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「またアル兄ィのお節介癖が……」

 半日ほど馬車を走らせて着いた場所は、ゴブリンダンジョンと呼ばれているダンジョンだった。


 ここは五十層で構成されており、その名の通り、三十層まではゴブリンばかりが出てくるダンジョンだ。

 その構成から比較的安全で、王都周辺の冒険者が最初に挑戦する初心者向けダンジョンになっている。


 ただ、三十層以降はゴブリン以外もおり、急激に出現魔獣が強くなるために初心者が入るのは三十層までに限定されていた。


 「おーし、少し休憩したら行くぞ。今回は十層から二十層まで降りるからな。休憩の間に装備チェックしとけ」


 アルベルトがそう言うと、新人冒険者たちは元気に返事を返した。

 その声を聞きながら、アルベルトは馬車の発着場近くにある草原に移動した。


 ダンジョンは小山のようなところに入り口が開いており、そこから地下へと向かって伸びている。

 入口の周辺にはアルベルトたちが向かったような草原があり、そこで休憩や野営ができるようになっていた。


 ダンジョン周辺にはいくつか建物もあるが、魔獣が溢れると真っ先に壊されてしまうため簡素な掘立小屋のようなものしかない。

 立派な建物は、冒険者ギルドが建てたダンジョンの守衛所くらいだろう。

 ダンジョンに入る冒険者相手に食品や装備を売る者たちも、移動式の屋台かテントで営業していた。


 アルベルトは草原に腰を下ろし、引率している新人冒険者たちを見る。

 彼らも草原に腰を下ろし、水を飲んだり言われた通りに装備を確認したり、思い思いに過ごし始めた。


 <モーリスは本当に強くなった>


 一番大きくがっちりとした少年が剣士のモーリス。アルベルトと同じで魔法は全く使えないが、剣は小さな頃から真面目に訓練してきたおかげで初心者冒険者と思えないほどの腕前だ。


 <シモンはムードメーカーだな。精神面からパーティーを支えている>


 もう一人の少年はシモン。今のところは剣士だが、ハーフリングの血でも入っているのか身軽で手先が器用なので斥候としての役目もこなしている。いずれはそちら方面の専門職になるのもいいだろう。

 

 <ネリーは補助魔法が成長した>


 小柄な少女がネリー。エルフの血が入っており、攻撃魔法より補助魔法が得意な魔法使いだ。少し気が弱く、ぼんやりしたところがあるので後衛以外は任せられないが責任感はある。


 <ヴァネッサはリーダー気質だな>


 すらりとした長身の少女がヴァネッサ。しっかり者で、自然とリーダー役になっている。魔法を付与した弓を使い、後衛の要だった。


 孤児院パーティーの場合、同じ孤児院出身者が集まっているだけのため役割が偏ることが多い。

 彼らのようにバランスよく揃うパターンは希少だろう。

 アルベルトも最初は同年代の孤児院出身者でパーティーを組んでいたが、前衛に偏った構成だったため戦果が上げられずに、自然と必要とされるところに引き抜かれて行って解散したのだった。


