第4話「正体」
今、目の前で起こっている出来事は……果たして現実なのだろうか?
そう、パティは思う。
信じられない思いで全身を満たしながら……
パティは目の前の猫に、恐る恐る声を掛けた。
「あ、あの……」
しかし、やはり現実の出来事であった。
『猫』は、即座に念話で返事を戻したのである。
『うむ、お前の反応はよっく分かる』
「…………」
『妾がいきなり魔法を使ったり、このように念話で喋ったり、驚くのも無理はない。妾はわけあって、そこらに居るような、野良猫の風体に擬態しておったからの』
「…………」
驚いたパティは深呼吸して自分を落ち着かせる代わりに、魔法使い特有の呼吸法を使った。
母から叩き込まれ、パティが使い慣れた呼吸法の効果は抜群だった。
漸く……冷静になって来る。
……今起こっているのは、やはり……現実なのだと認識したのだ。
そんなパティにおかまいなく、『猫』は言う。
『妾は肉声で人語を喋れる。だが、今、この場は念話の方が良い。パティよ、遠慮せず、お前から話し掛けるが良かろう』
「で、でも……」
自分は、まだまだ駆け出しの魔法使い。
念話など話せない。
話せるわけがない……否、永久に話せない……だろう。
自分に全く自信がないパティは、徐々に視線を下げ、終いには俯いてしまった。
そんなパティの、心の内を読んだように『猫』は……
『大丈夫じゃ、今は妾から話し掛けておる。さすればお前も念話で返せよう、心に言葉をゆっくりと念じてみよ……さあ、話してみせい』
『は、はい! え、ええっ!?』
つい、返事をしたパティは瞬間、不思議な感覚に捉われた。
何と、念話を使って、自然に話せてしまったのだ。
『あ、あああ……話せるの!? わ、私が!? 念話を!!!』
奇跡は……起こった!
コツを掴むという言葉があるが……
たった今、突然頭にひらめくように……パティは念話のコツを掴んだのだ。
『あ、あ、ありがとうございます! わわわ、私、ね、ね、念話が出来ましたっ!』
すかさず、パティは『猫』へ礼を言っていた。
胸がいっぱいになったあまり、頭も深く深く下げていた。
どうしても、感謝の気持ちを言わずにはいられなかったのだ。
目の前に居るのは、王都を彷徨っていた、みすぼらしい野良猫の筈なのに……
だが『猫』は言葉遣いといい、何か気高い雰囲気に満ちている。
『ふむ、パティ。お前、中々、素質があるぞ』
褒められたパティだが……思わず猫の名を尋ねてしまう。
『あ、貴女は?』
『おう、妾か? ベアトリスじゃ』
ベアトリス……
まるで王族のような名前である。
パティは驚きながらも、ハッとする。
『ベ、ベアトリス……様ですか? あ!』
『何じゃ?』
『ご、御免なさい、先に名乗らなくて失礼致しました! 改めまして! 私はパティと申します、ま、魔法をお使いになるのですね?』
いつの間にか敬語になったパティ。
数多の質問に対し、猫——ベアトリスは平然と簡潔に答える。
『ああ、そこそこ使うぞ。妾はのう、妖精猫の高位魔法使いじゃ』
『妖精猫……高位魔法使い……で、でも何故私の名前をご存じなのですか?』
パティは亡き母から聞いた事がある。
妖精猫とは人語を話し、二本足で歩く猫。
更に異界に棲む妖精の一族でもあると。
何と、街中の猫にも、妖精猫が混ざっている場合があるという。
パティが、そんな懐かしい記憶を手繰っていた時。
ベアトリスが話しかけて来る。
『お前の名前だけではない、生い立ち、事情は既に分かっておる』
『え? な、何故!?』
『悪いが、お前の心を、魔法で覗かせて貰った。怪我をした妾を助けてくれた恩は返すぞよ。礼として、妾が滅多に取らぬ弟子にしてやろう』
『弟子………………』
パティはそう言うと、ベアトリスを見た。
人の心を読む魔法で、自分の全てを知るという妖精猫……
先ほどから使う魔法といい、この念話といい、何と底知れないのだろう。
その上、相手は人間ではない。
未知の人外なのだ。
しかし不思議な事に……
パティは、ベアトリスが怖いとは、全然思わなかった。
そんな事を、パティがつらつら考えていたら……
再びベアトリスが話しかけて来た。
『パティ、さっき来た、あばずれが壊した扉の件じゃが』
『あばずれ? ああ、カルメンの事ですか。ええ、あいつ……ウチの扉を壊しましたよね?』
『そうじゃ! ならば、あれで足りるかの?』
ベアトリスはふいっと顎で、ある方向を見るよう、パティに指示した。
パティが見れば……
先ほど、カルメンが提げていた剣が、何故か床へ放り出されていた。
『あ、あれ……って?』
『うむ、あ奴の剣、そこそこの値が付きそうじゃ。あれを売って弁償させるのが筋じゃろう、なので貰っておいたぞ』
『あ! な、成る程……ふふふ、確かに』
ベアトリスの言う事は尤もだ。
筋も通っている。
だが、言い方が妙に可笑しく聞こえて、パティはつい笑ってしまった。
そんなパティへ、ベアトリスは尋ねる。
『ほう、当たり前の事なのに可笑しいか?』
ベアトリスの口調がひどく真面目なものだったので、まずいと思い、パティも居住まいを正す。
『は、はいっ』
大きく返事をしたパティを、じろっと見たベアトリス。
『ふむ……まあ良かろう。それより今夜……きっちりお返しするぞ、出かける用意をしておけ』
『お返し?』
『ああ、あんな奴らに、やられっ放しは癪じゃろう?』
これもベアトリスの言う通りだ。
首領カルメンとの言い合い通り、赤蠍団には散々嫌がらせを受けている。
自分だけではなく、この商店街の人々全員がである。
それだけではない。
騙されて、全員が高利の金を借りており、肝心の借用書はカルメンが握っている。
借用書を何とかしなければ、土地家屋は取り上げられ、この『そよ風通り』は潰されてしまうのだ。
既に両親を亡くし、天涯孤独になったパティは……無力であった。
でも今は……心強い味方が居る。
『はい!』
再び大きな声で返事をしたパティは、真っすぐにベアトリスを見つめていたのであった。
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