哀愁の鎮魂歌 ~復讐の音をここに~
ノリで書きました。急にひらめいたやつです。ですので誤字脱字その他諸々がありそうなこと悪しからず…?
「ふふっ…ふふふふふっ…!」
「もうやめろ!やめるんだ!お前の仲間はもういない!!」
紅に煌く黒を纏った少女が、俯きながら狂ったように笑った。金の色彩を纏った野趣あふれる美貌の青年が、投降を促した。少女はゆるりと首を擡げ、その息を呑むような美貌に歪な笑みを浮かべた。そして想像を絶するような怨嗟を吐き出す。
「えぇそうですわねぇ。ですが、それがどうしたというのです?」
本当に分からないと言わんばかりに、無垢な少女のようにこてりと首を傾げた少女に、青年と、その後ろに控えた年若き青年達は絶句する。よもや仲間意識がないのかと。
「我らは虐げられ、忘れられたものの集まり…。彼等は彼らの志を胸に値って言っただけの事ならば」
語尾を荒らげ、きつく睨みつけるような視線を彼女は青年達に寄越した。
「その思いを我が身可愛さに無駄にするような事があろうか!この身をもって祖国に一矢報いるのみ!」
すらりと腰の双剣を抜き放ち、宣誓するかの如く突き付けて見せた。それに慌てたのは金の青年だった。攻撃の意思がないというかの如く側近達を下がらせ、自ら剣を鞘に収めたまま進み出る。少女は訝しげな顔をしたものの、その警戒を解く事なく周囲に殺気を撒き散らしていた。
「待っ、待ってくれ黒紅の双剣姫!!我らに戦う意思はない!私の、ガシェの王太子の位に誓おう!!」
「あらまぁ、ご立派です事。でもわたくしに聞く義理はないのですよ。死しても本望。それに…名に誓わないところはさすがあの慎重な…いいえ、臆病な国王の血筋と言うべきでしょうか?」
「なっ!」
「王族を侮辱するか!!」
「ふふふ、取り消してあげても宜しくてよ?そこの…エオニアス・デュールセシアと一騎打ちさせて下さるなら、ね」
名指しで指名されたエオニアスは眉を潜め、狼狽えた。なぜ自分なのだと。そんなエオニアスに黒紅の双剣姫と呼ばれた少女は満足げに、ゆるりと蠱惑的な笑みを浮かべた。おおよそ年齢に似つかわしくない、そんな笑みを。
「…分かった」
「あら良かった!でもその前に一つ、昔話を語って差し上げるわ」
有無を言わせぬ声でその場を支配した少女の声には、仄暗い喜びと悲しみ、怨嗟が渦巻き、深淵のように暗い暗い焔を灯していた――。
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今から少し時を遡った頃、とある公爵家に、1つの産声が響いた。
その赤ん坊の纏う色は父公爵と同じ銀と赤。けれどその横には、産声を上げなかった小さな赤子が眠っていた。
その子の纏った色は母親と同じ紅く煌く黒。公爵は嘆いた。運を招く双子の片割れが死んでいると。けれど数分後、遅れてその赤子は産声を上げたのだ。
それを知った公爵は、君が悪いと、きっと悪魔付きだと喚いた。実際は夫人が懸命に背を叩き、羊水を吐き出させて声を上げさせたのだ。夫人の説得も説明も聞かず、公爵は冷たく言い放った。「外聞が悪い。今日の夜中に捨てて来い」と…。
それを知った夫人は夫の薄情を嘆き、娘と信のおける侍女と共に真夜中、屋敷を去った。けれどお嬢様育ちの夫人には市井の暮らしは厳しく、娘が七つを過ぎる事にはベットから起き上がる事も儘ならなくなっていた。
そして明くる年、夫人は死んだ。元々人当りもよく、貴族らしい性格をしていなかった為に大勢の人が嘆き、悲しんだ。
そして時は流れ五年後、娘は侍女によって真実を知った。侍女の事は叔母だと思っていたが、本来の身分を聞いたのち、傅かれた。娘は復讐を決意した。高々生まれた時に産声を上げなかっただけでと。そうして娘の復讐は始まる。似た境遇のものを集め、そして革命を起こす。例え侍女が死に、部下が死に、己の手がちに染まったとしても…。涙が枯れたとしても…。
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「まさ…かっ…ぁ」
喉に声を張りつかせ、つっかえながらエオニアスは恐る恐る少女の色彩と己の色彩と、爵位を振り返る。どれもどれも自分に当てはまるものだ、と。
「そうですわ、御機嫌ようわたくしの片割れ。わたくしはエレノア。エレノア・デュールセシア。どうかしら、薄情な親と、恐らく他に男が出来て逃げたと言われていたお母様の真相を知った気分は。ねぇ、オニイサマ?」
コロコロと笑う少女、エレノアの空虚な瞳に、エオニアスは膝から崩れ落ちた。
「まぁいけないわ、オニイサマ!滑稽な人形劇は、これからよ?」