 アルベルトは彼らの成長を思い描いて目を細める。

 このままのパーティーで育っていけば、アルベルトなどすぐに追い越してしまうだろう。気心の知れた同士で組み続けるというのは、それだけ強みなのだ。

 それが嬉しくも寂しく、まるで父親のような気持になってしまった。

 そんな自分に気づいて、照れ臭くなって立ち上がる。


 「さて、行く……」


 アルベルトが立ち上がって休憩を終わらせようとした時。


 ニャーンと、甘えた声が背後から聞こえた。


 「猫ちゃん!」


 ネリーが声を上げる。

 アルベルトが後ろを振り向くと、黒猫がいた。


 <猫?なんでこんなところに?>


 アルベルトは首をかしげる。

 野良猫がいるような場所ではない。生活感があるような場所ではないのだ。

 夜になると寝床の確保は困難で、エサだって満足に得られるかわからない。


 よく見ると濡れたように輝く漆黒の猫の首には首輪がついており、飼い猫であることがわかった。

 誰かの飼い猫かとあたりを見渡すが、それっぽい人物は見当たらなかった。


 「あれ?この猫ってネリーがエサやってるやつじゃん」

 「そう、あの猫ちゃん!なんでこんなところにいるんだろ?猫ちゃん、どうしたの?」


 シモンが指摘すると、それにネリーが答えた。

 黒猫はネリーが差し出した手の匂いを、フンフンと嗅いでいる。


 「え?まさか?王都の猫がこんなところにいるわけないでしょ」


 彼らが普段生活している王都は馬車で半日近くかかる。猫が簡単に移動できる距離ではない。

 ヴァネッサはそういう意味を込めて言ったが、ネリーは不満そうに頬を膨らませた。


 「間違いないもん。首輪も同じだし!」


 確かに、シンプルながら高級そうな素材を使った首輪は、そう簡単に同じようなものがあるとは思えない。

 

 <あれ、デザートクロコダイルの革じゃないか?金色の宝石も、なんか高そうなやつだな>


 デザートクロコダイルは砂漠地帯に棲むワニだ。この国では高級素材だった。猫に与える首輪に使うような素材ではない。

 宝石については見覚えがないが、金色に光りながらも透き通る素材など安いはずがない。

 道楽で高価な首輪を買い与えられる、王都の貴族の飼い猫なのかもしれない。


 アルベルトがそう考えながらまじまじと見ていると、黒猫が笑った気がした。


 「猫ちゃん、どうしてこんなところにいるの?」


 ネリーは黒猫を抱き上げて問いかけるが、猫が答えるわけがない。

 ネリーに顔を近づけられ、鼻を鳴らしただけだ。


 「王都からの馬車に紛れ込んでたのかもしれんなぁ。ネリー、こいつがどこの家の飼い猫か知ってるか?」

 「……わかんない。よく見かけるようになったのは一か月前くらいかな?首輪もあるし、美人だからどこかのお屋敷の子だと思うんだけど……」


 アルベルトに問いかけられ、悩みながらもネリーは答える。

 やはり王都の貴族の猫なのだろう。


 「そうか。じゃあ王都に連れて帰ってやったほうがよさそうだが……さて、どうするか」


 アルベルトは無精ヒゲでざらつく顎を撫でながら思案する。

 黒猫を王都に連れて行ってやりたいが、このまま引き返すわけにはいかない。乗合馬車代が丸々無駄になってしまう。自分も新人パーティーのメンバーもそれほど金に余裕があるわけではない。

 なにより少年少女の人生に関わる大切な訓練の時間なのだ。安易に引き返せない。

 かといって、ここに放置して行くのも良心が許さない。帰りに回収できたらいいが、相手は自由な猫だ。どこに行くかわかったもんじゃない。

 ダンジョンの中に連れて行くのは問題外だろう。


 「またアル兄ィのお節介癖が……」


 本気で猫をどうするか考え込んでいるアルベルトを見て、呆れたようにモーリスが呟いた。

 猫など放っておけばいいだけの話なのだ。知り合いの猫ならともかく、面倒を見る義理もない。


 しかしモーリスも、呆れているだけで嫌がっている感じはない。

 彼自身、アルベルトの人の良さに何度も助けられているのだ。アルベルトの人の好さを知っている彼らにとって、これくらいは十分許容範囲だった。


 「ダンジョンの守衛所で預かってもらえないか聞いてみるか。預かってもらえたら帰りに回収して連れて帰ってやろう」


 アルベルトがそう方針を決めるまでの間に、ネリーとヴァネッサは黒猫に干し肉を与えていた。

 携行食用の干し肉は味付けはされていない。喉が渇いて貴重な水を飲み過ぎないようにするためだ。味より水の節約の方が大切なのだった。


 黒猫はそれを満足そうに齧っていた。

 



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