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第6話「ベアトリスと母」

 よくよく考えたら……と

 パティは首をひねった。

 自分は生まれてから『荒事あらごと』なんかした事がない。

 更にこの先、何かとんでもない予感がする。


 ベアトリスは、確かに言った。

 悪辣な赤蠍団レッドスコーピオンズへ、きっちり『お返し』すると。


 お返しとは、今迄虐げられていた赤蠍団へ、一矢でも報いる事だろう。

 最終的には、不当な借金の証書を取り戻す。

 ベアトリスがパティの心を読んだのであれば、目的は、はっきりしている。

 やるべき事の共有は、出来ている筈である。

 

 しかし、問題は方法だ。

 具体的に、何をどうお返しするのだろう。

 また、どうやって借用書を取り戻すのか。

 それもいきなり今夜?

 

 パティは、聞いてみる。

 対してベアトリスは、あっさり答えた。


『ああ、今夜、あばずれの本拠地へ乗り込む』


『ええ、や、やっぱり?』


 本拠地へ乗り込む……

 それって、もろ殴り込みじゃあ……


 青ざめたパティを見て、ベアトリスは怪訝な表情になる。


『やっぱりって、パティ、お前は何をどう考えていたんじゃ』


『考えていたんじゃって……ベアトリス様が、私なんかには使えない凄い魔法を使って仕返しするかなって』


『凄い魔法? 申してみせい』


『は、はい! この家から超遠隔攻撃でカルメンのほっぺたつねるとか、配下のお尻を叩いて仕返しするとか……その上で隙を見て借用書をこっそり持ち出すとか』


 パティは思いつくまま、方法を告げてみた。

 内容は、思いつきのでたらめではあったが……

 目の前のベアトリスなら、そんな奇妙且つ凄い魔法も難なくこなす……そんな雰囲気もあったからだ。


 しかし、パティの予想は外れてしまった。

 ベアトリスの考えは、まったくもってシンプルである。


『はぁ? 何を申しておる? そんなわけない』


『え? じゃあもしかして?』


『そうじゃ! 仕返しといっても、こそこそせずに堂々とやるぞ。わらわとお前が直接、乗り込んで、あのあばずれにほえ面をかかせてやる』


 ベアトリスは、相当気合が入っているようだ。

 白黒ぶちの毛が若干逆立った。

 パティは、もっと嫌な予感がして来た。


『はぁ、成る程、ほえ面……ですか?』 

 

 あのカルメンがほえ面って?

 どんな顔をするのだろう?

 さっきみたいに顔を苦痛に歪ませるのか?

 もしかして……容赦なく……

 否、それは……やりすぎのような……

 

 そして、もうひとつ。

 パティには、気になっている事がある。


『ベアトリス様、ひとつ聞いても良いですか?』


『何じゃ?』


『ベアトリス様の魔法の事、今頃、あいつらが言いふらしたりしてません? こっちが乗り込むのを予想して、応援呼んでもう待ち伏せしているとか?』


 パティが心配しているのは、ベアトリスの秘密が広まってしまう事だ。

 見た目が平凡な白黒ぶち猫が、底知れぬ力を持つ高位魔法使いだと知れたら……

 この王都に騒ぎ出す者が、大勢出て来るだろう。


 しかし、パティの心配は杞憂に終わった。


『大丈夫! 忘却の魔法を掛けておる。あばずれ以下全員、妾やお前の事などすっかり忘れておるはずじゃ』


『…………』


 やはり……ベアトリスは、完璧な魔法使いだった。

 そのベアトリスは真っすぐ、パティを見つめて来る。


『質問はもう終わりかの? あばずれめの下へ出向くまで、まだ少々時間がある。僅かな時間も惜しい、お前を鍛えてやる』


『え?』


『びしばし行くぞ。まずは呼吸法からだ』


 弟子と居られる、ほんの少しの時間も絶対に無駄にしない。

 今迄の行動も含め、ベアトリスの考え方は完全な合理主義であろう。


『う~、頑張りまっす』


 パティは大いなる期待と不安を胸に、ベアトリスへ返事をしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その夜……

 

 パティとベアトリスは、いよいよ赤蠍団レッドスコーピオンズの本拠地へ殴り込みをかける。

 カルメンと話し合って、借金の不当さを認めて貰い、素直に借用書を破棄して貰えば問題ないが……

 今迄の経緯を考えると、多分無理な話であろう。

 

 もし脅されでもしたら、逆に反撃して無理やり借用書を取り上げる展開になるのだろうか?

 でも、それでは……完全な犯罪だ。

 

 カルメンを脅す事やその後の事を、パティは全く考えていないが……

 以前と違い、今は師ベアトリスが居る。

 多分、任せておけば大丈夫。

 きっとベアトリスには妙案があるのだと、パティは思う。

 

 このように、パティはあまり深く物事を悩まない……

 楽天的で、さばさばした性格であった。

 

 しかし、これから行うのは荒事あらごとである。

 さすがに緊張するパティだが、基礎訓練を教授し終えたベアトリスは感心しきりであった。

 半分は自分の見立てが、そして半分はパティの魔法使いとしての基本がしっかりしている事に対して。


『やはり、お前は筋が良い。基礎がなっている』


『褒めて頂き、ありがとうございます。私の魔法使いとしての素養は母に指導して貰いました』


 褒められて緊張が少し解け、パティは誇らしげに言った。

 

 パティの瞼に、亡き母の笑顔が浮かんで来る。

 基礎の呼吸法、体内魔力の高め方、集中力を乱さないコツ……

 そして魔法式発動に必要な、言霊の習得を徹底的に叩きこまれた生活魔法の修行……

 時には厳しい指導もした母であったが、今となってはありがたく思う。

 

 パティは、ベアトリスを見る。

 目の前で魔法を教えてくれるベアトリスが、ふと優しかった母に重なり、パティは無性に懐かしくなったのであった。

いつもお読み頂きありがとうございます。

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