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3話 『過去』『現在』『未来』

 結局、天満宮の大駐車場についたのは二時過ぎだった。ここから緩い坂道の参道をのぼっていく。参道の両側には七十軒以上もの土産物屋が軒を連ねている。最近すごくおしゃれなお店が増えたらしい。東京オリンピックのスタジアムなどで有名な建築家がデザインした海外のコーヒーショップが出店していたりと創建から約千百年続く伝統ある神社の参道は、時代に合わせて発展していた。

「わぁ、久しぶりに来たけど変わったねー!」

 ついついテンションが上がってキョロキョロと周りを見ながら歩いていたら他の参拝客にぶつかりそうになった。

「おい、リカ気をつけろよ」

 遼太に腕をぐっとつかまれて引き寄せられる。とにかくすごい人の波だ。流れにうまく乗らなきゃ。

「う、うん」

「……はぐれるなよ」

 遼太の手が私の手に重なった。

「…………」

 ギュッと強く握りこまれる。

「リョータ……私、大丈夫だよ」

 本当は全然大丈夫なんかじゃない。口から心臓が飛び出しそうだ。……遼太と手を繋いでいる。遼太の肩が近い。見上げたらすぐそこに横顔が見える。……つないだ手が温かくて、心臓の音がうるさくて、つながった手から私の気持ちがすべて伝わってしまうかもって思うと……怖い。

「俺が大丈夫じゃない。お前が……またいなくなるんじゃないかって」

「ごめん……」

「今度はお前を捕まえる」

 遼太は私の手をはなさなかった。私も、もう振りほどけない。

 八年前のあの時、繋がった手を振りほどいたのは私だった。

 でもそうさせたのは遼太だと思っていた。


 八年前、高校三年生の冬、私たちは同じ高校で学んでいた。隣り合う市で育った私たちはお互い地元の小、中学校に通っていたから同じ学校に通うのは高校が初めてだった。

 母方のいとこのため私たちは名字が違う。廊下で仲良く話していると『お前ら付き合ってんの?』とからかわれるから、そのたびに『私達はいとこだよ』って説明していた。

 それって、人には『兄妹(きょうだい)だよ』と同じ意味に聞こえるらしい。

『なぁんだ、ただのいとこか』って。

『ただの』ってどういう意味なんだろう?

 なんだか釈然としない気持ちになった。

『ああ、じゃあ、梨花は恋のライバルじゃないね』『あなたたちはお互いを異性として意識することはないんだね』って言われている気がした。

 私じゃない誰かが私を枠にはめようとする。

 私の気持ちを許されざるものにしてしまう。

 私は勝手に空気を読んで『そうか普通はいとこって兄妹みたいな関係なのか。じゃあ、私たちの関係もそうでなきゃいけないのかな?』と無理やり納得しようとしていた。

 高校生になって、まだ名前のつかない遼太への気持ちが育って膨らんできているのを感じるのと同時に『こんなのはいけない、この想いにけりをつけるべきだ』と蓋をして抑え込もうともがいていた。

 そのかいあって、三年生になる頃には、私はまるで遼太の妹のような存在を演じることが出来るようになっていた。

……でも、あの冬に、すべてが壊れた。


 十八歳のクリスマスの日、遼太から電話がかかってきた。

「リカ、初詣に行かない?」

「初詣……?」

「ああ、俺たちもうすぐ受験だろ?天満宮に神頼みに行こうぜ」

「いいけど……他に誰が来るの?」

 私は当然の様に尋ねた。だって、これまで二人きりで出かけたことはなかったから。遼太はしばらく黙っていた。

「……誰も……誘ってない……俺たちだけじゃ嫌か?」

「……ううん、いいよ」

 遼太からの誘いに舞い上がってしまってこの後の会話はもう上の空だった。多分楽しみにしてるとかなんとか話したと思うんだけど。

 二人っきりってまるでデートみたいじゃん!

 私は馬鹿みたいに気持ちが盛り上がって親友の辻美咲に何度もメールしてしまった。この時の私は美咲も遼太の事が好きだってことには気が付いていなかったから……。

 元日の昼、私たちは二日市駅のホームで待ち合わせをした。お互いの最寄り駅が二日市駅を挟んだところにあって、都合が良かったのだ。遼太が乗ってくる電車は分かっているので私は二日市駅から乗り込む予定だった。私は張り切り過ぎて約束の時間より十五分も早くホームについてしまった。

「梨花ちゃん!」

 名前を呼ばれて振り向くとそこには遼太と同じテニス部だった高橋君が立っていた。高橋君は良く遼太と一緒にいるので私も仲良くなったのだ。

「高橋君……」

「梨花ちゃん、あけましておめでとう、僕たち同じ電車だったみたいだね。もうすぐ遼太と辻さんも来ると思うよ」

「え、美咲……?」

「うん、遼太が誘ったんでしょ? 僕にも昨日連絡があってさ、梨花ちゃんと初詣に行けるなんて嬉しいよ。なんだかダブルデートみたいで緊張するね」

 これはどういう事だろう? 話が読めない。

「ほら、辻さんって遼太の事が好きじゃん、結構アプローチしてたもんね。遼太もまんざらでもないんじゃないの?」

 知らなかった……。そうだったんだ。結局誘われたのは私だけじゃなかったんだ。ホームに電車が入って来た。天神から来たこの電車はスイッチバックして今度は太宰府に向かう。

