第3話「撃退」
「あ、ね、猫ちゃん!」
パティとカルメンの間に居るのは、ひと目で野良猫と分かった。
毛並みは薄汚れ、極端に痩せた白黒の『ぶち猫』だからである。
……1週間前、パティが王都の街中で、ぐったりしていたのを見つけ「拾った」猫だ。
路地の奥へ、猫は身を隠すように、倒れていた。
全身は傷だらけで、死にかけていた……
すぐに猫を連れ帰ったパティは、寝ずに介抱し、自分の分の食事も削って与えたのだ。
懸命な手当は……数日に渡った。
そのかいあって、猫は何とか命をとりとめた。
暫く経って……元気を取り戻した猫は、昨日の朝くらいから、家の中を歩き回れるようになっていたのだ。
助けてくれたパティの危機……だと感じたのであろうか?
猫は自分を盾にするかのように、カルメンの前で「ちょこん」と座っていた。
「あ~? 何だぁ、このきたねぇ猫は? てめ、邪魔だぁ!」
いきなり入った闖入者により……
『しのぎ』を中断されたカルメンの目が、怒りですっと細くなる。
「あ、ああ! だ、駄目ぇ!」
野良猫なんて、情け容赦なく殺す!
パティはカルメンの、ただならぬ殺気を感じた。
せっかく命を助けた猫が!
絶望の気持ちを込めて、パティが大声で叫ぶが、同時にカルメンの片足が思い切り後方に振り上げられていた。
邪魔だとばかりに、間に入った猫を力任せに蹴飛ばそうとしたのだ。
扉を容易く粉砕した蹴りが、もし猫に当たれば!?
小さな猫の命など、たちどころに失われるであろう。
しかし!!!
異変が起こった!
カルメンは足を後方へ振り上げたまま……その姿勢のまま「びたっ」と、動かないのだ。
驚いたパティが見れば、カルメンの四肢が硬直し、突っ張っていた。
「うぐ! うううぐ……く、くそ!」
どうやら身体が硬直して動かないだけではなく、相当な痛みも伴っているようだ。
痛みに耐え、醜く顔を歪ませるカルメンを見て……
魔法使いのパティには、ピンと来た。
「こ、こ、これって! ま、魔法だ!」
パティが、魔法の手ほどきを受けたのは今は亡き母からである。
その母から、相手の自由を奪い、身動き出来なくする魔法の事を聞いた事があるのだ。
発動されたのは……多分その『束縛』の魔法であろう。
初級レベルの自分には、到底使えない上級魔法であった。
どたん!
身体の自由が利かないカルメンはそのまま、床へ倒れ込んでしまう。
吃驚したのは、配下の少年達である。
「ああ、首領っ! どうしたっていうんだぁ」
「て、てめえ!」
「このガキ、生活魔法しか使えないんじゃないのかよっ」
「このあまぁ!」
「くそ、ぶっ殺したらぁ!」
配下ふたりは、カルメンへ心配そうに駆け寄る。
そして残りの3人は、猫を無視して、パティへ向かって突っ込んで来た。
しかし!
『束縛!』
パティの心へ、いきなり!
凛とした、若い女性の声が響く。
すると、3人の少年達はカルメン同様、倒れてしまった。
「あ?」
パティが驚いて小さな悲鳴をあげる。
かがみ込んでカルメンを介抱していたふたりの配下も、ただならぬ気配に気付き立ち上がろうとした。
だが!
『束縛!』
またもや凛とした声が響くと、残りの配下ふたりも倒れてしまう。
これでカルメン、そして配下の少年達5人、計6人は完全に無力化されてしまった。
パティが見ると、全員身体は動かず、口がぱくぱく動くだけで声も出ていない。
どうやら『沈黙』の魔法も同時発動したらしい。
「……ま、ま、まさか!」
目の前で繰り広げられた光景を見て……
パティは、カルメン達同様、口を「ぱくぱく」させていた。
動かしがたい、事実があった。
まずこの魔法を発動したのは、絶対に自分ではない事。
そして魔法を発動した際に発せられる、強力な魔力波が……
何と!
目の前の、野良猫から放出されていたのである。
そして先ほど、パティの心に響いたのは念話。
この国の魔法使いでも、限られた者しか使えないというこれまた上級魔法。
心と心を結んで使う、魔法使い同士の会話なのだ。
と、その時。
「にゃあん」
猫がひと声、鳴いた。
まるで、何事もなかったかのように。
「へ?」
間の抜けた声を出したパティへ、
『ふふ、やっと傷が癒えた。妾に充分、魔力が回復したぞ……パティよ、危なかったのう』
またもや、先ほどの『声』が響いた。
それも、パティの心へ呼び掛ける『声』が……
猫はカルメン達を一瞥し、
『ふむ、こやつらが居たら、お前と落ち着いて話せぬな。……対転移!』
「へ? て、転移!?」
転移魔法!?
距離と時間を軽く超越し、望んだ場所へ一瞬で移動出来る超が付く上級魔法。
古の魔法使いしか発動出来なかったという、伝説の古代魔法である……
今、使える魔法使いなんて、この国には存在しないのに!
それも、対転移は輪を掛けて、超が付く難易度だと聞く。
任意の相手をどこかへ強制移動させてしまう、とんでもない代物なのである。
そんな!?
馬鹿な!
心の中で、大きく叫んだパティの前で……
押しかけたカルメン達赤蠍団は、煙のように消え失せていたのである。
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