第7話「猫魔法①」
母の事を思い出し、涙を浮かべるパティへ、ベアトリスは重ねて言う。
『うむ、お前の母は、さぞや素晴らしい魔法使いだったのであろう』
『…………』
母までも褒められ、感無量のパティであったが、まだまだ訓練はほんの入り口に過ぎない。
案の定ベアトリスは、『次の段階』を切り出して来る。
『さて、今夜は妾と同じ、猫の動きをして貰うぞ』
猫?
猫の動き?
動きと言うからには、体術なのだろうか?
実はパティはあまり、運動が得意ではない。
何だか、魔法には関係がなさそうだが……
一体、どのような事なのだろう?
ぽかんとしたパティは、ベアトリスへ問う。
『へ? 猫の動きですか?』
『そうじゃ! 最終的には自身で発動して貰うが、まず、妾がお前に猫魔法を掛ける』
『猫魔法』と聞き、パティは更に首を傾げる。
絶対神である創世神。
その使徒の力を借りるのが、最も一般的な魔法式と呼ばれるもの。
使徒とは一般的に天使と呼ばれる存在であり、強大な力を振るう。
魔法式とは古の魔法使い達が言霊を組み合わせ、魔法を発動させる為のマニュアルである。
魔力があり、正確な詠唱をすれば、魔法を発動させる事が出来る。
だが大いなる使徒の魔法全ての力は解放出来る筈もなく、効果や威力はほんのわずかしかない。
魔法式の次に知られているのが、精霊魔法である。
精霊魔法とは、この世界の根幹を為す地・水・風・火の4つの精霊から力を得る魔法である。
他にも邪悪な存在の力を借りる、禁忌ともされる闇の暗黒魔法などの存在を母から教えて貰ったが……
『猫魔法』とは……博識だった母からも聞いた事がない。
『ね、猫魔法? ええっと、ベアトリス様。申し訳ありませんが、私、その魔法って知りませんので教えて頂けますか? 一体どのような魔法なのでしょうか?』
『ふむ、ならば教えよう。お前達人間の考える範疇でいえば、魔法というより呪術に近いかもしれん。呪術では力ある魔物や動物の動きを真似、その能力を得ようとする傾向があるじゃろう』
未知の存在から力を得る事に関しては魔法と同じだが、全く異なる術式を用いるのが呪法である。
魔法に比べて、術式自体が広く伝えられておらず、使う者も限られている。
当然、魔法使いのパティにもあまり知識がない。
『た、確かにそうですね……私、あまり呪術は詳しくはありませんが』
『そうか……では、質問を変えるとしよう。お前は猫の身体能力を知っておるか? 人間と比較すれば優れた部分がたくさんあるのじゃが』
猫の身体的な特徴?
ベアトリスに言われたが、すぐパッと思い浮かばない。
『い、いえ……単に猫って可愛いとしか、思っていませんでした……』
師の質問に答えられないパティへ向ける、ベアトリスの視線が厳しくなる。
『仕方がない奴め、良っく聞け。まず、これから出かける事に関係があるが……猫は、はっきりいって夜目が効く。人間とは違い、わずかな光量で暗闇を見通す事が出来るぞよ。具体的に言うのなら星明り程度で充分じゃろう』
『す、凄いですね』
『ああ、まだまだあるぞ。犬ほどではないが、抜群に鼻が効く。そして聴覚も人間の数倍じゃ』
『うわうっ、猫って凄い!』
パティが感嘆すると、ベアトリスは誇らしげに胸を張る。
『ふむ! そして跳躍力も人間より遥かに上じゃ。体長の約5倍は助走なしで飛べるぞ。垂直に飛ぶ事も得意だしのう。短い距離なら走るのも、そこいらの人間より早い』
『うふふ、それなら……王都のあちこちへ、自由自在に行けますね』
『そうじゃ、但し跳躍は……』
ベアトリスはそう言うと口籠る。
そして、パティの頭のてっぺんから、足のつま先までじろりと見た。
一体、ベアトリスは何が言いたいのだろう?
気になったパティは尋ねてみる。
『え? 跳躍は?』
『ああ、残念ながら、お前の身長は成人した人間の中では、そう高くはないようじゃ。と、いうより、結構低いのう』
しれっと言い放つベアトリス。
パティは遠回しに……『指摘』されたのだ。
師の言葉とはいえ、怒りで「ぽっ」と、パティの顔が赤くなる。
『う~っ、それって、私がチビって事ですか? ……ほっといて下さい、ぷん』
『ふふふ、そう怒るな。だがのう、お前の身長なら計算して、約7mは跳べるというところか? ……いや、それ以上飛べるだろうて』
『成る程! 私、速攻で機嫌直りましたっ、す、凄いっ!』
にこっと微笑むパティ。
喜びが込み上げて来る。
師ベアトリスの毒舌は、無駄ではない。
やはり、大きな意味があった。
猫魔法により著しくパワーアップする、パティの跳躍力をさりげなく教えてくれたのだ。
普通の人間は、誰も知らない猫魔法……
全く未知である魔法の存在を聞き、パティの小さな胸は期待と希望に大きく膨らんでいたのであった。
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