「あ、ほら遼太と辻さん、一緒にいるよ」

 ホームはかなり混んでいたけど私たちは改札から一番遠い車両で待ち合わせをしていたので少しだけましだった。遼太と美咲が話しながらガラス越しに手を振っているのが見えた。

 電車のドアが開いても降りる人はほとんどいない。周りの乗客が一斉に乗り込み始めた。遼太と美咲はドアの脇に仲良く並んで立っていて私たちが乗り込むのを待っている。

 私は混乱してしまって足が動かない

「梨花ちゃん、乗らないの?」

 高橋君が心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

「リカ、早く乗らないと閉まるぞ」

 遼太は電車に乗ったまま私の手をつかんだ。

 嫌だ、イヤダ、イヤダ! 今日一日、二人の楽しそうな姿を見ているなんて……私にはきっと耐えられない。美咲とデートしたいならどうして私を誘ったの? 高橋君と私にデートをさせるために遼太と二人きりだなんて嘘をついて私を呼び出したの?

「……なして、離して!」

 私は遼太の手を振りほどいた。その時の遼太の驚いた顔が今でも私の胸に焼き付いて離れない。……遼太を深く傷つけてしまった……。

 私と高橋君をホームに残して電車は発車した。

 結局この日を境に遼太は美咲と付き合い始めた。

 恋人ができたんだもん。もう妹の顔をして側にいることも出来ない。兄妹のようにいつも一緒にいた日々が今では夢のようだ。

 この日から私は初詣には行っていない。


「高橋から全部聞いたんだろ?」

 参道をのぼり終えて三個目の鳥居をくぐり私たちは手を繋いだまま天満宮の境内に入った。

「うん、聞いたよ」

 表参道の突き当たりには御神牛の像がまつられている。私の父が天満宮に詳しくて『この牛の頭をなでると頭が良くなるんだよ』と教えてくれた時には私も遼太もその恩恵にあずかろうと必死で頭をなでた事を覚えている。

 あまりに皆が触るので頭や角だけが磨いた十円玉の様に光っている。

 今は、観光ガイドのサイトで紹介されているのだろうか。海外からの観光客の長い列が出来ていて順番に御神牛と写真を撮っていた。

 その横を私たちはゆっくり進む。人波にもまれながら左に曲がると鎌倉末期に作られた『中世の鳥居』がそびえたっている。ここから本殿まではまっすぐつながっているのだがまだ楼門も見えない。

 漢字の『心』をかたどって作られた心字池に赤い欄干の太鼓橋がかかっているからだ。この池には三つの橋が連なってかかっていてそれぞれが『過去』『現在』『未来』をあらわしている。最初の橋は階段状の太鼓橋のためその向こうを見ることは出来ない。『過去』を乗り越えないと『未来』を見ることは出来ないっていうことなのか……。

 ゆっくりと歩みを進めて私たちは『過去』の橋を渡り始めた。


 八年前のあの日、高橋君は私の気持ちを察してくれたのか何も聞かなかった。

「ねぇ梨花ちゃん、ハンバーガーでも食べよっか? ここ、駅前にお店があったよね?」

 私たちは定期券で改札を出て駅の目の前に当時あったハンバーガーショップに入った。なんだか心がどこかに行ってしまったみたいにこの時食べたものは何の味もしなかった。しばらく、たわいもない話をして二人で下り電車に乗って家に帰った。

 高橋君と別れた後どうやって家にたどりついたのかも覚えていない。

「……ただいま」

「お帰り……遼太から電話があったわよ、『リカとはぐれたけど、携帯にかけてもつながらない』って……」

「携帯、充電が切れてるみたい……ちょっと気分悪くなっちゃって部屋で休むね……」

「ねえ、遼太に電話してあげるからちゃんと話しなさいよ、心配してると思うから、ほら」

 母から遼太の番号をコール中の携帯を渡されて私は渋々耳に宛てた。

「あ、伯母さん?」

 遼太はすぐに出た。

「……私……」

「リカ……無事に帰ったんだな?」

「うん……」

「今まで……高橋と一緒だったのか?」

「うん……」

「そうか」

「…………」

 電話越しに聞こえる遼太の声はとても乾いていた。冬の木枯らしに吹かれているように私の心はひび割れていく。

 クリスマスの約束から今日までパンパンに膨らんだ夢や希望は一瞬にしてしぼんでしまった。

「お前……高橋と付き合えよ。あいつ優しいからお似合いだよ、きっと」

 どうしてそんなことを言うんだろう? 遼太は私が考えていることなんていつもお見通しだ。きっと私が遼太の事を好きなことに気が付いているはずなのに。

 私の瞳から涙がこぼれた。

「俺は辻と付き合うから、じゃ、辻を待たせているから切るぞ、伯母さんによろしく」

 遼太は一方的に話すと電話を切った。遼太は私の気持ちが迷惑だったんだろうか? 私の存在が邪魔だったのかな? 私がいたら美咲と付き合えないと思ったんだろうか? だから私に高橋君と付き合えって言ったの……?

 電話越しの声じゃ気持ちは分からない。でも、遼太の前から逃げたのは私だ。一緒に初詣に行って二人の姿を目にしたらちゃんと遼太の考えていることが分かったのかもしれない。

……遼太、どうして私が手を振りほどいた時あんなに傷ついた顔をしたの? 私は妹みたいなものだから逆らわないと思った?

 涙が、止まらない。

「梨花……」

「お母さん……私、リョータを傷つけてしまったみたい……」

 遼太が美咲と付き合うなんて嫌だよ……。

 イヤだよ、リョータ。



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