第四節 食品売り場
逃隠の叫び声が3階フロア、ペットショップ内に響く。
「副隊長ォ!」
蹲っている身体。
「ゾ……」
ゾムビーはその身体を尻目に、逃隠の方へと足を進めた。
「く、くソォ‼」
身構える逃隠。ゾムビーが近くまで迫って来ている。
「クゥン……」
「ハ⁉」
逃隠の後ろで、子犬が鳴く。
(ダ……ダッヂ……?)
逃隠の後ろで鳴いていた子犬は、かつて飼っていた愛犬・ダッヂの姿によく似ていた。ダッヂとの日々が蘇る。
(回想)
「あはははハ‼」
ダッヂと一緒に、緑生い茂る野原を走り回る幼き頃の逃隠。
「ははハ‼」
「ワン‼」
今度は野原に寝転び、じゃれ合う二人。
「ペロペロ」
「こラッ! くすぐったいゾ、ダッヂ!」
ダッヂは逃隠の頬を舐めている。
「くかァ――」
「ぐぅぅうう」
一緒に寝る二人。どんな時も、どこに居ても一緒だった二人。
(回想終了)
(もウ、二度ト! どんな動物だろうト、ダッヂの様に犠牲にはさせなイ‼ こいつらは俺が守ル‼‼‼)
「来イ‼」
キッと眼光を鋭くさせ、身構える逃隠。
「ゾ……」
迫るゾムビー。と、その時、
「……ゾ?」
ゾムビーが動きを止めた。
「…………」
右腕のみで、ゾムビーの左足に捕まっている身体が這いつくばっていた。
「がぁぁああああ‼」
渾身の力を右腕に込める身体。スーツ越しであるのにも関わらず、浮かび上がってきた血管が確認できた。
「ああああああああああああ‼」
更に力を込める。次の瞬間、
「バシュッ」
ゾムビーの左脚が弾け飛んだ。
「ゾゾォ‼」
動揺する石のゾムビー。
「ふふ……足をやったぞ! これで動きは鈍ったはずだ! 行けぇ! サケルゥ‼‼‼」
叫ぶ身体。
(……まダ、自信は無いガ……やるしかなイ……)
何かしらの決意を決める逃隠。背中のあるモノに右手を掛ける。それは何かの柄だった。
「スシャ……」
逃隠の背中から現れたのは、自身の身長の8割を超えるであろう長さの、一振りの刀だった。横目にケージ内の子犬を見る逃隠。
(……ちょっとだケ、待ってナ……)
目線を石のゾムビーに向ける逃隠。
「……行くゾ」
ダッと一歩踏み出す! 同時に、剣道の胴打ちの様に石のゾムビーの体を切り抜いた‼
「ピッ……」
ゾムビーの体に亀裂が入る。
「ゾ?」
一瞬の出来事に、何が起きたか分からない様子のゾムビー。
「トン……」
ゾムビーに近付き、逃隠が上体を軽く押す。
「ズズズ」
ゾムビーの上半身は、下半身を離れ、斜めに崩れ出す。
「キラッ」
切り口から、何か輝くモノが見えた。
「そコッ‼」
逃隠が左手を伸ばし、それを掴み取る。
「パッ」
掴み取ったモノを確認するように、手を開く逃隠。そこには、例の宝石の様なモノがあった。
「副隊長ゥ!」
身体にそれを見せる逃隠。
「おお。やったな、サケル……止めだ。行け‼」
「はイ‼」
ゾムビーの上半身の方を向く逃隠。刀を振り上げる。
「やあああああア‼」
「……ゾ?」
「ズバァアアア」
逃隠の刀は、ゾムビーの上半身を縦に一刀両断した。
「よっシャ‼」
勝利の雄叫びを上げる逃隠。
――数分後。ペットショップのゲージに背中を持たれかけた身体は、まだ立つ事はできず、腰を下ろしたままでいた。
「宝石を奪ったからには、もう再生はできまい。……それにしても」
辺りを見渡す身体。ゾムビーの肉片等で、ペットショップ一帯は体液と異臭にまみれていた。
「隊長やツトムが居ないと、後片付けが多少面倒だな。癒しの空間であるペットショップのはずが、こんな有様だ。清掃班を呼ぶとしようか」
「はハ……」
苦笑いのサケル。身体は続けて言う。
「それと……」
「!」
「今日も良くやってくれた。お前は日々強くなってくれるな。これからも、頼んだぞ」
「はイ」
逃隠が返す。
「身体副隊長の援護があったお陰デ、余裕を持って戦えましタ。……それと」
「?」
「今回はこの子犬達に勇気をもらいましタ。こいつらは人間ではありませんガ、こういった動物達モ、犠牲にしてはいけないと思う気持ちガ、俺を突き動かしてくれたんでス」
逃隠の言葉に少し考えさせられながらも、身体は口を開いた。
「……そうだな。これからも俺達は、どんな犠牲者でも最小限に抑えて行かなければならない。犠牲者をゼロにする事は不可能に近い。しかし、そんな中でも足を止める事無く、一人でも多くの命を救うため、尽力し続ける事が必要なんだ」
「……はイ‼」
逃隠は大きな声で返事をした。
――およそ20分前、3階。
「ダダダダダダダ」
身体と逃隠が体液の痕を追って走っている。
「……ここは?」
身体達はペットショップがあるフロアに辿り着いた。
ほぼ、同刻。
1階、食品売り場にて。
「ザッ」
抜刀と主人公がその入り口付近に辿り着いた。
「体液は、こっちへまだ続いているな」
「うん、でもここから先は行き止まりになっているから、この食品売り場にヤツらは潜んでいるよ……」
会話を交わす二人。
「じゃあ手分けでもして、探しに行きますかな?」
歩き出そうとする抜刀。
「待って」
それを制止する主人公。
「ヤツらの中に、石のゾムビーが居たら、非常に危険だ。……多分、一人じゃ勝てない。二人で行こう」
「ハイハイ、わっかりましたよー」
主人公の提案に、渋々従う抜刀。
「じゃあ、野菜・果物コーナーから行こう!」
(何でコイツが仕切ってんだ?)
主人公の言動に、疑問を抱く抜刀。二人は野菜・果物コーナーへ急ぐ。
「タタタタタタ、ザッ」
「……あれ」
「オウ」
主人公、抜刀の二人が足を止める。そこには2体のゾムビーが居り、野菜や果物を食していた。
「バリバリ」
「シャリシャリ」
その様子を見た抜刀が、ザッと一歩踏み出した。
「オイオイオイ、レジに通してもいねえ商品を食べるたぁ何事だ?」
「ひっ」
抜刀の様子に恐れをなす主人公。
「窃盗罪で、逮捕だコラァあああああ‼‼‼」
超能力の刀を取り出して、向かって行く抜刀。野菜を物色していたゾムビーを、野菜置き場ごと横一文字に切り抜いた。
「抜刀……一閃!」
(商品と備品がぁあああああ!)
心の中で叫び、涙する主人公。
「へっ、他愛もねぇぜ」
刀を担ぎ、余裕の表情の抜刀。直後、
「ゾ……」
後ろから、果物を食べていたゾムビーが迫っていた。
「ん?」
ようやくそれに気付く抜刀。
「ゾム……ゾム……」
体液を口に含むゾムビー。体液が吐き出される、瞬間
「リジェクトぉお‼」
「ドシャアアア!」
ゾムビーが弾け飛んだ。
「ちょっと危なかったね。大丈夫?」
主人公が抜刀に話し掛ける。
「……へっ、貸しにしといてやるぜ」
二人は拳をコツンと合わせた。