1話 もうっ、リョータのバッカヤロォォォオオオ!
「ええっ? カレシさんが浮気ぃ!?」
「ち、ちょっと原先生、声が大きいって!」
同僚で同い年の原先生がカフェ中に響き渡るような大声を出したから私は慌てて隣に座る原先生の肩を叩いた。
「ごめん、今井先生。……でもマジでびっくりしちゃって。私二人はラブラブなんだと思っていたから……」
それはね、私もそう思っていたのよ。
だからホントに驚いたんだ。
……まさか遼太が浮気するなんて考えてもみなかった。
「でも、どうして今井先生はカレシさんが浮気してるって思ったの? 単なる思い過ごしってことは……?」
思い過ごしであって欲しいよ。でもね……。
「目撃者がいるのよ」
「目撃者?」
「……すみません、それは、私デス」
向かいの席に座ってコーヒーを飲んでいた中山先生が控えめに手を挙げた。
「目撃者って、中山先生……?」
「ハイ、それと佐藤先生デス……」
三年生の担任の中山先生は同僚の佐藤先生と付き合っている。
二人が遼太の浮気現場を目撃したのだ。
「中山先生の見間違いってことはないの? 今井先生のカレシさんと似ている人だったとか」
「残念ながらそれはあり得ません……だって今井先生のカレシさんは、一度見たら忘れられないほどの超絶イケメンなんですよ! あんな人そうそういませんよ……それにトシヤさ、佐藤先生も一緒に見ましたから間違いないデス……」
「今井先生のカレシさんって、そんなにイケメンなの……?」
そう、だから困ってるんじゃないか。
私は遼太の顔に惹かれて付き合っているわけじゃないけど、確かに良く見たらあの人ホントにかっこいい人だったのよ。
私は全然気が付いていなかった。でも、世の中の女性は皆そのことに気が付いていたようだ……。
ひどいよ、こんなに好きにさせといて浮気するなんて。
もうっ、リョータのバッカヤロォォォオオオ!
中山先生によると、十一月の初めの土曜日に自宅の近くで遼太らしき人物が女性と連れ立って歩いているのを見たのが始まりだったとか。
その時は、一瞬の事だったし勘違いかも? と思ったらしいんだけど、翌、日曜日の昼間にも佐藤先生とスーパーに買い物に行った帰りに遼太が前日と同じ女性と談笑しながら近隣のマンションに入っていく姿をバッチリ目撃したらしい……。
中山先生はそのことを私に告げるかこの一週間ずっと悩んでいたんだって。でも再び昨日の土曜日に……。
「今度は駅前の雑居ビルにカレシさんがこの間と同じ女性と入っていくところを目撃してしまったんデス……」
「二週連続か……それで、夕べ今井先生にカレシさんが浮気しているかも? って電話したワケね……」
「今井先生、ゴメンナサイ!」
「ううん、中山先生、話して貰えて嬉しいよ。ごめんね、私のために悩ませてしまって」
中山先生が謝ることじゃない。
謝るべきは遼太でしょ?
いったいどういう事なんだ!
私という恋人がいながら他の女性と浮気なんて!
「ねえ、中山先生、ところでお相手の女性ってどんな感じの人だったの?」
「は、原先生、それが……」
中山先生は言いにくそうにうつむいてしまった。
「中山先生、私も教えて欲しい、是非、教えてちょうだい!」
私もテーブルに身を乗り出して頼んだ。
「……多分、今井先生よりも年上だと思うんですけど……。品の良いスーツをビシッと着こなした、いかにもキャリアウーマンっていう感じの背が高い美女でした……」
「んー、今井先生と真逆……ハッ、先生ゴメン!」
原先生がピョコっと頭を下げた。
いいよ、自分がチビなのは自覚してるよ……。
それにしても、そんな美人と隠れて会っているなんて……。
許せん!
リョータめ!
今夜会ったらとっちめてやる!
「ま、今夜は久々にここでデートなんでしょ? その時に探りをいれてみたらいいじゃない。それよりせっかくキャナルに来たんだから夕方までショッピングを楽しも? ね、今井せんせ」
「うん……そうだね、パーッと買い物でもするか!」
「ハイ! あ、私コートが見たいデス!」
私たちはカフェを出ると運河沿いを歩き始めた。
今日は三人で中州にあるキャナルシティ博多に来ている。
ここは、ショップやレストランだけでなく劇場やシネコン、ホテルも併設した複合商業施設だ。
夕べ、中山先生から電話を貰った時に、夕方、キャナルで遼太と待ち合わせていることを話した。じゃあ、それまで一緒にショッピングをしようという事になったのだ。
でも、本当のところは、中山先生が私を励まそうと原先生を誘ってここまで来てくれたんだと思う……。
「あ……?」
ふいに中山先生が立ち止まった。
「どうしたの?」
原先生が振り返る。
「いえいえ、何でもありません、あ、そうだ私さっきのカフェに忘れ物したかも?」
中山先生は明らかに動揺したそぶりで私の腕をつかんだ。
あ……?
なるほど、そういう事か……。
「い、今井先生さっきのカフェに戻りましょう、ね、ほら回れ右ですよ」
「うん、大丈夫だよ、中山先生……ごめんね、気をつかわせてしまって。ありがとね」
私は中山先生にお礼を言いながらも視線は運河にかかる小さな橋にくぎ付けだった。
今日遼太は用事があるから、夕方からキャナルでデートしようと私を誘った。
でも、今……こんな真昼間に運河を渡ってホテルに入っていくっていうのはどういう事なんだろう?
ああ、もう分かんないよっ!