そこからの惨状は一方的だった。精神的に満身創痍の兄を、狂ってしまった悲しい妹が一方的なまでにいたぶる。どうしたのです?まだまだこれからよ?楽しくないわ…。だなんて声を掛けながら。
漸く攻撃の手が止まった時、エオニアスはもう肉塊といっても良いほどにボロボロだった。自慢の髪も顔立ちもぐちゃぐちゃにされ、父から譲り受けた家宝のアミュレットはこれでもかと砕かれているのだ。周囲の者はあまりの状態に弔う事も忘れて目を背け、ある者は悲鳴を上げて逃げ去った。
クスクス、コロコロと笑うエレノアの左側の、肉塊のあるその場所に、氷を纏った竜巻が起こる。さながらダイアモンドダストのような、そんな幻想的で、優美な血煙が。
「駄目じゃないかエレノア。君だけ復讐するだなんて、狡いだろう?」
「あらごめんなさいクロード。でも、王太子は攻撃していなくてよ?」
「それでも、だ。こんな楽しい催しなら呼んでくれればいいのに」
竜巻の中から、甘く優美で、低く、少しすねた様な男性の声色が響いた。王子、という単語に顔面蒼白だった王太子は、ひくりと喉を引き攣らせ、二人の狂った会話に遠い目をした。
漸く竜巻が収まった時、その場にいた全員が、現れた青年の色彩に息を呑み、目を見開いた。金の、色彩。王族だけが纏う事を許されたその色。野趣溢れる王太子とは違い、優美で荘厳な容姿、反射的に跪きたくなる絶対的な王の覇気。全てが、幽閉されし前王妃そのものだった。違うとすれば性別と、氷のように凍てついた瞳だろうか。
「やぁ、初めまして、というべきかな」
「ねぇ皆様、こんなお話にご興味はおあり?」
惑わされた王と、哀れな王子のお話には――。
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また十数年前のお話…。ある国の王のもとに、一人の王子が誕生した。喜んだ王は王子の治世を予言させる。国一番の占い師に。
けれど王はその占いに激怒した。なぜならば…「王子の治世はそれは素晴らしいものになる。どんな為政者をも超えるような。けれどその即位には父王を廃する。また弟王子も」という内容だったから。
プライドが高く、臆病な王は怒り、怯えた。そして妻毎離宮への幽閉を命じたのだ。
愚かしく臆病、先王は知っていた。この王が歴史に残る愚王になる事を。だからこそ、幽閉された孫の元へ再三足を運んだ。帝王学に始まりこの国の情勢、盤上遊戯や市井の事に至るまで、持てる全てを王子に与える。
そして王子が十を数えた日、妃は彼に真相を教えた。自分達が幽閉された理由を。王子は勿論怒り、嘆いた。そして決意する。この国を変えると、手に入れると。悪しき政治から民を救うと。それが自分の目標だと。
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「そんな…まさか…父上は賢王だと…それにっ…!私に兄がいるなど誰も…!」
「だろうね。緘口令が敷かれているし、君の派閥の者がそんなうわさ話をすると思うかい?それに僕らは表向き死んでいる。君の母を迎えられたのがいい証拠だ」
「う…そだ…。嘘に決まってるっ!」
叫ぶように言う王太子に、消された王子は肩を竦める。こんなお子様で国が纏まるわけが無いと。はぁー、と大仰に溜息を吐いた王子は、しかしくつりと微笑んだ。悲しく、怒りと、憐れみを滲ませて弟を一瞥する。
「信じられないなら勝負をしようか。一対一の勝負」
「は…?」
「僕の剣技は祖父とそっくりなんだ。君だって祖父に相手して貰った事、あるだろう?」
分かりやすいだろうと、そういう王子に王太子は奥歯を噛んだ。そして剣を構える。
「ふぅん、見た目はまずまず。じゃあ実力は?」
「そんなもの!」
キンカキーン!
鉄同士がぶつかり合う。でもあまりに実力が釣り合っていない。大振りな剣はいなされ、かわされ、遊ばれる。まるで大人と子供。王子が剣を扱っているなら、王太子は振り回されているというべきだろうか。
「う~ん、つまらないな。もう終わりにしようか」
その言葉を合図に、剣が、体が見えなくなる。残る残像を追うより早く、王太子の体に熱が走り、朱が散る。あくまで苦しませるため、そう言わんばかりに致命傷はことごとく避けている。本来攻撃に転ずるべき側近達は、金縛りにあったように立ちすくみ、誰も助けない。何分立っただろうか?脂汗を滲ませ、ぐらりと上体が傾く。
「ふむ、こんなものか。さて――僕の治世にぼんくらはいらないんだ」
「痛みなく逝かせて差し上げますから、あの世でゆっくりなさって?」
ゆったりと笑った二人に、側近達は戦慄した。震える手で剣を、杖を取った彼らを彼女等は満足げに見つめ、声を揃える。
「さぁ、復讐の鎮魂歌を奏でましょう―――?」
「さぁ、復讐の鎮魂歌を奏でようか―――」
と。本当の絶望は、ここから…。




