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終末ゾンビの冒険(三十と一夜の短篇第48回)

作者: 猫の玉三郎

 ゾンビは歩き続けた。


 この終末な世界を孤独に生き続け、人間を襲いたいという衝動はもうない。そもそもこの世にはすでに生きた人間はいない。他のゾンビもほぼいない。


 やたらと多かったカラスも最近は落ち着きを見せ、建物には緑のツタが張りめぐり、都市部はその名の通りコンクリートジャングルとなりつつある。


 人類の営みが終わったのはいつの頃だったか。気付けばぽつんとゾンビは立っていた。周りには人間やゾンビの死体でいっぱいだった。なにをするわけでもなく当てもなくさまよう中で、ふと頭によぎったのは人間のころの記憶。おぼろげだが、なんとなく覚いだしてきた。ゾンビは片方だけ残った靴で歩き出した。


 ゆっくり、ゆっくり歩いた。さいわい、仕事だ遊びだと時間を拘束するものが一切ない。陽が登って暮れていくまでの時間をただひたすら、ゾンビは歩いた。あんがい低燃費な身体で、道中にカラス一羽でも食べればずいぶんと腹持ちがした。


 ゾンビの目は片方ない。川で自分の姿を覗き見た時に落っこちていった。そして着ているのはぼろぼろになったスーツ。もとはどこかの会社員だったのだろう。


 ビルを抜けて、静まりかえった住宅街を抜けると緑の地が多くなってくる。道すがら、野生化した田んぼや畑があった。そこで見つけたのは背の高い植物がしげった広い区画。あちこち首を突っこんで探してみる。もともとは大きな畑だったのだろう。放棄され荒れ放題になりつつも、その恵みをしっかりと今この瞬間まで継いでいた。


 そしてゾンビは歓喜した。

 トウモロコシがあったのだ。


 ゾンビは手にとったトウモロコシの皮をむく。すると中から黄色いぷりぷりとした実が見えた。ぎっしり詰まっている。試しにゾンビは生でかじってみた。甘い。うまい。生でも十分食べることができる。しかし、どこか青臭さがのこる。ゾンビは茹でたトウモロコシを食べたくなった。

 

 辺りを見回すと、遠くにかつてホームセンターだった建物がみえた。ゾンビはヒゲがたっぷりついたトウモロコシを六本抱えると、ホームセンター目指してゆっくり歩き始めた。

 

 ホームセンターの入り口は打ち破られており、中は真っ暗だった。ゾンビはちょっと怖かった。いかにゾンビであろうと、怖いものは怖い。しかしトウモロコシを茹でたい一心で、少しずつ歩みを進めた。

 

 まず、手に持っていたとうもろこしをカウンターに預けた。カウンターはほこりだらけだが気にしない。ここはまだ日の光が入っている場所だから明るい。辺りをよく見回すと、探していたものがあった。懐中電灯だ。まだ包装された状態の懐中電灯をひとつ手に取り、パッケージを開ける。しかしそれがなかなかうまくいかない。ゾンビは手先が不器用だった。やっとの思いでこじあけると、さっそく懐中電灯のスイッチを入れた。しかし明かりはでない。よく見ると電池は別売りと書いてあった。ゾンビは地団太を踏んだ。仕方がないのでレジ横に陳列してある電池をつかった。フィルムをはがすのにえらく苦労した。

 さあ懐中電灯はばっちりだ。ゾンビは意を決して真っ暗な中へ進んだ。目指すは台所用品コーナーだ。

 

 一回目の探索で深鍋とトングを取ってきた。ゾンビにとっては手に汗握る冒険だった。

 二回目は七輪。かなり重たい。

 三回目は炭。

 疲れたのでここらで休憩を挟む。暗闇の中をわずかな灯りだけで進むのは存外大変だ。しかも荷物を抱えて歩くのもそんなに上手ではない。だがゾンビは時間だけはたっぷりある。日陰で寝転んで鼻歌を歌った。


