?
☆
『ペシア人形店』
それが私の店であり、ペシアは私の名前だ。
親の反対を押し切って田舎の村を出て、ようやくお店を建てることができた。これもこの不思議な力を持つ『編み棒』のお陰かな。
この『編み棒』で作った人形はすべて動き出す。面白い事に、人の形に作れば二足で歩き、四足の動物の形を作ると四足で歩き、行動もまた私の思い描いた動きをする。
私の中ではこの編み棒を『命を与える編み棒』なんて言ってるけど、この存在を知っているのは実のところ私しかいない。
実家の物置の奥底に転がっていた二本の棒。誰もがただの棒きれにしか見えないだろうけど、幼い私はなぜか興味を持ち始め、それを使って小さな人形を作ったら動き始めたのがもろもろのきっかけである。
もし大人になってからこの棒を見つけても、ただの棒としてしか認知せず、きっと燃やしていただろう。実際木で作られているからよく燃えそうだしね。
カランカラン。
そんな音がドアから鳴り響く。今日は営業初日の記念日である。だけど、まだ早朝のため準備が整っていない。
「あ、すみません。まだ開店前なんですが」
そう言うと目の前には……ん、小さな女の子?
「初めまして。ワタチは隣の宿の店主を営んでいる者です」
「あ、お隣さんでしたか。まともなご挨拶もまだ行っていなくてすみません」
どう見ても十歳くらいの子供である。水色の短髪に白いローブ。うーん、やっぱり都会は幼くても働かないといけないのかな。
「私はペシアです。えっと」
「ワタチはフーリエと言います。これはつまらないものですが開店のお祝いです!」
あら、きれいなお花。
小さな店主から大きな花束を受け取った。
「ありがとうございます。えっと何かお礼を……」
「あわわ、お礼は良いですよ。これからも末永くよろしくしてくだされば……ふっくしょん!」
大きなくしゃみが鳴り響く。そしてよく見ると震えている?
「えっと、寒いの?」
「あー、実は虚弱な体質でして。体温がすごく低いのです」
小さな店主ことフーリエちゃんの手を握ると、まるで氷を触ったような冷たさだった。え、本当に血が通ってるの?
「えっと、ちょっと待っててね」
「え?」
そう言って私は編み棒を使って一つの太い糸を取り出した。
「わわわ、凄いです。徐々に大きくなっているのです」
「ふふ、本当は人形店なんだけど、親の仕事が布を作る仕事だったから自然と覚えたのよ」
そして完成。一枚の長い布が完成。
「これを首に巻くだけでも全然違うと思うわよ?」
「ありがとうございます! 使わせていただきますね!」
小さな店主のフーリエちゃんは長い布を首に巻いて帰って行った。
開店前に小さなお客様がご来店。これは幸先良いのかな?
☆
と思ったけど、お客の足は開店時の一瞬だけ。あこがれのお店を持ったのに、初日は人形が一体も売れなかった。
お客さんの意見として多かったのは、『これはどういう道具なのか?』だった。
いや、子供が遊ぶためとか寂しいとき一緒にいてくれるーとか色々と使い道はあると思うんだけどなー。そもそも動くし、可愛いと思うよ?
ツンツンと金髪の人形をつついていると、扉からコンコンと音が鳴り響いた。
「ふぇ、あ、い、いらっしゃいませ!」
入ってきたのは……かなり年老いた男性だった。髪も真っ白で顔もしわだらけである。ただ、着ている服はそれなりに良さそうな感じにも見える。
「今日から開店のお店で良かったかな?」
「は、はい。不思議な動く人形を扱っています。どうぞご自由にご覧下さい」
老人。となると孫への贈り物とかで買ってくれるだろうか。
「ふぉっふぉ、これは面白い。なかなか可愛らしく動いておる」
「はい。丹精込めて作りました」
「おや? 君が作ったのかの?」
「はい。一体一体手作りなので少しお高いですが」
そういうと老人は金髪の人形を手に乗せてじっくりと見つめた。
「高い……かのう?」
「え?」
もしかしてこの老人はお金持ち?
あと二体売れれば今月の家賃は支払えるし、これは好機では?
「ふむ、素直な感想を言おう」
「はい!」
「この人形は安すぎる」
やった! これは買ってもらえる!
「命が金で買えのであれば、これは安すぎる。しかしだからと言って僕は買わないのう」
「ええ!?」
かなり期待したんだけど!
「動く人形ですよ!? 人身売買ならまだしも人形ですし、命を買うなんて大きなお話ではありません!」
「ふむ、じゃがこの金髪の人形からは心臓の音が聞こえるぞ?」
「え」
今まで考えたことが無かった。
心臓の音が聞こえる?
そっと自分の作った人形を耳に当ててみると、微かにトクントクンと音が聞こえた。
「なっ!」
「ふむ、君は面白い力を持っているようじゃ。命を作ることができる能力。きっとそれは善にも悪にもなる特別な能力じゃろうて」
「いや……こんな……この編み棒にはそんな力が」
突然襲い掛かる恐怖。
つまり私は今まで命を……沢山の命を作っては売ったりしていたというの? それだとただの奴隷商人と同じじゃない!
