どこにでもある、ありふれた悲しい恋の話
鉛のような朝が俺を起こした。目がなかなか開いてくれない今、金縛りのような状態にいる。
母親のけたたましい朝の声が聞こえ、のそのそとリビングへと向かう。
いつもと同じように食べ、いつもと同じように笑い、いつもと同じように寝る。そんな日が始まる。
それはくだらなくも、充実した人生かもしれない。
ご飯を済ませ、学校へ向かう。
平和である今が一番幸せである。
殺伐と生きる猛獣よりも、平穏に暮らす草食動物の方が良い。多くの人間がそうであるように。
電車の中でそんなことを考える。
「おはよ〜」後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
田中涼矢だ。男にも関わらずふんわりとして、上品で気品のある声の持ち主は、多くの男女から慕われていた。綺麗な髪と綺麗な肌は、女子からの羨望の的のようだ。
「うん、おはよ」
涼矢は自分からベラベラ話す人ではない。だから俺から話そうと思うが、あいにく僕も話すほうではない。
しばらく無言が続く。
別段、涼矢の方は気にしていないようだったが、多くの乗客がいる中、突然、涼夜は思い出したかのように話し出した。
「あ、2組の斎藤と、辻野っているじゃん?あいつら両方とも国見の方が好きだったらしいんだよ。」と、人の不幸を楽しそうに笑いながら話している。
斎藤完二と辻野修斗は高校1年の時に同じクラスだった。涼矢もまたそうだった。
斎藤は色黒、筋肉質で、178cmある。男が惚れる男とゆう感じだった。
そして、辻野は対照的にひ弱でアニメが好きなやつだった。
「へー、そうなんだ。国見さんはどうなの?」気になって俺は聞いた。
「どうだろうね。斎藤とよく電話してるってゆうのは聞くけどな。まあ、そうゆうことなんじゃないかな。」さっき三角関係を嘲笑っていたとは思えないほど、屈託無く、無垢な笑顔を見せた。
「…そうか。」
俺は、辻野が国見の方が好きなのは少し前、誰かから聞いた。聞いたのは去年の12月の初めで、あれから4カ月過ぎた今も好きだったようだ。
辻野は奥手できっと一言も話しかけられないだろう。
反対に斎藤は、女に関しての噂は、とてもいいものではなかった。
あまり女を大切に扱わないらしく、使い捨てのオモチャのように、飽きたら捨てる。だが、そのことを知っているのか知らないのか、斎藤は女にもモテる。
電車を降り、二人は学校へと歩く。
「報われないな、辻野は。」探りを入れるように言ってみた。
「なんで?」少しアホな顔をして聞いてきた。
「気づいてたろ?辻野がずっと好きだったこと。」
「ん、ああ〜、そうゆうことか。」人のことをよく観察する涼矢が気づかないはずがなかった。
「まあ、どうでもいいよ。他人の恋愛話なんか。」急に飽きたのか関心が薄れ出したのか質問には答えなかった。
「さっきまで楽しそうだったのに、どうした急に。」
「どうもないよ、どうせこのまま斎藤と国見が付き合うんだもん。見応えがないんだ。つまらない。」笑い混じりにそう言った。
「なあ、真面目で誠実な奴がなんで徳をしないんだろうな。」
そんなことを意味もなく言ってみた。何か答えを求めるわけでもなく、意見のぶつけ合いをしたいわけでもなく。
「あー、辻野?しらね。」涼矢の目には、辻野は映らなかったらしい。聞いているのかいないのかよくわからないが、そのまま話を続けた。
「悪が正義に勝つ話を、俺は聞いたことがない。」
「どうかな〜、俺はあると思うよ。」適当な返事が返ってきた。
大きな虚無を抱えたまま、学校に到着する。
この虚無は、のちに俺の心を飲み込む悪魔のようなものとなる。