 四回目は金網とライターとお盆を運び出した。途中巨大なクモに遭遇して「ああああ!!」と大きな声を出してしまい、ちょっと恥ずかしかった。

 五回目はドッグフード(固形)700グラムを抱えてきた。ちょっと高級なやつだった。


 日も暮れてきたので、ゾンビは探索一日目は終了させた。夜は寝転がって星を見上げながらドッグフードをボリボリ食べた。真っ暗は夜空には煌々と星たちが輝いていた。


 朝がきた。ゾンビはぐうっと体を伸ばす。加減を間違えて肩が外れそうになるのはいつものことだ。


 今日こそはと気合を入れて、廃ホームセンターの探索に出かける。朝の冷たい空気が気持ちいい。ゾンビは懐中電灯のスイッチを入れると、相変わらず先の見えない暗闇の中へ進んでいった。


 食料品売り場でペットボトルに入った水を見つけた。ダンボール箱に二リットルが六本入っている。しかしこれが重い。ゾンビはひーひー言いながらなんとか外に三本だけ持ち出すことに成功した。

 

 ほぼ必要なものは手に入ったが、ゾンビはもう一度暗い建物の中へ入っていった。家電製品を物色している。あれこれ見て持ち出したのは、電池でも動く小型のCDプレイヤーと、レジ近くに無造作に並べてあった演歌のCDだった。


 店の軒下で七輪に火を入れた。鍋に水をいれて沸かす。その間にトウモロコシの皮を剥いでいく。ヒゲもできるだけむしっていく。現れたのは艶やかな黄色の粒がぎっしりつまった見事なトウモロコシだった。同じように残りのものも皮を剥いでいく。

 お湯が沸いたらトウモロコシを鍋に入れる。ふたをしてしばらく待つと、なんともよい匂いがしてきた。ゾンビはおもわずヨダレが垂れそうだった。


 トングで茹であがったトウモロコシをお盆の上にのせる。熱いにもかかわらず、ゾンビは果敢に挑戦する。もちろん熱すぎて無理だった。


「あー……」


 どんなに汚く罵ろうとしても「あー」しか言えない。そのことに思わず笑いがもれる。


 粗熱がとれたトウモロコシにかぶりついた。粒に歯を当てると、ぶしゅっと熱い汁が飛び出す。甘い、うまい。まだ熱々のそれを、ゾンビは無心で食べていく。どんどん食べる。三本食べ終えたところでひと息ついた。


 次は網焼きだ。しかしその前に、さっき持って来たものを開けてみようと思った。CDプレイヤーと演歌のセットだ。


 ゾンビは悪戦苦闘しながらも、CDプレイヤーに電池を入れ、電源を入れた。ちゃんと動いている。CDをセットして再生ボタンを押した。演歌は別に好きじゃなかったがこれしかなかったからしょうがない。


 七輪から鍋を下ろし、網に茹でたトウモロコシを並べた。焦がさないように、トングでひっくり返していく。


『人生〜はかなく〜愛おしい〜』


 質の悪いスピーカーから流れる演歌。

 よく焼けた香ばしい匂いが鼻をかすめると、ゾンビは思わず、涙をこぼした。

お題「熱」

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― 新着の感想 ―
[一言] トウモロコシは正義。トウモロコシは美味い! あのぷっくりとした粒に歯をたてる時のかしゅりとした感触。甘い汁とたしかな歯ごたえ。ううう、食べたい。 ゾンビ苦手なので(文章ではOKですが、映像…
[一言] ゾンビでなかった頃、どんなだったのかと想像するのが、青山のスーツか舶来オーダー(当然靴も高級)か、新米営業かヒトカドの役職か、妻子に関するコトがないのは未婚だったか忘れちゃったのかとか……そ…
[良い点]  ゾンビさん、生存本能以外、感情も残っていて、読んでいて、気味悪くなくて、楽しい道中に思えます。  トウモロコシが美味しそう。美味しく食べる為の手間を惜しまないところ、まだまだ人間です。 …
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