「というかお客様もどうしてこの心臓の音がわかったの? すごく静かなところで聞かないとわからないほど小さな音なのに」
「僕は音に敏感なんじゃ。君の怯えて早くなっている心臓の音も僕には聞こえておるのじゃよ」
怖!
もう敏感という範囲を超えているでしょそれ!
「それ故に僕の心臓の音もわかるのじゃよ……ふぉふぉ、それほど長くないと音が僕に言ってくれておるわい。人生とははかないものじゃ」
「え、お爺さん、もしかして病気なの?」
「ふぉふぉ、病気ではない。じゃが、人間必ず最期はある。命というのはそういうモノじゃ。もちろんこの人形にもな」
聞いていてだんだん不安になってきた。
私はただ命を遊び感覚で作ってしまい、それを売り出してしまった。
もちろん村の知っている人が病で亡くなった時、動かなくなった人を目の前に泣いたこともある。
唐突に人形たちの姿が頭に浮かんだ。
いったい何体の人形たちが命を失ったのだろうか。失敗したと言って何体の人形たちを私の手で殺めただろうか。
「じゃから、これからはもう少し考えるのじゃよ」
優しい声が私の耳にスッと入った。
「人は間違える。君がその不思議な力を持ったことには意味がある。君は神ではなく人なのじゃから、間違えたのであれば次からきちんとすれば良い」
「きちんと……」
「そうじゃな。まずはこの人形のこの部分をしっかり直してあげることからかのう」
はっと気が付いた。
後で直すと思っていた人形。そういえば忘れていた。
目の前の人形はただの人形ではなく、一つの命を宿した『生き物』である。
私はそれを……しっかり面倒を見て、できる限りのことをする義務がある。
「ふむ、落ち着いた心臓の音……というより、決心が固まったようじゃの」
「はい。ありがとうございます」
「良い良い。では、これから頑張るのじゃよ」
そう言って男性は店を出て行った。
☆
翌日。
私の住む国の王様が亡くなったらしい。
私は田舎から引っ越してきたばかりだからよくわからないけど、町中には悲壮な雰囲気が漂っていた。
「あ、ペシア様。おはようございます」
「フーリエ……ちゃん? でしたっけ」
「うう、身長が低いとやはり年下に見えますか」
え、もしかして年上なの?
「フーリエちゃんもやっぱり元気が無い感じかしら?」
「はい。ガラン王国の王様の訃報と聞いて、朝から泣いておりました」
表情を見る限りこの国の王様はそうとう愛されていたのだろう。
「人はいつか最期があります。事故で亡くなることもありますが、王様は最後までご家族の近くにいれて幸せだったと思いますよ」
「そうね。町の雰囲気やフーリエちゃんを見ているとその人がいなくなったことがどれほど大きな事かわかる気がするわ」
命の誕生は喜ばしいことである。同時に失う命はとても悲しいものである。なんだか昨日に引き続き命について考えさせられるわね。
「私はここに来て間もないし王様とは無縁だったからどういう人かわからないけど、どういう人だったのかしら?」
「そうですね。優しくて、面倒見の良いお方でした」
しかしもうその人はこの世にいない。だが、フーリエちゃんの心の中には生きているのだろう。
「あと『音』に敏感で、とても耳が良いのです」
……へ、へー。なんだかすごく心当たりある人物が昨日私の店に来た気がするけど、気のせいかしら?
「さて、ワタチは笑顔で見届けるためお化粧をしないと。ペシア様はどうされますか?」
「そうね……王様には申し訳ないけど、自分の用事を済ませようかしら」
「そうですか。まあ、きっとあの方も引っ越したばかりの女性には怒らない……いや、そういうことを強要などせず、むしろその人の人生を笑顔で見届ける方なので大丈夫でしょう」
「ええ。きっとそう思うわ」
「ん? ペシア様、ガラン王国の王のトスカ様と面識が?」
「んー、どうかしら。でも、どこかで大切なことを教えてもらったわ。これからの私の道を示してくれたかもしれないわね」
そして私は店に鍵をかけた。
「一度村へ帰ってまた戻ってくるわね」
「わかりました。お気をつけて!」
まともに命を弔わなかった私を許してほしい。
遅いと思ってもらっても構わない。
埋めた場所は覚えている。
これからがようやく人形師としての一歩だと私は思った。
こんにちは。いとと申します。
今作では『命』について少し考えながら書いてみました。
私が幼いころは人形を大切に扱っていればいつか動き出すなんて思っていつも可愛がっていましたが、結局動かず。しかし、不思議と小さいころは何となく人形の気持ちがわかったような(想像だとは思うのですが汗)気がしたのですよね。
そして人形もいつかは壊れる。それは人間でいうところの命の終わりに等しいのかなとふと思い、書いてみました。
また、今作は私の作品の『音操人の行進曲』の実質後日談となり、最後に亡くなったのはその作品の主人公になります。
物語のキャラクターであり、大切にしてきたキャラクターだからこそきちんと最期まで書きたいと思った私のわがままのような物語でもありますね。
少しでも楽しいと思っていただければ嬉しいです。また、Twitterや活動報告もぽつぽつと行進しておりますので、よろしければご覧ください!
では!